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旅する映画 その85 トロピカルツアー 再び西表島 vol.21

2010年12月16日。雨風強し。

7:30。起床。昨晩から風の音かすごかった。外は嵐のようだった。今日は石垣から針の先生がゆうわ村にやってくる日。私が泊まっている部屋が針の部屋になるので、荷物と布団を片付けた。

8:00。朝食。酸味のあるローゼルのジャムとクローバーのはつみつがおいしかった。

私は一番に針を受けさせてもらう。先生は中村勘三郎似の軽やかな人だった。疲れた体に針はズンと効いた。子供を連れた若いお母さんたちも受けにきていた。私の横は大翔(タイちゃん)のお母さんが針を受けていた。私はちょうどお母さんの方に顔を向けていた。タイちゃんは仁王立ちになって針を刺されているお母さんを見つめていた。そして動かないお母さんを見ていて不安になったのか、タイちゃんは枕元に座ってお母さんを見ていた。が、不安の限界に達して、涙と鼻水を噴出しながら大声で泣き出した。「お母さんは大丈夫だよ。生きているよ。」と先生がタイちゃんに話しかけてもしばらくお母さんの傍でなき続けた。針を刺していてあまり動けないお母さんも、少し手を動かし、大丈夫だよと声をかけるとタイちゃんは泣き止んだ。それでもずっとお母さんの傍にいた。

ゆうわ村のリビング

針が終わった後に、私は体がだるくなったので、リビングでぼーとお茶を飲みながらタイちゃんのお母さんと話をした。大翔(タイちゃん)のお母さんは4人の子供がいる。タイちゃんが一番下で3歳。さっきとはうってかわって、木のおもちゃで遊んでいて絶好調だ。やんちゃな男の子だ。時々私の顔を見て二コーっと笑う。その顔がめちゃかわいい。そして次の球子ちゃん(タマちゃん)のお母さんが針を受けていた。今度はタマちゃんが大泣きしている。タマちゃんは1歳。このお母さんも4人の子供がいる。


左から、タイちゃんのお母さんタイちゃん、タマちゃん、タマちゃんのお母さん。

タイちゃんのお母さんは本島出身。ダンナが西表の人だそうだ。西表島に嫁に来て、4人の子供を育てていて、なんて幸せなんだろうと感じるそうだ。だからこの海や川や森や動物たちと共に暮らす幸せをこの子たちの子供にも味あわせてあげたいと思うと。そして「この島の小学生や中学生たちがみんな純真でいい子なんです。オジイやオバアもみんな元気でやさしいし・・・」、と島での暮らしを話してくれた。私はちょっと感動した。若い彼女をそう思わせる自然と人々がこの島に存在することに。きっと彼女もいいオバアになっていくんだろうな。そして彼女に大原の一慶さんの家まで車で送ってもらい別れた。また大きくなったタイちゃんに会いたいと思った。


大原の一慶さんの家の周辺。

昨日12月15日の八重山新聞に波照間上映の記事が結構掲載された。新聞配達をしているタイちゃんのお母さんから一部もらった。そして私は一慶さんの家でパソコン仕事。

16:38。大原診療所からバスで古見まで帰る。雨と風はまだ続いていた。母屋で孝子さんにお茶をいただき、自分の部屋に帰って風呂に入る。体が冷えたのであったまって、布団を敷いてそのまま熟睡。トシオミさんが夕食が出来た事を知らせに来てくれるまでずっと寝ていた。

カズさんは地域の集まりで出かけていた。今日も豪華な夕食だった。魚、肉、野菜、ご飯、味噌汁。きび刈り隊のみんなは気持ちがいい人たちばかり。話も弾む。おいしく楽しい夕食だった。明日ここを出るのがさみしい。もっとここにいたいと思った。

旅する映画 その84 トロピカルツアー 再び西表島 vol.20

2010年12月15日。雨。西表島追加上映。

久しぶりにゆったりとたくさん寝た。雨が降っていた。濡れた緑も美しい。

8:30。朝食に母屋に行くと、今日きび刈りが休みのバズーが朝食を食べ終わったところだった。コーヒー、パンとジャムと目玉焼きと野菜。孝子さんとバズーと色々話をしながらおいしく朝食を頂く。孝子さんは話しやすい人だ。あったかくておおらかで人を包み込む優しさを感じる。

