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空想の森便り 第5号 2005年6月

2005年6月
映画『空想の森』便り
第5号
監督:田代陽子

 

みなさん、こんにちは。いかがお過ごしでしょうか。

この冬の北海道は雪が多く、寒い日も続いていたのですが、ようやく春の兆しが感じられ、そして6月。

昨年の7月に便りを出して以来ご無沙汰していましたので、その間の報告と今後の予定をお知らせしたいと思います。

 

2004年夏秋 道内をラッシュ上映でまわる

2004年の夏秋、映画『空想の森』これからも撮影を続けます、応援団を募集していますということをアピールするために、フィルムと映写機とスクリーンを持って、ラッシュ上映に出かけました。

 

2004年7月29日 帯広市 FLOWMOTION(カフェとギャラリーのお店で雑誌類もおいてある)にて『空想の森』ラッシュ上映会

フローモーション代表の高坂さんが主催してくれました。

帯広で3年くらい前に開催されたデメーテルのスタッフをしていた20代の女性などが参加。

上映後に私に感想などを話に来てくれました。

フィルムの映像が美しかった、空想の森映画祭やこの映画づくりにも興味があると若い女性たちが言っていたのをとても嬉しく思いました。

 

 

2004年9月15日 亀田郡七飯町木村さん宅(七飯町でこなひき小屋というパン屋さんをやっている)にて『空想の森』ラッシュ上映と『闇を掘る』の上映会

こなひき小屋のおかみさん、親方が主催してくれました。

こなひき小屋さんのご自宅に、持っていった映写機を設置。

天井も高く、家の周りは森で、なかなかいい雰囲気の上映会場になりました。

暗くなるのを待って上映開始。

『闇を掘る』は長いので大きなリールにフィルムがまかれています。

ロングプレイユニットというものを使って上映するのですが、置く距離、フィルムの巻き取りの適正なテンションをつかむのに手間取ってしまい、親方にも手伝ってもらいながら、なんとか上映。

上映後は親方とおかみさんがうまいワインをあけてくれ、共働学舎のチーズやこなひこ小屋パンを食べながら、見に来てくれた人たちと遅くまで色んな話をしました。

ラッシュを見た感想として、沢山の人たちが出てくるが、これからどうフォーカスをして撮影していくのかが楽しみだ、また2年後おいでよというようなことを親方に言われました。

 

 

2004年9月16日 亀田郡大沼町の交流センターにて『空想の森』ラッシュ上映と『闇を掘る』の上映会

以前2年ほど共働学舎にいた池田誠さんが主催してくれました。

この時、大沼で国際ワークキャンプを誠さんが主催していて、そこに集まった色々な国の若者も参加してくれました。

そんな訳でたくさんの人たちに見てもらえました。

炭鉱出身で前から『闇を掘る』を見たかったという人に見てもらえたのもよかったです。

夜は誠さんの家で遅くまで飲んで話し、彼の活動にも刺激を受けました。

 

 

2004年10月9日 中富良野町の大越さん宅にて『空想の森』ラッシュ上映と『闇を掘る』の上映会

以前新得に住んでいて、私たちといっしょに空想の森映画祭のスタッフをやっていた大越夫妻が主催してくれました。

大越さんの家も天井が高く、いい上映会場になりました。

参加者の一人のご夫人が、「何か分からないままここへ連れてこられたけど、思いがけなくいい映画が見られてとてもよかった。

こんな若い人がいるのを知って希望が持てたわ。」と感想を言われました。

上映後は参加者の方々が持ち寄った料理を食べながら遅くまで話をしました。

上映会で色々な人たちと出会えてみなさんと色々な話をするのも、映画をつくっていく中で、大きな力になっていくものだと改めて実感しました。

主催してくださった方々、参加してくれた方々に改めてお礼を申し上げます。

ありがとうございました。

これからもこのようなラッシュ上映会をやっていきたいと思っています。

 

2004年師走 ビデオに切り替えて私が撮影をすることを決めた

2004年8月下旬、久しぶりの撮影を予定していました。

その撮影直前、キャメラマンの大塚君がバイト先で大きな怪我をしてしまい、やむなくロケは中止。

その後、心配していた怪我の方は治ってきました。

12月、このことがきっかけで彼は27歳という自分の年令、生活や将来のことを前よりもっと考え悩むようになり、このままの気持ちでキャメラはできないということを私に伝えてきました。

