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アーカイブ  旅する映画 (上映日記)

旅する映画 その49 滋賀会館シネマホール物語 part.1

●滋賀会館シネマホールでの上映につながるまでのこと
 滋賀県は琵琶湖の湖北・余呉町。静かなたたずまいの余呉湖。そこで米をつくっている若き野良師・前田壮一郎さんが、今から一年ほど前の2009年3月、「空想の森」を上映してくれた。
  この上映がきっかけとなり、その後の10月、成安造形大学(滋賀県大津市)のカフェテリア結での上映へとつながった。余呉に映画を観に来てくれた大津在住の原田将さんが仲間と主催してくれた。そして、ここで映画を観てくれた彦根の奥田好香さんが、その場で、彦根上映会をやりますと宣言した。上映の度に人がつながっていった。群馬県と同じような感じで、前の上映の主催者の人たちが、次の上映をしっかりと支えてくれた。

●滋賀会館のこと
 そんな人の縁から、滋賀県で唯一のミニシアターである滋賀会館シネマホールでの上映が決まった。私は映画館という環境でまた滋賀県で観てもらえることを喜んだ。しかし、この時点で滋賀会館シネマホールは2010年3月に、滋賀会館の閉鎖と同時に閉館がほぼ決まっていた。
 滋賀会館は滋賀県の建物で、現在はテナントとしてシネマホールや喫茶店などが入っていたり、文化教室などで使用されたりしている。昭和29年にオープンした同会館は、県内初の地下名店街、ホテルなどを有する先進的な複合施設として全国から注目を集めた。特に1200席の大ホールは洋画の封切館であると同時に、演劇やコンサートなどの開催にも対応できた。しかし県内の他の施設の充実により、文化振興の拠点としての役割が小さくなる一方、施設も老朽化。県の財政も悪化。これまでに、閉鎖の話が何度も持ち上がり、その度になんとか存続してきたのだった。

●宣伝に上映現場に行った時のこと
 そんな中、2010年1月、私は沖縄営業の帰りに、2月中旬の「空想の森」公開に向けての宣伝のために、初めて滋賀会館を訪れた。何かなつかしい雰囲気のある建物だった。古さがかえって味がある。道を挟んだ真向かいには、国会議事堂のミニ版といった風情の県庁の建物がそびえているのが印象的だった。
 取材の合間に、シネマホールスタッフの瀬藤や野田さんと色々話をした。仮に滋賀会館が存続になったとしても、シネマホール自体がこのまま経営を続けていくことは難しい状況の中、滋賀会館の閉鎖、シネマホールの閉館もいた仕方ないという何とも悲しく苦しい胸の内を垣間見た。若い野田さんはこの滋賀会館に愛着があり、このまま終わりたくないという気持ちを持っていた。部外者の私だが、ここでこのタイミングで上映になったのも何かの縁。話を聞きながら私は、「空想の森」を上映することで滋賀会館に一花咲かせたいという気持ちがむくむくと湧いてきた。
 
 宣伝最終日、大津駅の近くの自然派イタリアンレストランで交流会を開いてくれた。「空想の森」上映を成功させるために、劇場スタッフ、協力者の人たちが集まった。そこで、上映だけでなく、イベントもやって盛り上げ、たくさんの人に滋賀会館に足を運んでもらおう!ということで、飲みながら食べながらみんなで話をした。
 野田さんはイベントの中で滋賀県の農産物の生産者と消費者を直接つなげたいという思いを持っていた。それで、何かいっしょにやりたいと、この場に草津パイオニアファームで米をつくっている仁張将太さんをよんでいた。とてもいい顔の青年だった。そのイベントを野田さんが中心となってすすめていくことになった。そして私は早速、余呉の前田さんと彦根の奥田さんを野田さんに紹介した。滋賀県民である彼らは快く協力をしてくれることになり、すぐに協力の輪が広がっていった。
 
 京都から北海道へ帰る日、奥田さんが私に坪山規代さんと会わせてくれた。京都シネマで待ち合わせた。坪山さんは大津でおいしく安心して食べられるおかずなどを提供するオープンセサミというお店をやっていた。が、少し前に次のステップへ進むために店を閉めたところだった。その味に魅了された奥田さんが、今回の滋賀会館での「空想の森」の上映に際してのイベントに、出店してもらえないか依頼していたのだった。カフェで坪山さんとひととき話した。私は沖縄営業から引き続いて半月以上ぶっ通しの旅の最終日で体は疲れていたが、彼女に共感することが多く、会話がとても弾んだ。坪山さんの底抜けに明るい笑顔で一気に疲れが吹っ飛んで気分が高揚してきた。滋賀会館での上映の時、彼女がつくる料理を食べるのが楽しみだなと思いながら帰途についた。