ランチのパンを隣のマナの店に買いに行く。そして10:30過ぎ、孝子さんに大原の一慶さんの家までのっけてもらう。波照間ではネット環境がなく、たまったパソコン仕事を一慶さんの家でさせてもらうことにした。

トミオバアも元気だった。

早速、お隣のトミオバアに挨拶に行った。オバアは「今日、ヘルパーさんが来てご飯と味噌汁作っていってくれたから、食べなさい、食べなさい。」と台所に立とうとしたので、私はオバアの耳元で「今、古見の石原さんのところで食べてきたばっかりだから、お茶でいいよ。」と5回くらい大声で言ったら何とかオバアも納得してくれた。そしてお茶を入れて二人で飲みながら、オバアにかいつまんで今までの話をした。

そして私は一慶さんの家でパソコン仕事にかかった。間もなく昼休みの時間になり、一慶さんが戻ってきた。私は携帯電話を石原さんの家に忘れてきてしまったのに気づき、挨拶もそこそこに、一慶さんの車を借りて取りに戻った。往復30分くらいかかった。私が戻ると、間もなく一慶さんは仕事に戻っていった。そして引き続き、私は5時過ぎまでひたすらパソコンに向かった。

5時を過ぎると一慶さん、リューキが仕事を終えて帰ってきた。まゆみさんもワゴン車でやってきた。まゆみさんの車に機材を積み込み、大富公民館へ向かった。こじんまりしたちょうどいい大きさの会場だった。

舞台の上にスクリーンとスピーカーを乗せ、セッティングにかかった。その間、私はまゆみさんの車を借りて古見へ戻り、物販と本編を取りに帰った。


左から、リュ-キ、一慶さん。

公民館に戻ると、画面の調整をしていた。プロジェクターとスクリーンの角度が大きく、画を調整するのに手間取ったが、なんとかうまくできた。一慶さんは、きちんときれいに画が映るようにと最大限トライしてくれる。そういうところがとても嬉しく大好きだ。

音が少し反響する会場だったので、少し音質を調節して聞きやすくした。


孝子さんは受付をしてくれた。

なんとか19:00過ぎ、上映準備が完了した。まゆみさんは、上映会の情報を放送をするように公民館長にお願いしてくれていた

お客さんもぽつぽつ来はじめた。子供も4、5人来てくれた。まゆみさんのダンナさんのマサさん、孝子さんのダンナさんのカズさんも来てくれた。きび狩りで忙しい中、全部で20人くらいのお客さんが足を運んでくれた。


追加上映を主催してくれたまゆみさん。

19:40。まゆみさんが挨拶をして上映を始めた。体調を崩し風邪をひいていたまゆみさんががんばってくれた。マサさんや、カズさん、孝子さんはどんな風に見ているのかなと思いながら私は一番後ろで見ていた。そして途中、新得の宮下さんに電話をして、上映の様子を伝えた。

上映後、少し私が話してから、自己紹介や感想を言ってもらった。聡美さんの葛藤を自分と重ね合わせて見た人、映画を見ていて、この島もしくは各集落も、ひとつの共同体と感じた人など、それぞれ感じたところがあったのを聞いて私はとても嬉しく、上映してよかったと思った。

まゆみさん、一慶さん、本当にありがとうございました。

旅する映画 その83 トロピカルツアー 波照間島から再び西表島へ vol.19

2010年12月14日。曇り時々雨。波照間から再び西表へ。

7:40。起床。雨が降っていた。荷造り。朝食を食べ、石垣へ渡る1便に乗るため、9:15過ぎに星さんと照島荘を出た。ナオコ さんのところに寄ってもらえないかと星さんにいうと、もう港に向かった方がよいとのこと。最後に挨拶できないのが残念。

港に着くと、ショーマのお母さんや映画を見に来てくれた人なども送迎やらで来ており、ひとしきり話をしていると、ナオコさんもやってきた。最後に顔が見られてよかった。港の別れは何だかさみしい。でも、また波照間にはゆっくり来たいと思っている。そしてまた、星さんたちは見えなくなるまで見送ってくれた。