私は残念でたまりませんでした。

キャメラもありフィルムもあり、新しい体制で撮影することに期待をもっていましたから、1回は撮影をやってみようよと彼に何度も言いました。

しかし彼の悩みは深くなる一方でとてもこれから撮影していこうという気にはなれず、彼はやめることになりました。

私はこれから一体どうやって撮影していこうか。

八方塞がりです。

体の具合も悪かったので、私は食材と鍋を車に積み込み、秋田の湯治宿へ向かいました。

体があったかいと、心も何となくあったかくなるものです。

同じ時に湯治に来ていた地元のばあちゃん3人組と友達になり、心に残る湯治生活になりました。

風呂にはいって、オンドルの床に寝て、共同炊事場でご飯をつくって。

そんなことをしながら、私はこれまでのこと、これからどうしていこうかなどを考えていました。

今まで『空想の森』をフィルムでやってきたのは、何より画が美しいのが好きだからということ、一人でなくチームで映画をつくっていくことをしたかったからです。

フィルムのキャメラマンは誰でもできるものではありません。

技術が必要です。そのキャメラマンをこれから探して、フィルムでやっていくのか、それともビデオに切り替えて自分で撮っていくのか。

考えた結果、自分で撮っていくことを選びました。

録音の岸本君、製作の藤本さんもそれに賛成しました。

ただ岸本君は、『空想の森』をやってみたいという若い撮影スタッフがいるので、その人にも撮影に参加してもらって撮影を手伝ってもらった方が、この映画にとってもいいんではないかと私に言いました。

ビデオで撮影することにしたけれど、スタッフでいっしょに映画をつくっていくことを大事にやっていきたいと私も思うので、やりたい人がいたらいっしょにやっていきたいと思いました。

私でも扱えて、画の質がよいビデオで撮影していくことに決めました。

色々調べて、中古だけど、すぐ使える状態のものを探して手に入れました。

ビデオでやっていくということで、日常的にこまめに私が一人で撮っていくことが可能になりました。

キャメラを通して被写体の人たちと向き合っていくことを、直接私自身がやっていくことの感覚を、早くつかみたいと思いました。

そしてスタッフを組んでやった方がよい撮影と、私が一人で撮影した方がいい撮影をしっかり考えて、ロケを組んでいく、という方針を立てました。

とはいうものの、私は撮影に関して、全く自信がありませんでした。

このビデオの扱いを、お店の人やメーカーの人や岸本に質問したり、こんなに説明書を読んだことないほど読みました。

 

◆撮影日記◆

2005年2月23日。雪。

記念すべき私の初めての撮影は、宮下さんの家。

畑は一面真っ白な雪に覆われ、その向こうに宮下さんの家がいつものようにある。降りしきる雪の中、三脚を立て、キャメラを装着し、雪がかからないよう片手に傘を持ちながら構図を決め、絞りを決め、ピントを合わす。

手がかじかんでスムーズに動かない。心の中で「よーい、シュート!」ファインダーの中の宮下さんの家を見つめる。「カット!」

後で聞いた話だが、この時家の中に文代さんがいて、誰かが車がはまって動けなくなっているのかなと思い、双眼鏡で私を見ていたそうだ。陽子ちゃんとわかったら、傘持ちくらいやってあげたのに、と言われた。

5カットくらいしか撮影しなかったが、時間がかかってとても疲れた。帰ってすぐラッシュチェック。

やはり、ふつうのビデオの画像とは違ってフィルムのような質感がいいと思った。

そしてなかなかよく撮れていて少し安心した。

風景撮りはやはり、しっかりと三脚を立てた方がいいと思った。

 

2005年2月24日。

新内小学校周辺を撮影。まだ雪深い。

 

2005年2月28日。

聡美さんの仕事。共働学舎野菜部の話し合いを食堂で撮影。

初めて食堂で撮らせてもらう。

聡美さん以外の人もそれ程キャメラに緊張した様子がなくホットする。

これからも撮っていけそうだと思った。ただ、キャメラマイクで音を拾っているので、離れると会話が聞き取りにくい。

会話を撮ろうとするとかなり寄って撮るしかない。

これが一人撮影の不自由さだ。

岸本君に相談しよう。

 

