空想の森 RSS Feed
 
 
 
 

アーカイブ  自主上映情報

旅する映画 その80 トロピカルツアー 波照間島 vol.16

2010年12月11日。曇り時々雨。上映日。

8:00過ぎ。朝食。量も程よくおいしくいただく。

西表島のまゆみさんから12月15日、大富公民館で上映できないかとメールが入る。もちろん、追加上映としてやることに決めた。

名石売店で働くチエちゃん

今日の夜が上映なので、集落を宣伝に歩く。波照間島は周囲やく10キロ、人口約500人。島の中央の高台に5つの集落が隣接している。各集落に一つ売店がある。
上映会場のある名石集落の売店にはポスターが張られていた。中では千恵ちゃんが働いていた。彼女は今日の上映会を手伝ってくれる。

右から、ショーマ、タケシ、後ろを向いているのがユウナ。その向こうがフウチ。

中底商店の前で、ナオコさんの子供の武司(タケシ)くん、ユウナちゃん、花HANA食堂の子供の翔馬くん、中底商店の親せきの仲底雨海地(フウチ)くんが遊んでいた。ひとしきり子供たちと話をした。ナオコさんの子供たちとは昨日から顔を合わせていたので、昨日よりも打ち解けた感じだった。島の子供たちはみんなかわいい。この島の子たちも、高校生になるとこの島を出て行くのだ。

仲底商店に入った。レトロな感じのしゃれたお店だった。ここにも映画の宣伝がされていたので挨拶をすると、仲底美貴さんやスタッフの方たちとひとしきりおしゃべり。今日はスタッフみんなで見に来てくれる。「空想の森」のチラシの裏にあがた森魚さんのコメントが載っている。何年か前、美貴さんのところにあがたさんから波照間でライブをやりたいと連絡があったそうで、そのあがたさんと「空想の森」が関係しているということで何か縁があると思ったそうだ。

いったん照島荘に戻り、自転車に乗り、西浜の方を目指した。モンパの木(お土産屋)、あやふふぁみ(食堂)でランチ。私はカレー、島野菜のピクルスを食べた。とてもおいしかった。どちらの店にもチラシがあったので店の人にご挨拶をした。


モンパの木。

集落の掲示板にもチラシが張られていた。ナオコさんがんばってくれたのだなあと思った。自転車で走っていると、向こう方から男の子が歩いてきて私たちに手を振っていた。タケシだった。ショーマの家に遊びに行く途中だった。私たちも誘われたが、上映の準備があるのでまた後でねと言って別れた。それからタケシは走って行った。

15:00。奥田さんといっしょに会場のそばカフェあとふそこへ。まず店の売り物のアクセサリーや木のスプーンやフォークなどを片付け、大きなテーブルを外に出す。ソファーやテーブルを移動したり、物販や飲み物コーナーをつくったり。大きなソファーを後ろと前に一つずつ配置。なかなかゴージャスな席だ。とてもいい雰囲気の劇場になった。


そばカフェあとふそこにて。楽音日和をかけながら、上映準備。「私、音楽はあまり聴かないのですが、これは好きです!」という女性がいた。新得バンドのみんなに知らせたい。

あらかたレイアウトが終わって、私は画と音の調整にかっかった。スクリーンが年代物で右肩下がりになっていたのが気になった。ナオコさんが天井のベニヤ板にネジをねじこみ、スクリーンの右肩を紐でひっぱって平行にした。そしてスクリーンいっぱいいっぱい画を出し、音も調整した。なかなかいい画と音になった。

18:00ころ、龍ちゃんのお店のお惣菜が届き、みんなで腹ごしらえ。だんだん暗くなってきた。18:30を過ぎると、お客さんがぽつぽつとやって来た。波照間も今はさとうきび刈りに突入しみんな忙しく働いている。そんな中で25人ほどの人が足を運んでくれた。