●何ができるのか考えた
 私は映画のつくり手として、上映する場所・映画館がなくなることは本当に悲しいことだ。映画を映画館で観ること、これはDVDを借りて家のテレビ画面で見ることとは全く違うことだと私は思っている。映画館の暗闇の中で、色んな人といっしょに大きなスクリーンで映画を観ること。それは、そこに居合わせた人たちが、その時かもし出しているものが混ざり合った気のようなもの込みで、映画を観ているのだと思う。だから同じ映画でも、違う日に観たらまた違うところに感じたりする。自分の心持も日々変わるし、映画も生き物のように思う。
  私は「空想の森」を自分で直接お客さんに届けたいという想いから、出来る限り毎回お客さんといっしょに映画を観ている。当然のことながら、全く同じ映画なのに毎回違って感じる。それがまた面白いと思うようになった。映画もライブだ。そして見終わった後、色々話ができるのが楽しい。滋賀会館シネマホールでも、この面白さを直接お客さんに伝えることも私の役割ではないかと思う。
 
 滋賀会館がこの3月で閉鎖になる可能性が高い状況の中、私は思った。滋賀会館がオープンしてから今までの長い間に、きっと様々な人たちがここに集い、ここから何かが生まれていったはずだと。現在、琵琶湖周辺に文化施設が移行され、人の流れもめっきり少なくなった滋賀会館だが、せめてここに存在していることを示したいと。
  「空想の森」の上映をすることで、一人でも多くの人にここに足を運んでもらうこと、そしてこういう空間があること、人が集い楽しみ、未来につながるきっかけをつくる場になり得る事を上映・イベントを通して表わしていけたらという思いを持った。私ができることはすべてやって上映にのぞもうと思った。

旅する映画 その48 沖縄トロピカル営業

桜坂劇場(那覇市)での上映が決まりました。

2010年1月。今年の冬は雪も多く、例年より寒い帯広でした。
そこで、暖かい沖縄へエイヤと営業に行くことに。
石垣島、与那国島、那覇の桜坂劇場、名護とめぐった珍道中。
行く先々での様々な人との出会い。そして大きな収穫も。
濃い時間を過ごしました。うまい酒と食べ物。
沖縄での上映に、今から心躍らせています。
   
ペンションぱいらんどのおばあと智子さん。 石垣島

 

   
民宿おもろの真奈美さんと。 与那国島

 

与那国島
 
 

   
入波平酒造の職人の頭。そのおかみさん。昨年10月彦根で出会った自転車乗りのハジメちゃんがバイトしていたところ。お二人ともハジメちゃんをよく憶えていた。ここで60度の舞富名という花酒を買った。与那国島
 
 
 
ユキさんちから。(カレー屋) 与那国島
 
 


民族資料館の池間 苗さん。与那国の昔の暮らしを丁寧に説明してもらった。与那国島

 


ひょんなことから出会った映画同好会の面々と。この3日前に同好会が発足したばかりだった。石垣には映画館がなくなってしまった。 あむりたの庭、そして音楽にて。石垣島

 


民宿てるやの京子さん。パーラーふたみにて。沖縄本島二見(名護市)

 

  
民宿てるやの林一さん。パーラーふたみにて。沖縄本島二見(名護市)  
 
 
 

京子さんと友人の栄子さん。パーラーふたみにて。

 


海と風の宿の成田さん。彦根で出会った自転車乗りのハジメちゃんがここでもバイトしていたのだ。この宿が改修中だったため、近所の民宿てるやを紹介された。本島二見の近く。

 

 


時は2010年1月24日の名護市長選直前。
 
  

   
与那国で出会った陶芸家の山口さんに勧められ、佐喜真美術館へ行った。ここは普天間基地に隣接している。修学旅行の高校生たちが佐喜真館長の話を聞いていた。
 
  
  
佐喜真美術館の屋上から普天間基地を見た。



川平湾。石垣島にて

 


与那国島にて

 


辺野古にて

 
   