松島加奈さん

席に座るとすぐに若い女性に「映画の監督さんですか?あの時見ました。」と声をかけられた。熊本から1ヶ月ほど沖縄を旅している松島加奈さんだった。船に乗っている1時間、ずっと彼女と話をした。そのおかげで船酔いをなんとか免れた。行きは穏やかな海でなんでもなかったが、今回は波も少しあり、結構揺れて、少しだけ胃がムカムカしていたのだ。真ん中に座って前を見ていたら大丈夫と加奈さんに教えられ、私たちはお互い前を向いたまましゃべり続けた。加奈さんは「空想の森」をとても気に入ってくれて、「熊本でも上映ができるかもしれない。」と言ってくれた。「ぜひ今度は九州ツアーをしたい。」と私は言った。


川崎つばささん

加奈さんと石垣の港で別れ、西表島行きの船のチケットを買った。次の船まで30分以上待ち時間があったので、船乗り場をウロウロしていたらマッサージの看板を見つけた。ヨロヨロと近づいて行くと、お店の女性が私に声をかけた。1月の営業の時に石垣でマッサージを受けた川崎つばささんだった。船乗り場にも店を出し、いつもは違うスタッフなのだが、今日の午前中たまたま川崎さんのシフトになったのだそうだ。なんと奇遇なことか。1月に川崎さんのマッサージ屋さんに行っていなかったら、宮本さんとも出会うこともなく、このトロピカルツアーもなかっただろう。20分ほどマッサージを受け、11:30の便で西表に向かった。

港には「ゆうわ村」の孝子さんが迎えに来てくれた。まゆみさんは風邪をひいてしまい、明日に備えて休むことにしたとメールが来た。
そして早速、大原のいけだ屋のオバアと5日に大原公民館に映画を見に来てくれた酪農をしている長壮オジイの家に寄ってもらい、明日・15日の大富公民館での上映を知らせた。長壮オジイは、「映画面白かったよ」と私に言ってくれた。すごく嬉しかった。


ゆうわ村にて。私の部屋からの風景。

そして今回の宿・古見集落の「ゆうわ村」に向かった。今日の宿泊は私一人。こんなに早く泊まりにこられるなんて思ってもみなかった。本棚、CD、ピアノ、タイコもある。


大越悟さん。孝子さんの夫・カズさんの妹さんのダンナさん。

すぐ隣に「マナの店」というパン屋さんがあるのでお昼ごはんのパンを買いに行く。みりんやミソなどのいい調味料も売っていた。西表島を題材にした素敵な版画のポストカードもあったのでそれも買った。店のご主人の大越悟さんにも明日の上映会の事を話すと、「子供が学校でチラシをもらってきました。」と言っていた。2年半前に本島から西表に家族で移住してきたとのこと。


石原家のきび刈り隊。左から、ノリちゃん、トシオミさん、バズー。

孝子さんの家もきび刈りが始まり、援農の人たちが3、4人ほどすでに来ている。今日休みだった猪熊典子さんに母屋で会った。群馬県から夫と二人で来ている。明日の上映会は観に来てくれるそうだ。

母屋で孝子さんにパソコンの線をつなげてもらったが、やってみるとつながらない。新得のいんであんに電話して状況を説明すると、やはりこれではつながらないらしい。明日・午前中、孝子さんは子供さんの通う大原中学校の授業参観に行く予定とのことなので、ついでに一慶さんの家まで乗っけていてもらうことにした。一慶さんの家は私のパソコンがネットにつながる。

19:00。母屋で夕食。孝子さんといっしょに、夫の和義さん(カズさん)もエプロンをかけて夕食の準備をしていた。カズさんは大きくて腕が太くて、まるでバイキングのような風貌で男前。

孝子さん夫婦、息子の光(ヒカル)くん、きび刈りの援農で来ている3年目の杉本和彦さん(バズー)、猪熊トシオミ・典子夫妻の3人の総勢8人でにぎやかに食卓を囲んだ。猪熊夫妻は新婚ホヤホヤ。しょっちゅう見つめ合っている。きび刈りが終わる4月まで見つめ合っていられたら、きっといい夫婦になるのだろうなあ。


ヒカルくん。15歳。来年の3月に中学を卒業したら家を出て行く。

クレソン、ポテトサラダ、牛肉、ちまき、卵スープ。もうどれもおいしくてたくさん食べた。今日はヒカルくんの15歳の誕生日だった。孝子さんがつくった手づくりシフォンケーキでみんなでお祝いをした。そのケーキも抜群においしかった。私とカズさんは飲みながら夕食を食べた。ビールがやけにうまく感じた。