上映中、宮下さんに電話をして状況を報告。「次の沖縄上映は4月してもらえないか。そうしたら俺も行けるのに。」と宮下さん。宮下さんと文代さんを連れていっしょに「空想の森トロピカルツアー2011」をやってみたい。何より、今回出会った人たちを宮下さんに会わせたい。それも夢ではないかも。


左が仲底商店のミキちゃん。最近マダム風にイメチェンしたそうだ。

みんな静かに観ていたので、一番後ろから観ていた私は少し不安になった。が、上映後車座に座ってのゆんたくで、みんなとざっくばらんに色んな話をして安心した。


左から、チエちゃん、通信員の本比田里奈さん

島の小学校の校長先生の他はほとんどがこの島に嫁に来た人、移住して来た人だった。愛知県、長野県、香川県、神奈川県、埼玉県、愛媛県、滋賀県などなど。


手前がホゲちゃん。私たちがランチを食べた「あやふふぁみ」をやっているが、今はオフシーズンなのできび刈りをしている。

ナオコさんはこういう仲間たちとこの島で助け合いながら日々暮らしているんだなあと思った。


左から、星さん、ナオコさん

宿のおかみの星さんが「思ってたのと違って面白かった。」と。それがとても嬉しかった。
11時過ぎまでゆんたくが続いた。お開きになり、3人で宿に戻った。今日の宿泊は私と奥田さんだけ。3人で島酒を飲みながら2時過ぎまで話をした。こうして日本最南端の島・波照間での上映が終わった。

旅する映画 その79 トロピカルツアー 波照間島 vol.15

波照間の宿・照島荘。

2010年12月10日。晴れのち曇り。上映会前日。

1便の船で石垣から奥田さんがやってくる。宿のおかみ・星さんと港へ迎えに行く。船から降りてくるなり奥田さんは「昨日石垣の港で陽子さんを見送っている時から波照間に行きたいと思っていました。」と言った。

そして星さんは私たちを、ニシ浜、ペー浜、島の最南端に案内してくれた。天気がよく海の青のグラデーションが目に鮮やかに飛び込んでくる。今の季節がわからなくなってくる。

まあるくあいた岩の間から見えるブルーがキラキラしていた。

ここに海ガメも泳いでいた。

全国の石が埋め込まれている。

ペー浜。ニシ浜より小さくていい感じ。

星砂がたくさんあった。

やどかり。文代さんのヤドカリの話を思い出した。その話は後日書きます。

午後。機材セッティング。ナオコさんが中学校から借りてきてくれたスピーカーやアンプ、ミキサーなどを店の中に運びこんだ。14:00過ぎ、島でバンドをやっている龍ちゃんが、休憩時間にセッティングに来てくれた。


骨折していて不自由なのにセッティングをやってくれたリューちゃん。みのる荘の息子さんで働き者。縄跳びをしていてで骨折したらしい。

音はすんなりと出たが、DVDデッキで画が出なかった。ナオコさんが学校に電話をかけて必要なコードの手配をしたりして、なんとかパソコンで画が出るようになったが、差し込み口の接触が悪く、画が出たり消えたりとても不安定な状態だった。それでDVDデッキでもう一度チャレンジしてみたら今度はちゃんと画が出たのでホッとした。一時はどうなることやら心配だったが、3時間くらいあれこれやってようやくなんとか上映できることが確認できた。龍ちゃん、ナオコさんありがとうございました。

店ではすでにパンフとCDを販売してくれていた。

ナオコさんは非常に段取りがよく、効率的にモノゴトをすすめてゆく。島中に「空想の森」のチラシ・ポスターが張ってあった。小さい子供が二人いて、店も一人で切り盛りしながら上映会の準備はさぞかし大変だったろうと思う。本当に感謝です。

「せっかく苦労して機材をセットしたし、上映翌日の日曜日、ここで近所の子供たちを集めて何かDVDを見ようかな。」とナオコさんが言った。それはとてもいいアイデアだ。この島は映画館もレンタルビデオ屋も本屋も図書館もない。大きな画面と大きな音でみんなで観たら、子供も大喜びするはずだ。