旅する映画 その47 ブラボー!名古屋上映会

打ち上げ空色勾玉にて

7:00。起床。天気は上々。気持ちのいい陽が降り注いでいる。よっしゃっー!と身支度を整え下に降り、朝食をいただく。アキちゃんと久美子さんは6:00から準備をしていた。荷物満載の北村酒店のバンに乗り込み、アキちゃん夫婦、娘の結ちゃんと会場へ向かった。

本山生協の前にて

8:30。会場は本山生協4階のホール。店の前にすでに10人以上のスタッフが集まっていた。空色勾玉の谷陽子さん、事務局長の鶴橋美保さん、加藤貞子さん、べこちゃん、赤石君、高橋さん、長沼さんなどの他、初めて会う人も何人もいた。若者が多くてなんか嬉しい。9:00にならないと会場に入れないので、とりあえず車から荷物をおろし、生協の前で簡単なミーティング。そうこうしているうちに時間になり、4階の会場までみんなで荷物を運びあげる。

体育館のような会場だった。天井が高く床も板張りだ。これなら音はこもらない。音響的にはとてもいい会場でほっとした。会場左手が食のブース、手前右がキッズコーナー。正面が受付と物販。アキちゃんと美保さんが指揮をとり、それぞれが持ち場に分かれ準備を進めていった。出店の人たちも続々と準備にやって来た。ふと見回すと30人以上のスタッフがわらわらと動きまわっていた。椅子を200席ほど並べた。

受付嬢の加藤さんと高橋さん(左から)

スピーカーやアンプなどの音響はアキちゃんの友人たちが自前の道具を持ってきてセッティングしている。そろそろプロジェクターと業者から借りたDVカムデッキをセッティングしようかという時、問題が起こった。今回生協のプロジェクターを借りることになっていた。しかし何かの手違いで他のイベントに貸し出しをしてしまっているとのこと。プロジェクターがない?ガ-ン。

幸いアキちゃんの友人がプロジェクターを持ってきてくれていた。少し古いが急遽それを使うことにした。そしてアキちゃんはもう少し新しいプロジェクターを手配したが一回目の上映には間に合わない。二回目の上映にそれを使うことにした。

けっこう本格的な音響だった

今回はみんなプロジェクターに不慣れだったため、映像の調整に難航した。画面の左上に黄色いシミがあり、あまりきれいに映写できない。これは非常に残念だったがプロジェクターのせいなので仕方がなかった。しかし音がとてもいいので助かった。お客さんがどんどんやってきて、外は人であふれかえっているようだ。焦らないよう自分に言い聞かせながら一番いい状態で上映できるよう調整をした。

実行委員長の北村彰彦さん(アキちゃん)。いつものように前掛けをしめている

予定時間をだいぶ過ぎてようやく開場。飲み物や食べ物を持ってどっと人が入ってきた。小さい子供を連れた人たちもたくさん来てくれた。会場は100人くらいの人でうまった。実行委員会代表のアキちゃんの挨拶で上映会がはじまった。


出店が並んでにぎわった

会場の外には、井筒ワイン、ビール、共働学舎のチーズ盛り合わせ、手作りクッキー、かす汁、プリン、カレー、パン、コーヒーなどの店が並んだ。私もワインを飲みながら一番後ろから映画を観た。食べながら飲みながら、子供たちは出入りしながら、みんな思い思いに映画を観ていた。


キッズコーナー

キッズコーナーではパソコンの画面に映画をながしながら、長沼さんと奥田さん、そして谷さんの息子さんが子供たちの遊び相手をしていた。いい感じだった。一回目の上映が無事終わり、少し話をしたり質問を受けたりした。終わってからも会場の外でお客さんと話をした。

北村一家。左から結さん、彰彦さん、久美子さん

そしてすぐに2回目の上映の準備にかかった。プロジェクターを変えるのでまた始めから映像の調整をしたので時間がかかった。前のよりきれいな画面だが、かなり暗かったのが残念だった。少し時間が押して開場。今回、上映中の出入り口は、スクリーンに光が当たらない一箇所にした。アキちゃんの母さん、姉さんと子供たちも観に来てくれたのでご挨拶をした。

120人以上のお客さんが入り、上映が始まった。大盛況だった。人が多くて会場内の気温か上がってきた。窓を開けたり空調を入れたり、アキちゃんたちが動いていた。小さな子供をつれたお母さんお父さんも、同じような人たちがたくさんいるので、安心して映画を楽しんでいるようだった。アキちゃんも嬉しそうだった。かす汁、クッキー、カレーなど、食べ物もどれもおいしかった。共働学舎のチーズは完売した。