石原家。孝子さん、ヒカルくん、カズさん。

「俺、きび刈りが大好きなんだ。きびを刈って、山にして、かさぎして束ねて、トラックに積んで製糖工場に持っていく。一日で完結していて結果がわかる。これがいい。そして西表は山も海も川もみんなある。ここにいたらもう、どこも行きたくないですよ。」とカズさん。ああー、ここにもいるんだ。宮下さんみたいな人が。と私は思った。

波照間は年間1万5千トン。西表は1万トンのきびの収量がある。波照間は島は小さいけれど山がなく畑が多いので収量が多い。

マサさんの畑は1シーズン500トンのきびを刈っている。1日に換算するとやく5トンのきびを刈っている計算になる。

楽しい夕食を終え、自分の部屋に戻った。リビングにはたくさんの本とCDがある。「ナビーの恋」のサウンドトラックを聞きながら、手塚治虫のマンガを読み始めた。でもすぐに眠たくなり、電気を消して眠りに落ちた。

旅する映画 その82 トロピカルツアー 波照間島 vol.18

2010年12月13日。晴れのち曇り。


照島荘の裏手はこんな感じです。

9;00。朝食。やはり少々風邪気味だ。今日も夏のように暑い。


波照間は家の裏に畑をつくって野菜をつくっている人が多い。


夏は暑すぎて野菜ができない。今からが野菜のシーズン。北海道と逆なのだ。

9:30。ナオコさんの店へ、機材の撤収や店の復旧。千恵ちゃんも手伝いに来てくれていた。昨日、近所の子供たちを集めての上映会もなかなか良かったそうだ。

機材をばらし、車に積み込む。ナオコさんと小学校と中学校に返却に行く。隣接していて校庭も広々している。小学校は24人、中学校は10人ほどの生徒がここで学んでいる。さすが南国は校舎のつくりが開けっぴろげで開放的だ。私たちが教室の脇を歩いていると中の先生が「こんにちは」なんて挨拶してくれる。

映画を見に来てくれた仲底校長先生ともお礼がてら少しお話をした。この先生は生まれも育ちも波照間。どうしてこの島で上映したのかを聞かれた。そして今度は南を撮ったらどうですかと言われた。西表でも石垣でも映画を見た人にそんなことを言われていたので、それもいいかもと思ってきた。

店に戻り、テーブルを元の位置に移動したり、お土産の小物を並べたりした。ここは以前は住居スペースだったそうだ。普通の民家だったのを、ダンナさんの周二さんが改装したのだそうだ。島の男は暮らしに関するたいがいのことは自分できるのだそうだ。そんなこんなで、ナオコさんと色々な話をしていて、お互い違う環境にいるけれども、何か通じるものを感じられ、それがとても嬉しかった。

片付けもあらかた終わったので、私は店のデッキでパソコン仕事をしていた。お昼過ぎ、ユウナが「ただいまー!」と幼稚園から帰ってきた。ナオコさんが焼きそばをつくっている脇でユウナがナオコさんに今日あったことなどを話していた。そしてばあちゃんと3人でご飯を食べ終えると、ユウナは「遊びに行ってきまーす!」とまた元気に友達の家へと走っていった。

きび刈りの鎌と帽子。

私は照島荘に戻り、お昼ご飯を食べさせてもらう。「3時で休憩に入るから、その前に少しだけきび刈りをやりに行こう。この島はゆいでやっているからそれも見ておいた方がいいよ。もしかしたらそのうち映画に撮るかもしれないんだから。」と言って、星さんの暮らす北部落のきび狩りを少しだけ体験させてもらった。波照間は結できび刈りをしている。同じ集落の人のきび畑を順繰りにみんなで刈るのだ。

10人以上の人たちがきび刈りをしていた。私も挨拶をして、西表で習ったようにやった。やり方は同じだったが、波照間はきれいにしたきびを置く場所に2本杭が立っていてその間にきびを置く。その際、カーブーを同じ方向にそろえておく。そうすると後で集めやすい。体の調子がよければもっとやっていたい作業だ。3時になると「ピー!」と笛が鳴った。休憩の合図だ。少しだったけど、波照間でもきび刈りができて嬉しかった。星さん、ありがとうございました。