それから今度はパソコン仕事。ナオコさんのところで私のパソコンでネットがつなげるように、ナオコさんのパソコンを設定した愛媛県の林さんとやりとりをした。夜7時半過ぎ、ようやく目鼻がついた。しかし結局つながらなかった。

宿に戻ると、奥田さんと男性2人のお客さんはすでに夕食を食べ終わっていた。私は遅れて食事をしながら今日あったことを話した。星さんの手づくりの食事はとてもおいしく、みんなで話しながら食べると更においしく感じる。照島荘は居心地のいい宿なのだ。奥田さんもこの宿と星さんが大好きになったようだ。

明日はいよいよ上映会本番だ。

旅する映画 その78 トロピカルツアー石垣島から波照間島へ vol.14

2010年12月9日。石垣から波照間へ

ぱいらんどのオバア。

石垣・民宿ぱいらんどにて。
朝ごはんの時、オバアの昔話を聞く。戦後間もない、オバア4歳の時、本島から南大東島に家族で船で渡って行った。今の難民船のような船にたくさんの人が乗り込み、1週間で着くと言われていたのが、結局1ヶ月もかかった。オバアは一人っ子で、父親が鍛冶屋だった。家はクバの葉でつくった。屋根や壁はクバだったそうだ。南大東島はハブがいないので、隙間だらけの家でも大丈夫だった。涼しくてとっても快適だったそうだ。土地を開墾し家をつくり、まさに自給自足の暮らしだった。

「早く子供をたくさん産んで両親を楽にしてあげたい」と、オバアは小さい頃から思っていた。船の中で一緒になった人たちは島南大東島に渡ってからも、家族のように付き合い、苦楽を共にした。

オジイは両親と7人の兄弟の次男で14歳の時、一人島南大東島に渡った。それから農業などをして基盤をつくり家族を呼び寄せた。

そしてオバアが16歳の時、オジイに恋をして17歳で結婚。それから毎年子供を産み、5人の子供に恵まれた。子供を食べさせて行くために、日本全国様々なところに出稼ぎにでた。現在暮らしている石垣島にも出稼ぎで来たのだが、オジイがここを気に入り、今はここで民宿を営んでいる。石垣に来て15年になるそうだ。

そして38歳でオバアになり、今では63歳で21人の孫を持つ。波乱万丈なオバアの人生。オバアは生きることのつらさ、しんどさ、そして喜び・面白さも大いに味わっている人だ。


あむりたの庭、そして音楽の宮本進吾さん。

智子さんと奥田さんと3人で石垣の上映会場のあむりたの庭、そして音楽へ。主催してくれる宮本さんに挨拶をした。今年の1月、ひょんなことで彼と出会ったことで、今回のツアーが実現した。

それから私は船で波照間に渡った。奥田さんがフェリー乗り場まで見送ってくれた。道すがら西表島にもっといたかったよねなどと話していたら、西表できび刈りを教えてくれた嘉本さんばったり会った。びっくり。


石垣の船乗り場。この船で波照間に渡る。今年の8月に就航したばかりの双動船。欠航が少なくなったそうだ。

日本最南端の島・波照間へ。
奥田さんと別れて、船で波照間に向かった。波もなく穏やかな海がどこまでも続いていた。


波照間。ニシ浜。


照島荘の星日出子さん。

港につくと、お世話になる宿の照島荘の星日出子さんが迎えに来てくれた。以前はこの宿のヘルパーだったのだが、この宿をやっていたオバアができなくなって、後を継いだのだそうだ。波照間と照島荘をこよなく愛する人だ。彼女の話を聞いているとこの島への愛情が伝わってくる。島の中央が高台になっていてそこに五つの集落がある。その他は、サトウキビ畑、牛の島だ。


そばカフェあとふそこ


波照間上映を主催してくれた後富底なほ子さん。

そばカフェあとふそこは、ゆったりとくつろげる空間だった。ナオコさんは、私が資料として送った新得バンドのCD「楽音日和」を聞いてから、上映のイメージが明確になったそうだ。音楽がこの店の雰囲気にマッチしていてとてもいいと。それを聞いて私はとても嬉しくなった。新得バンドのみんなにも知らせたい。