空色勾玉の谷さん(左)は今日はかす汁屋だ

お祭りのような上映会もいいものだなあと思った。そして大勢の人たちの頭越しに映画を観ながら、「空想の森」はいいなあとしみじみ思った。アキちゃんをはじめとする実行委員のみんながつくりだしたこの上映会。想像していた以上の素晴らしい会になったのではないだろうか。

カレー屋さん。

2回目の上映も無事終わった。司会のアキちゃんが娘をだっこしながら、今回の経緯などを話した。上映会をやることは初めてで何も知らず、思いつきでやろうと決めたものの、実現までの道のりは結構大変だった。でもやってよかったというようなことを話していた。私はそんな北村彰彦さんと出会えて本当にうれしく、映画をつくってよかったと心から思う。トークも無事終わった。


アキちゃんの友人たち。音響担当。

今回の上映会に協賛してくれた名古屋近郊で養豚業を営む「いさむ・ポーク」の社長の磯貝さんが観にいらしてくれた。とてもおいしい豚肉だそうで、北村酒店でもその商品を扱っている縁で、今回協力いただいたとのこと。共働学舎代表の宮嶋さんともお知り合いだそうで、上映後しばらくお話をした。
全員総出で撤収。大勢のスタッフのおかげで17:00前にきっちり終わった。

空色勾玉

そして、打ち上げ会場の空色勾玉にみんなで移動。勾玉にはあったかい灯りがともっていた。谷さんは1回目の上映後、先に店に帰って打ち上げの料理を準備していてくれた。アキちゃんたちは荷物の積み下ろしなどで少し遅れてくる。

テーブルには野菜を中心とした料理が並んでいた。飲み物はいづつワイン、沖縄のよなよなビールなど美味しいお酒ばかり。20人以上が集まった。アキちゃんを待ちつつ、軽くつまみながらみんなで乾杯した。しばらくしてアキちゃん一家が到着。また祝杯をあげた。乾杯は何度してもいいものだ。

鶏の手羽、いさむポークのオーブン焼きも出てきた。いさむポークの社長が打ち上げでみんなで食べて下さいと豚肉をくれたのだ。みんなで味わった。余呉の前田壮一郎さんからいただいた日本酒「天地の唄」(彼がつくった米だけを使った酒)も開けた。

飲みながら食べながら、私は色んな人と話した。そして、初めての人もいるので、一人一人自己紹介と上映会をやってみての感想を言ってもらうことにした。

たくさんの人がこの上映会にそれぞれの形で関わってきた。そして言い出しっぺのアキちゃん、よくやったなあと思う。そして、きっととても大変だったけれど、すごく面白かったろうなあと思う。

奥田さんが「次は滋賀県彦根で私がやります。」とみんなに宣言してバトンタッチをした。

みんなとびきりの笑顔だった。アキちゃんもみんなの顔を見て「やってよかったー!」と言った。

もう終わっちゃうのか、何だかあっという間だったなあと思う一方、アキちゃんが上映会をやったことで、人がつながっていった。また何か、ここで楽しみをつくっていける。これはただの終わりではない、始まりでもある。そう感じた。こんな素晴らしい上映会になるなんて誰が想像していただろう。いや、みんな想像していたに違いない。だからそのようになったのだ。

2009年11月9日。

9:00。起床。今日もいい天気だ。下に降りて朝食をいただく。

昨晩は打ち上げから帰ってきた後もアキちゃんと久美子さんと2:00までお茶を飲みながら話し込んだ。今日は月曜日。いつもの様に8:00に開店し、北村家の人々は朝早くか働いている。

私は午前中、彦根に帰る前に奥田さんと会い、その後、この近所に住んでいる加藤貞子さんと会い、いっしょに名古屋シネマテークに営業に行く。そして今晩はベコちゃんの家に泊めてもらう。

私は奥田さんを待つ間、店を眺めたり、屋上から通りを眺めたりしてブラブラとしていた。月曜日だからか、荷物や業者の人たちが入れかわりたちかわりやってくる。いつものお客さんもやってきて、買い物がてらなんやかんや言葉をかわしていく。日々の北村酒店もなかなかいいものだ。

10:30過ぎ、奥田さんがやってきて北村一家と別れた。近所の喫茶店で、彦根上映会について色々話をした。奥田さんは名古屋上映会に参加してとてもよかったと言う。自分のやりたい上映会が明確になったそうだ。そして意気揚々と彦根に帰っていった。