2005年3月2日。

風もほとんどなくいい天気。

朝から共働学舎小ビニールハウスのビニール張りの撮影。

まだ雪がたくさん残っている中、野菜部の人たちの他、牛担当の加藤さんなども応援にきていて、総勢10人以上で作業をする。

周りの雪をかいていく人。

加藤さんなど男の人がハウスの上にあがりビニールを張っていく。

タッカーでビニールをとめる。サイドに重しをつける。

分業して結構スムーズに作業は進んだ。

聡美さんは娘のあかり(生後6ヶ月)を背負ってみんなといっしょに作業。

私はとにかくキャメラでしっかり被写体の人を見ることに集中して撮った。

夕方。宮下さんのお風呂と夕食づくりの撮影。

宮下さんの家のお風呂は五右衛門風呂だ。

家を入ると土間があり、その右手に風呂がある。

風呂の対面に台所がある。この日は、私の撮影の練習ということで撮らせてもらう。

宮下さんは、冬場にいつもやっているスキー場の仕事からまだ帰っていなかったので、文代さんが薪で火をおこした。

風呂用スリッパを履きタオルを持って、私は一番風呂に入らせてもらう。

実は私は前からこの風呂に入ってみたかった。

水は井戸水。薪で炊いたお湯の温もりは、何とも気持ちがいい。

お尻の下から熱いお湯が上がってくる。

熱くなってきたら水を足して調節。

いい場所を探し、釜によっかかって風呂を楽しむ。

1時間から1時間半かけて火をおこしてようやくお湯になり、その後も火加減を調節しながら入るのだ。

風呂の水は風呂釜に栓がないので桶でくみ出す。

毎日の生活の中でやるとしたら、結構大変だなあと思ってしまう。

が、日々の自分の暮らしに手をかけ時間をかけることを大事にしていることは、なんて豊かな暮らし方なんだろうとも思う。

宮下さんが帰宅し、風呂に入ったので、早速撮影させてもらう。

風呂場は狭くて暗かったが、なんとか撮影できた。

風呂の中で、宮下さんはキャメラ越しの私によく話しかけた。

最後に「これ撮ってたの?」と聞かれた。

台所仕事をしている文代さんを、私が土間越しで撮影していた時、風呂に入っていた宮下さんが文代さんに話しかけてきた。

ちょうど中間に私がいたのでその会話が撮れた。

これは私にとってはとてもワクワクした撮影だった。

普段もこんな感じなんだろうなと思う場面が撮れたことがとても嬉しかった。

そして夕食をご馳走になりながら、宮下さんと文代さんと色んな話をした。

 

2004年3月4日。

共働学舎食堂、朝。

今まで私は、共働学舎を知り見に行って、学舎のチーズや野菜を食べたり、野菜の仕事を手伝ったり、ミンタルを手伝ったり、そして撮影を少しずつしてきた。

いいところも、よくないところも私なりに感じてきたが、なんて魅力的でおもしろいところだろう思う。

学舎でトウモロコシ人形などをつくっている工芸部の(野菜も手伝っている)加藤佳子さんと、学舎って生き物のようなものだねと話しをしたことがある。

代表の宮嶋望さんのお話を聞く機会は今まで何度かあったが、現場で働く人たちとは、色んな機会でいっしょに飲んだり食べたりしてきた中で話もしたが、どうして学舎で、どういう思いでやっているのか、実際やっていてどんなことを思うか、学舎とはどういう存在かなど聞いたことはなかった。

これから撮影していくのにも大事なことと思うので、インタビューという形をとって、キャメラを持って一対一で話をしたいと思った。

食堂で会った時など、ひとり一人にその話をしてインタビューに応じてもらえるかと聞くとみんな「いいよ。」と言ってくれ、まずはホッとする。

私が撮影することを全員が快くは思っていないことはわかるので、一人でもOKしてくれると嬉しい。

 

2004年3月8日。

宮嶋牧也さんインタビュー。

宮嶋宅にて。宮嶋家の長男。野菜の仕事をしている。

あまり話したことがなかったが、人をやわらかい気持ちにしてくれる人だなあと思っていた。

 

2004年3月11日。

山田圭介さんインタビュー チーズ工房2階にて。

チーズに携わって10年。

映画祭のおにぎり屋の大声、新得バンドでトランペットを吹いてる姿がとても印象的だった。

彼のチーズをつくっている姿はあまり見たことがないが、チーズに対して、自分に対して向かい合っている姿が職人だなあと思う。

どんなこと考えて、どんな仕事してるのか。

 