ナオコさんはこの島に嫁に来て12年ほど。二人の子供のお母さんであり、店を切り盛りするちゃきちゃきした女性だ。

波照間小学校と中学校は隣接している。現在、中学生10人。小学生24人がこの学校に通っている。ガジュマルの下の木陰は涼しかった。

機材を借りにナオコさんと小学校へ一緒に行った。明日、機材をつなげて映像と音をチェックをする。


コート盛。

昔ここでのろしを上げていた。通信手段でもあったらしい。

夜、照島荘で星さん、ナオコさん、お客さんの太田さんと4人で鍋を囲んだ。大根、青梗菜、春菊などの島の野菜、海老、豚肉。ナオコさんのオバアのつくった採りたての大根がみずみずしくてとてもおいしかった。島はこれからが野菜のシーズンなのだ。4人で楽しい夕食だった。


コート盛からの風景。


いたるところにヤギがいるのだ。

夕食後、みんなで外に出てさとうきび畑の間を歩く。星さんは星のガイドもできる。星を指し示すレーザー光線を持って解説してくれた。ここは空が広い。この夜は月もなく雲も少なかった。星がたくさん見えた。ふたご座流星群が近づいているらしい。流れ星を4つほど見た。今、この日本最南端の波照間島に自分がいて、「空想の森」の上映ができるなんて、すごいことだと思った。

「明日、与那国に行くのをやめて波照間に行きます。」と奥田さんから連絡があった。

追加上映決定!西表島再び。

西表島・空想の森トロピカルツアー追加上映!
日にち:2010年12月15日(水)

会場:大富公民館

開場 19:00
上映時間 19:30~

料金:大人1000円 老人・子供無料

問い合わせ先:080-1771-5446(山城)

旅する映画 その77 トロピカルツアー西表島 vol.13

2010年12月8日。晴れ。

とても嬉しい事があった。
奥田さんの泊まっている宿に先日映画を見たオジイが来て、宿の人たちに「空想の森」のことを熱く語っていたそうだ。あの酪農をやっているオジイだ。その話をきいたオバアはそんな映画やるなんて知らなかった。知ってたら行きたかったのに。と言ったそうだ。という話を奥田さんから聞いて、朝からテンションが上がった。あのオジイがそんなに面白く映画をみていてくれたなんて。これはもう一回ここで上映しなくては。

本日きび刈り日和。今日は大原で大原中学校のきび刈りがある。この島の学校の子供たちは部活の試合などで石垣に渡らなくてはいけない。何かと物入りだ。なので学校でさとうきび畑を持っていて生徒たちでつくって収穫し、収入を得ているのだそうだ。旅費などを自分たちで稼いでいるというわけだ。

というわけで、きび刈り初日の今日は生徒、父兄、地域の人たちがみんなできびを刈る日なのだ。私たちもこれに参加させてもらった。

大原なのでトミおばあの家から歩いて畑にむかった。右手の製糖工場を過ぎると、まもなく畑に着いた。びっしり車が止まっていたのですぐにわかった。


煙突のところが製糖工場。

9ちゃんの送別会で会った嘉本祥司さん。

彼も手伝いに来ていたのだ。学生の頃この島に援農できび刈りにきたことがあるそうだ。その後東京で営業職で働いていたが、やめて西表に戻ってきたそうだ。私が、「島の男ってカッコいい人が多いよね。」と言うと、トラクターできびを運んでいる人を指差して彼はこう言った。「本当にそうです。僕はあの人に出会って、いっしょに働いて、ああいう男になりたいと思って島にきたんです。」カッコいい男はまだまだこの島にいるようだ。