12:00。同じ喫茶店で加藤貞子さんと落ち合う。彼女は2008年のあいち国際女性映画祭で「空想の森」を観てくれた方で、それ以来名古屋上映の時はいつも色々と協力をいただいている。今回の上映会に参加して色んな人と知り合えて本当によかったと彼女は言った。貞子さんは映画が好きな人で、よく映画館に足を運んでいる。

平野勇治支配人

彼女に名古屋シネマテークまで連れて行ってもらった。飛び込みだったが、支配人の平野勇治さんがいらしてお話することができた。今回の上映会ではシネマテークでもチケットの取り扱い、宣伝など協力していただいた。そのお礼と上映会の様子を報告した。そしてぜひ、シネマテークで上映してもらいたいとお願いした。また名古屋の人たちに映画館でも観てもらいたいので、実現させたい。

映画館を後にして、貞子さんとランチを食べに行った。私のリクエストで和食。そして、ベコちゃんと待ち合わせている夕方まで、貞子さんの自宅にお邪魔させてもらうことにした。前から貞子さんに「うちの夜景を観に来てください。」とお誘いを受けていた。彼女の自宅は北村酒店から程近いマンションの13階の部屋で名古屋を見渡せるのだ。名古屋城、名古屋ドームなどなど、とても眺めがよかった。中国茶をご馳走になりながらおしゃべりをしているうちに暗くなってきた。夜景も抜群にきれいだった。あっという間に時間になり、貞子さんが大曾根駅まで送ってくれた。

そして待ち合わせの時間に少し遅れて神宮前駅に着いた。ベコちゃんに心配かけたが無事落ち合えた。そしてベコちゃんの家に帰ると、赤石君がいつものようにエプロン姿で迎えてくれた。私とベコちゃんはいつものようにテーブルにつき、赤石くんが次々と料理を出してくれる。今回は特にクリームシチューがとても美味しかった。ベコちゃんの家に泊まる時はたいがいもう仕事は終わりで帰るだけということが多く、私は気が抜けてリラックスしている時が多い。そういう時に赤石君の料理が食べられるのが何とも嬉しい。とてもシアワセな気分だ。

名古屋上映会が終わり、これから先、日にちが決まった上映会は今のところない。営業をがんばらなくては。でも、まあいいか。今までの上映の旅を自分の中で消化する時間も私には必要かもしれない。

旅する映画 その46 名古屋へ

名古屋駅前

2009年11月7日。
昨日、冬タイヤ(車)に履き替えた。十勝は雪がちらつく日もあり、冬がもうそこまでやってきている。
帯広空港から名古屋小牧空港へ向かう。もう何度名古屋に来たことだろうか。上映では3回目になる。誰も知り合いのいなかった名古屋が、今では多くの仲間がいる親しい町になった。

みのや北村酒店

今年一月、シネマスコーレで「空想の森」を観たみのや北村酒店の店主・北村彰彦さんが、自分の町で上映会をやりたいと思い、仲間を集め準備をしてきた。明日11月8日、いよいよ本番の日を迎える。夕方、私は北村酒店に到着。店の横の倉庫では、実行委員の女性たちがチーズを切ったり、案内表示、ポップを書いたり、せっせと明日の準備をしていた。どんな上映会になるのだろうとみんなワクワクしていた。現時点で前売りチケットは200枚近く売れているとのこと。これはすごい数字だ。こんなに前売りを売っている上映会は初めてだ。

間もなく作業を終え、みんなで北村酒店の立ち飲みへ移動。北村さんの母さんが笑顔で迎えてくれた。私はウェルカムドリンクでエビス生ビールをいただき、みんなで明日の成功を願って乾杯した。2杯目は妻の久美子さんお勧めのイタリアの赤ワインを飲んだ。これがまたうまかった。久美子さんも明日の上映会をとても楽しみにしていて高揚していた。私も何だか明日のことを思うと興奮してきた。母さんが、田村(日本酒)やら赤ワインやら試飲をもってきてくれ、色んな酒をちょこちょこ飲んだ。この日、酒がとても美味しく感じた。

この10ヶ月の間、みんなそれぞれ仕事の合間に上映会の準備を重ね、宣伝活動や前売りを売ったりしてやってきたのだなあと思うとありがたい気持ちでいっぱいになった。色んなドラマがあったのだろうなと思う。きっと明日はいい上映会になるに違いないと私は感じた。