2004年3月15日。

共働学舎ミンタルにて、定岡さんの事務仕事風景の撮影。学舎周辺の風景。
2005年3月17日(木)〜19日(土)新しい体制で初めてのスタッフ撮影

2004年3月17日。

新しいスタッフ体制

制作:藤本幸久、監督:田代陽子、録音:岸本祐典、新しいスタッフ:一坪悠介

一度、空想の森の撮影に参加したいと言っている一坪君が京都からこちらに来て、撮影をしてみようということになった。

3日間だけだが、やってみることにした。

藤本さんは札幌で別の仕事とのことで参加できず。

まだ雪が深く、いつも宿舎に借りているじいちゃんの家を開けるのも大変なので、宿舎は藤本さんの家にする。

が、井戸水を汲み上げるポンプが壊れていて水が一切使えない。

ストーブは付くのでなんとか過ごせる。

3日だけなので、宮下さんの家で水をもらえばなんとかなるだろうと。

19:30 新得駅に二人到着。初めて会った一坪は、風邪をひいていて辛そうだった。

大阪の大学を卒業し、この春東京でアルバイトをしながら、撮影専門学校に通い、プロのキャメラマンを目指そうという若者だった。

着いた夜、ストーブを囲んで今までの経緯を説明し、これからどんなふうにやっていきたいのか、今考えている構成プロローグ、エンディング、中身を話した。

そして、この一年で撮影をして、編集作業して仕上げたいことを伝えた。

プロローグとエンディングは、私も登場人物の一人になって一坪に撮ってもらうことを考えていた。

中身の部分は私の目線で私が撮っていきたいと思っていた。

録音の岸本君は他の現場で一坪君といっしょにやってきているので、中身の部分も一坪君に撮影をまかせるところがあってもいいのではと言う。

私の撮影に不安も感じていたのだろう。

一坪君もやってみたいと言う。

私としては、ようやくキャメラにも慣れてきて、自分が撮影することが思ったより悪くなく、逆にいい面を感じていたし、これからスタッフ撮影をして自分の技術も上げていきたいと思っていたところだった。

何より、一坪君とは会ったばかりで彼のことを何も知らないし、信頼関係もまだできていない状態で、大事な撮影をまかせるという気持ちにはなれなかった。

とにかくいっしょにやってみてからだと思った。

だから今回は、私がキャメラを持ち、風景などは一坪君が撮ってみるということになる。

私は今回の撮影は久しぶりだったこと、また新しい人が来るということで、期待もあったが、一から関係をつくるのもしんどいなあとか、うまくいくかなあなどと同じくらい不安もありとても緊張していた。

しかし、ここまできたら『空想の森』を完成させるために、自分の思うようにやっていこうと思っていた。

 

2005年3月18日。曇り。

6:00 三人で散歩。

藤本さんの家から新内ホールへ向かって歩いていく。

もちろん、いつでも撮影できる状態で。昨日降った雪が結構積もっていた。

まだ誰も歩いていない雪の道に、私たちの足跡がついていく。

3月半ばを過ぎたといっても、まだまだ春は遠い。

宮下さんの家を撮影することにした。

私にとっては初めてのスタッフ撮影。

フィルムの撮影と違って、キャメラに岸本君のマイクをつける。

その線はミキサーにつながれている。何カットか撮っていたら、宮下さんが出て来て、トラクターに乗り除雪をはじめた。

歩いて近づいていって挨拶をし、撮影させてもらうことにした。

トラクターの先にシャベルをくっつけているのだが、それが外れてしまっていた。

ハンガーを針金がわりにして、ペンチでくくりつけていた。そしてようやく「ギー」という渋い音を発しながらシャベルは動いた。

少し進むとまたどこかが調子悪くなりまた直す。そんなことを繰り返しながら、仕事前に除雪をする宮下さん。

たまたま、いいところに出会っておもしろいものが撮れてよかった。

8:00 朝食。 食パン、学舎のチーズ(コバン、レラ・ヘ・ミンタル、カチョカバロ)