これが鎌です。

祥二さんから軍手ときびを刈る鎌を渡された。やり方を一通り教わって私たちもきびを刈った。

1、男たちがどんどんきびを切り倒していき、山をつくる。これが力のいる作業でもあり、ハブも出るかもしれないから男がやるそうだ。

2、山になった中から鎌でひっかけて1本きびをとる。先の方の皮をざっと取り、青い葉の根本の茎をぶった切り、節の部分をキレイにしてロープの上におく。「かさぎ」という作業。

3、一山キレイにしたらそれを束ねてロープでくくる。これも力がいる仕事だ。

4、くくったきびを大きなトラックに載せて製糖工場に運ぶ。

私たちは2の「かさぎ」という作業をひたすらやった。ちょっとだけやるつもりが、夢中になって3時間以上もやった。

私です。
初めてのきび刈り。

昨晩山城さんのところでいっしょにご飯をたべた、チベットちゃん。

美しい山々と海に見守られ、100人以上の人たちがきび刈りに精を出した。


富正さんは、きびをロープで束ねていた。

中学生たちも一生懸命。

束ねたきびはこのようにトラックへ。

刈ったきびを鎌でけずってかじる。
このきび、本当においしい。後でまゆみさんにもらったきびをかじったら、さっぱりして上品ななんともいえない甘さだった。西表のきびはうまい!

昨日お会いした石原孝子さんのだんなさん。

5日に映画を見に来てくれたショーコ。

彼女は高校卒業後、山梨で就職し働いていたが、半年前に島に帰ってきた。家は造園と農家をやっている。さとうきびとパイナップルをつくっている。もうすぐ大原にご飯屋をオープン予定。ショーコはカワイイコなのだ。

昼ごはんの炊き出しもご馳走になった。私はいのししそばをたべた。やはりいのししはおいしい。みんなさとうきび畑に座って思い思いに食べていた。

このきび刈りという仕事をみんなでやることで、ものすごく連帯感が強くなるような気がする。刈っている状況、はざぎの作業状況を見て、次の準備にかかる人など、みんなが協力し合って仕事がどんどん進んでいく。

最後にまゆみさんと記念撮影。

まゆみさんには本当にお世話になった。そして次はまゆみさんが西表で上映会を企画してくれるので、また西表島にこられる。次はもっとたくさんの島のオジイ、オバアにも見てもらいたい。そして色んな話を聞きたい。

ショーコが車を出してくれた。3日間お世話になったトミオバアに挨拶すると「また遊び来い。」と言ってくれた。船着場でショーコと別れた。ショーコもそうだが、私がこの島で出会った若者たちは、みんな気持ちのいい人たちだった。もっとこの島にいたかったが、次の上映は波照間。特にこの時期はしょっちゅう船が欠航するところなので、少し早めに島に入ることにしたのだ。
石垣に向かう船の中、トロピカルな海を眺めながら西表で出会った人たちのことを想った。

奥田さんが石垣のパイランドを予約してくれた。パイランドの智子さんも今回のツアーの中で上映をやりたいと言っていたが、今回は実現できなかった。

左からパイランドの智子さん、石垣島観光の成底正好さん。

たまたまぱいらんどに来ていた成底さんと、また次回石垣島で「空想の森」の上映会をやろうということになった。面白くやろうということでこれから色々考えてやっていきましょうという話になった。またまた面白いことになってきました!

左から智子さん、奥田さん、オジイ、オバア。

晩御飯を食べながら、ぱいらんどで試写会。
DVDの汚れのため、前半の半分くらいが見られなかったが。オバアは昔の畑仕事や子育てを思い出し色々話してくれた。オジイははじめ、もっと短く切った方がいいと言っていたが、後半の方は黙ってみていた。

オバア、智子さん、オジイ、色々ご協力ありがとうございます!!

石垣島でもまた上映ができそうだ。トロピカルツアー2011も夢ではなくなってきた。

明日は波照間島に渡る。

メニュー

記事分類

最近の記事

アーカイブ

トップに戻る このページの頭に戻る

原発関係

映画祭

映画館

農・衣・食・住

最近のコメント

管理用