アキちゃん(北村さん)、はいつものように立ち働いている。今日は土曜日なので閉店時間が早い。とはいっても一杯飲みたいお客さんが後を絶たず、なかなか時間通りには閉店できない。

20:00過ぎ。彦根の奥田さんが大荷物を抱えてやって来た。明日の上映会に奥田さんもスタッフとして参加する。彼女の長女が名古屋に暮らしており、最近3番目の子供を出産した。そんなこともあり、頻繁に名古屋に来ているそうだ。奥田さんはもう「空想の森」彦根上映会の名刺をつくっており、みんなに渡していた。そしてまた何度目かの乾杯をした。

20:40。ようやく閉店。「また明日ね!」とみんなと別れた。私と奥田さんは店の奥の台所で夕食をご馳走になった。父さんも元気だった。前から質問しようと思っていた「みのや北村酒店」の「みのや」の意味を父さんに聞いた。父さんが修行に入った酒屋の主人が美濃出身で「みのや」という屋号だったそうで、暖簾分けしてもらった時に、自分の屋号の前につけたとのこと。

しばらくすると、奥田さんの娘さんの夫が車で迎えに来た。奥田さんはまだ話足りないようだったが、アキちゃんに促されて帰っていった。

そして私はアキちゃんと明日の打ち合わせ。明日は本山生協会館で2回上映。会場設営と撤収の時間がそれほどたっぷりはないので、手際よくやらねばならない。そして17:00には全てを終えて会場の鍵を返さなくてはならない。

5店舗ほど食べ物の出店も並ぶ。キッズコーナーもつくる。そこではパソコンにスピーカーをつなげDVD上映もすることになった。子供と会場を出てきたお母さんたちが引き続き映画が見られるようにという配慮だ。なかなかいいアイデアだ。上映中も出入り自由、会場内も飲み食いオッケイ。食べながら飲みながら映画を楽しもうという会だ。

アキちゃんが想い描いた上映会。さあ、どんな上映会になることやら。明日は北村酒店の週に一度の休みの日曜日。アキちゃん夫婦は早朝から搬入の準備にかかる。ワイン、ジュース、チーズなどの出店を出すので荷物がたくさんある。アキちゃんたち実行委員会のみんなにとって、この上映会は仕事ではない。けれど、ただの遊びでもない。真剣に遊んでいる。遊びこそ真剣にやらなければ面白くない。と私は思っている。

そんなこんなで、風呂をいただき、早めに就寝。前と同じ、窓から大曽根駅が見える部屋で私は眠った。

旅する映画 その45 歩いて、出会って。

  2009年10月22日。
朝起きると、昨晩は暗くてよくわからなかったが伊藤君の家は、部屋がたくさんあり、中庭も縁側もある純和風の家だった。なぜか白崎さんが来ていた。
今日は、原田君と彦根の奥田さんと三人で、長浜に中野さんのシンポジウムに行く予定だ。

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伊藤君の家

9:00。伊藤君は仕事に出かけていった。私と原田君と白崎さんは朝食を求めて出発。定休日の店が多く、結局大きなショッピングセンター内のコーヒー屋で軽く朝食をとる。原田君は今回の主要スタッフの白崎さん、勝又君と、5月のイベントで初めて会い、その時に「空想の森」上映会の話をして機材などを貸してもらうことになったそうだ。へーと思った。何かをやろうと決めて動き出すと、出会うべき人に出会うのもなんだなと。きっと次に彦根で上映会をする奥田さんもそうなるに違いないと思った。そして白崎さんと別れ、私たちは琵琶湖を左に眺めながら北上し、彦根に向かった。

お昼過ぎ。彦根駅で奥田さんと落ち合った。近くのちゃんぽん屋で彼女が私たちにご馳走してくれた。昨日の上映会で会ったばかりだが、奥田さんは今までのことや今の状況、これからの夢などを私たちに一気に話しだした。自主上映をやろうと決め、奥田さんの中で急速に色々なことが動き出しているのだろう。あっという間に時間は過ぎ、気がついたら13:00を過ぎていた。

私たちはシンポジウムの会場のバイオ大学へ向かった。琵琶湖環境ビジネスメッセということで、色々なことが行われているらしく、広い駐車場にいっぱい車がとめてあった。私たちは20分ほど遅れて会場に入った。中野さんが昨日とはうってかわってぱりっとスーツを着て一番手で講義をしていた。残り10分ほどしか聞けなかったのが残念だったが、パネリストの方々の実際に活動されている話を聞けてとてもよかった。パネリストはこんな人たちでした。