西表のまゆみさんから電話がきた。15日は大富公民館で19:30から上映開始するとのこと。機材は、一慶さんがきび刈りの後セッティングしてくれることになったそうだ。よかった。これで上映は大丈夫だ。宿はゆうわ村になった。まさかこんなに早く西表島に戻れるとは思ってもみなかった。一慶さんに電話をすると「こんなに早く西表で再上映ができるなんて。」と喜んでくれた。

照島荘で最後の晩餐。今日のお客さんは私一人。星さんは大好きなワインとチーズを出してくれた。今夜はとても蒸し暑かった。ビールも78円の発泡酒の方が、高いオリオンビールよりうまく感じた。

島には駐在さんが一人いる。星さんが前の駐在さんで、島の人たちみんなから慕われた人の話をしてくれた。その人は島の行事に積極的に参加し、欠かせない人になった。とても親切で子供からオジイオバアまでみんなから慕われ、2年の任期だったのを、島の人がもう一年延長して欲しいと著名活動も行ったそうだ。そして3年間この島に駐在した。3年たった別れの日、港には子供からオジイオバアまで大勢の人が駐在さんを見送りに来て、別れの船にはたくさんのテープがかかったそうだ。駐在さんも涙をぼろぼろ流していたそうだ。フェリーの船長も気を利かせて、見送りの人達が少しでも長く見送れるように港を出るギリギリまでバックで運転してくれたそうだ。なんて感動的な話だろう。

星さんにはこの間本当にいろいろお世話になった。とても気持ちのいい人で、照島荘にもうしばらくいたかった。波照間の照島荘に星さんいると思うだけで、なんだか私も嬉しくなる。

旅する映画 その81 トロピカルツアー 波照間島 vol.17

2010年12月12日。晴れ。

なんだかんだでアッという間に時は過ぎていく。私は気分は高揚しているのだが体はかなり疲れがたまってきている。

9:00過ぎ、朝食。朝食後少し部屋で休んだ。奥田さんが今日の最終便で石垣に戻る。天気がいいので、星さんは奥田さんを港に送りがてら、島を案内してくれた。

コート盛の少し先に学童慰霊碑がる。戦争中、波照間の子供たちが西表に強制的に疎開されられ、マラリアにかかり多くの命が失われたのを慰霊するためのものだ。


説明する星さん。


学童慰霊碑から西表島をのぞむ。うっすら水平線に見えるのが西表島。

この碑は西表の南風見田(はえみだ)の浜に向かって建っている。西表でまゆみさんに案内された忘勿石の傍らにも碑があった。その碑にもマラリアで亡くなった学童の名前が記されている。今日は晴れていて西表島がよく見えた。南風見田の浜の白い砂浜がうっすら見えた。


サンゴの浜。小さな浜。緑と白と青のコントラストが目に鮮やかな浜なのだ。


サンゴの浜


ニシ浜。陽射しがあると深いブルーがいっそう引き立って見える。

12月に真夏の世界にいるのがやっぱり不思議な感じだ。シュノーケリングでもしたくなってくるが、上映の旅が終わるまで体調を崩さないようにしなくてはいけない。ガマンガマン。

16:45の最終便で奥田さんで帰っていった。星さんは船が見えなくなるまで手を振って見送っていた。

そして星さんは、第二コート盛と呼ばれるところに、夕陽を見に連れて行ってくれた。素晴らしい夕陽だった。太陽が海に沈むまでしっかりと見たのは初めてだと思う。空と海と雲。刻々と変わる色。またこの島にゆっくり来たいと思った。

星さんと二人で夕ご飯。野菜がたっぷりで私は星さんの料理が大好きだ。明日はこの集落できび刈りを一緒にやりたいと思っていたのだが、体が疲れていて少し風邪気味なので大事をとってやめることにした。ほんとはすごくやりたいのだが・・・。

映画をいっしょにつくった録音の岸本くん、撮影の一坪くん、整音の久保田さん、英語字幕の山之内悦子さんに電話をしてトロピカルツアーの報告をした。昨日仲底商店で、あがた森魚さんの話になり、どうしているかなあと思い、あがたさんにも電話をし、ひとしきり話す。それから那覇でお世話になった直美さんにも電話。日本最南端の島で、私はみんなととても近くにいるような感覚になった。

夜、外に出て空を見上げると星がたくさん見えた。ちっぽけな自分だが、満たされた気持ちだった。

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