R0010874パネリストの方々

塩見直紀氏。半農半X研究所代表。永続可能な小さな農ある暮らしをベースに天職、ミッションをおこなうライフスタイルを「半農半X」と呼び、提唱。
大石尚子氏。同志社大学大学院ソーシャル・イノベーション研究コース在籍・染織講師。糸紡ぎワークショップなどを通じて暮らしのあり方を考える「スロークルーズ」を提唱し、衣の自給の社会的意義と可能性を研究している。
菊池玲奈氏。滋賀経済同友会・企業と生物多様性研究会。多様な人々の「思い」を引き出し、自然再生や活性化に結びつけるための「協働プロジェクト」のコーディネーターとして活躍。

私は自分の映画上映で各地を歩きながら、今、多くの人たちが、自分の価値観、何を大切にしてどう生きていくのかということを問い直していると感じている。そういう意味でも私にとって、タイムリーな話を聴くことができてとても有意義だった。一人一人の個の意識が、社会を変えていくのに大事な要素なのだと改めて思わされた。

シンポジウムが終わり、原田君と奥田さんも中野さんのストローベイルハウスをいっしょに見に行くことになった。環境メッセの色々なイベントが終わったらしく、車が一斉に駐車場から出て、琵琶湖沿いの道はしばらく渋滞が続いた。琵琶湖の夕景は素晴らしくきれいだった。原田君はいつも対岸の大津側から琵琶湖を眺めている。彦根側から見る琵琶湖もまた違って素晴らしいもんだなあと言っていた。滋賀の人はいつも琵琶湖を見ていて、気持ちの中にいつでも琵琶湖があるのではないかと思った。

渋滞のせいで随分時間がかかって中野さんの家についた。車を降りると、風がびゅーびゅー吹いていた。真っ暗でよく見えなかったが、家の前の道を渡るとそこは琵琶湖なのがわかった。
中野先生の家に入ったとたん、私はバンクーバーの空気感を思い出した。バンクーバーにいた時、友達の家に遊びにいった時の感じがよみがえった。
中野さんがいれてくれたコーヒーを飲みながら、藁の家の話をした。「藁の家」とは、藁ブロックを積み重ねて、その上に土などを塗って壁に仕上げた家のことで、英語ではストローベイルハウス(straw bale house)と呼ばれている。壁厚は40センチにもなり、高い断熱性と防音性を生み出すといわれている。
妻の和子さんも帰ってきてご挨拶をした。活動的な感じの人だ。間もなく原田君と奥田さんは帰っていった。
夕食は中野夫妻と蒔郎君、平君の二人の息子さんとレストランに行った。中野さんは、バンクーバーのUBCという大学で9年間勉強をしていた。長男はそこで生まれた。和子さんはバンクーバーでの生活がとてもよかったそうだ。とんかつを食べながら、カナダのこと、今日のシンポジウムのことなどを話した。

私は今日のシンポジウムで湧いた疑問を中野さんに質問をした。その質問の答えの中で、へー、そうだったんだということがあった。それはこんなことだ。エコノミーとエコロジーの語源は同じで、ラテン語ではoikos(オイコス)から生まれた言葉。オイコスは人の棲家という意味。棲家の性質についての認識をエコロジー、棲家を管理する営みのことをエコノミーと呼んだ。つまり、経済学とは暮らしの学問だという。どう暮らしていくのかということは、経済学に直結することなのだということがわかった。

家に帰り、ワインを飲みながら少しお話をした。中野さんは今週は色々なイベントが立て込んでいて忙しそうだ。私は明日、彦根城を見学してから京都に営業に行くことにした。そして藁の家のゲストルームで気持ちよく眠った。

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2009年10月22日。快晴。
朝起きると、和子さんがちょうど出かけて行ったところだったので、玄関の外でご挨拶をして別れた。

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そして太陽の光に照らされた藁の家を見た。
朝食をいただく。コーヒーとパンとブドウ。明るいとこれまた家の中は気持ちがいい。中野さんは土壁が何種類かあることを見せてくれた。

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ストローベイルハウスは、もともと乾燥した北米の家なので、琵琶湖のほとりの湿気が多いこの土地でどうなのかは実験中とのこと。現在5年たっているが、今のところ何も問題はないそうだ。窓枠も木なので、結露は全くないそうだ。

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「少し散歩しましょう。」と中野さん。犬を連れて目の前の琵琶湖へ。砂浜。向こうが見えないところもあるので、まるで海のようだ。
中野さんは仕事の前によく散歩をするそうだ。大学の研究室からも琵琶湖が眺められるという。夏は泳ぐ。琵琶湖の暮らしを楽しんでいるなあと思う。

R0010875中野桂さん

今日は高校で講義をするとのこと。半そでのポロシャツ、ジーンズにスニーカーという出立ち。「いつもこんな格好で大学に行くんです。スーツは年に一回くらいしか着ないんです。だから昨日は珍しかったんですよ。今日は高校で教えるからスーツを着ていった方がいいんだろうけど、ちょっと考えたけどいつもの服にしました。」と中野さんは言った。

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彦根城の入り口まで車で送ってもらった。城の周りは文教地区になっていて、中野さんの滋賀大学、高校などが隣接している。ついでなので城の周りをぐるっとまわってくれた。ランチのおいしい店も教えてくれた。滋賀大学の中に木造の味のある講堂があった。ここで一昨日、澤地久枝さんの講演会をやったそうだ。そして彦根城の入り口で降ろしてもらい、中野さんと別れた。

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彦根城は小さな山の上にある。日差しが10月と思えないほど強く、歩くと汗をかいた。木々の緑がとてもきれいだった。400年前につくられた彦根城の天守閣から城下の町並みを眺めた。過去からずっとつながってきて、今の人の暮らしがあるんだな、などとぼんやりと思ったりした。

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私はもう京都で営業するのはやめてゆっくり帰ろうと思った。携帯電話を見たら、奥田さんから電話が入っていた。かけてみると、私に渡したいものがあるからとのことだったので、彦根城入り口で待ち合わせることにした。

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奥田さんはほんとに城の入り口に車を止めて私を待っていた。私は京都に行くのをやめてゆっくり帰ることにしたと言うと、だったら家に泊まっていったらどうですかと言われ、そうすることにした。

とりあえずお昼ご飯を食べに行こうということになった。私はさっき中野さんから教えてもらったこの近くの「朴」という店に行きたいと言った。奥田さんはその店を知らなかった。そこで私たちのすぐ横で客待ちをしていた輪タク(自転車でかごを引っ張る観光用)の人の良さそうなお兄さんにその店の場所を尋ねると、とても親切に教えてくれた。その店はすぐ近くだったが、せっかくだから乗ったらいいよと奥田さんにすすめられ、私は輪タクにい乗ることにした。

R0010894

自転車でひっぱられ、店までしばし観光を楽しんだ。奥田さんは自分の車を駐車場に移動しに行った。輪タクを降りてからも、そのお兄さんとの会話の流れで、私が映画の上映で滋賀に来た話になり立ち話をしているところに奥田さんもやってきた。今度彦根で奥田さんが上映会をすることになったことを言うと、ぜひ見に行きたいから知らせてくださいと彼は言った。お兄さんの名はハジメという。「やったー、もうお客さん一人確保したね。ハジメちゃん、絶対来てね。」と私たちは盛り上がった。その後もひとしきり話をした。

R0010896ハジメちゃん

「もっと声張って押し強くいかないとお客さん逃がしますよ。」奥田さんがハジメちゃんにダメ出しをしていたのはおかしかった。私を待っている間、奥田さんはハジメちゃんを観察していたらしい。彼女によると、乗りたそうにしているお客さんを何人か逃していたらしい。別れ際、ハジメちゃんは、写真を撮らせてくださいと言って、自分のデジカメを出し、私と奥田さんを自分の輪タクに座らせ写真を撮った。なんだか面白い出会いだった。

R0010897朴。ランチがおいしかった。

そして私たちはお昼ご飯を朴で食べた。私は彦根城を歩いて喉が渇いていたのでビールも飲んだ。昼のビールは格別にうまかった。ランチは家庭料理でとても美味しかった。いいお店だった。

R0010899奥田好香さんと娘の寿美さん

そしてこの晩は奥田さんの家にお世話になった。彼女と色々なことをゆっくり話せてとてもよかった。きっと彦根もいい上映会になると思う。

今回の大津上映会もなかなか面白かった。また新たな出会いがあった。
人の心を動かす。これはすごいことだ。「空想の森」は少なからず、人の心を動かしている。映画はきっとエネルギーの塊なんだと思う。そのエネルギーは人の心を通して伝わっていっている。

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