9:30 学舎へ。ハウスで種まき作業の準備の撮影。

聡美さんや他の野菜部の人たちに挨拶をし、一坪君を紹介てから撮影開始。

たい肥からできた土をほぐしたり、土を振るったり。聡美さんは、あかりを背負いながら指示をしたり、次の準備をしながらみんなの仕事を見たりする感じで仕事をしている。

ハウスの中はほこりっぽいので、あかりの鼻の穴は真っ黒だ。私たちのキャメラも。

時々ブロアーで土ほこりを払いながらの撮影だ。

動きのある撮影をして、マイクの線がくっついているのが少し気になった。

もっと岸本君との意思疎通が必要だ。私は大した理由もなくずっと広角で撮っていたので、マイクがフレームによく入ってきた。

12:30「カンカンカンカン。」食堂の鐘が鳴る。

お昼ご飯の合図だ。これを前から撮りたいと思っていた。

ハウスの仕事の撮影を切り上げ、食堂前に移動し、誰かがお昼の鐘を打つのを三脚を立てて待つ。

この日は時間よりだいぶ遅れて鐘が鳴った。鳴らしたのは桜井さんだった。

窓を開け、少し顔も出して丁寧に長めに鐘を鳴らしていた。人によって鳴らし方、回数もずいぶん違うのだ。

それから、ぽつぽつと人がご飯を食べに食堂に集まってくる。

午前の仕事を終えた聡美さんとあかりが、ごはんを食べに食堂に入るところを後ろからくっついて撮影。

玄関前で私は雪に足を取られコケたが、撮影は続けた。この日のメニューはうどん。

私たちもいっしょに食べた。お昼が終わると、お知らせや午後の仕事の報告をみんなでやる。

その時に私の映画のスタッフを学舎のみんなに紹介した。

午後は学舎の周りをぐるっと走って見てまわった。

16:00 宿舎にもどる。キャメラ、機材の掃除などしてラッシュをチェック。

ビデオだと撮ったものをすぐに見られるのがとてもいい。

宮下さんの除雪はなかなかよく撮れていた。

広角で撮るのはどうかということになった。

私も画を見てそう思った。

一坪君が、この映画は人の目のサイズ50ミリで撮っていったらどうかと思うと言った。

近づく時は自分の足で寄る。

離れる時も自分の足で離れる。

そうだ、それがこの映画らしいと私も思った。

それを重ねていった時どんなものになるか楽しみだ。

音の方は初めて試した小さめのマイクだった。

あまりよくなかった。

キャメラマイクと変わりない感じだった。岸

本君は今度はもっときちんといい音が拾えるマイクを持くると言っていた。

初めての撮影で色々試しながらやって、だいたいの感じはつかめてきた。

スタッフ間の役割もお互いわかってきたし、今回短い時間だったけどエイヤと撮影してよかたなあと思う。

夕食の準備をみんなでする。

豆乳鍋だ。

宮下さん、定岡さんもよんで、今夜はみんなでにぎやかにご飯を食べる。

20:00 食べはじめる。

豆乳と昆布水にとり肉、白菜、塩をいれたシンプルな鍋。

宮下さんがカボチャのテンプラを持ってきてくれた。

 

2005年3月19日。 晴れ。

8:00 起床

8:30 新内周辺を車で走る。一坪君、風景撮影。

10:30 ラッシュチェック。

12:00 昼ごはん。 パン、チーズ、ごはん

14:00 解散。二人を駅まで送る。

また映画祭の前に一回撮影しようと言って別れる。

その後、私は一人で撮影をする。

新内周辺の風景。

 

2005年3月20日

山田憲一インタビュー、山田家の家の中などを撮影。

聡美さんと2002年に結婚した。

新得町内の北広牧場で働いている憲一さんにインタビュー。

なぜ新得に来たのか、これからやりたいことなど。

キャメラ越しで話しづらかったようだ。

 

2005年3月21日

上佐幌、新内小学校など、風景撮影

 

2005年3月30日

斉藤美紗子さんインタビュー。

チーズ工房2階にて。

チーズ工房に来て5年。カマンベールチーズを担当している。

最近、同僚の斉藤愛三くんと結婚したばかり。

種まきの撮影もする。

 

2005年4月6日

宮下さんの風呂の撮影。

この日、「カツ」という若者が遊びにきていた。

彼は農業を志し、宮下さんの紹介で、新得の農家で働いていている。

今回は宮下さんが火をたきつけるところから撮った。

風呂場では彼にライトを持ってもらい撮影。

夕食は彼が釣り堀で釣ってきた魚やら、彼の働いている農家でとれたホウレン草なども並び、豪華だった。

私もいっしょに食べさせてもらう。

家に帰って、ラッシュを見直した時、標準ではなくなぜか3倍で撮影してしまったことに気がつく。

宮下さんに電話し、再度撮影させて欲しいとお願いした。

 

2005年4月9日

山田家にて。定岡さんと夕食にまねかれた。

撮影する予定はなかったが、憲一さんと聡美さんが、独立のことなど今後の話題になったので、撮影をした。

後にこの時撮ったものが、映画の中で、とても重要なシーンとなる。

 

2005年4月12日

斉藤愛三さんインタビュー。チーズ工房2階にて。

学舎に来て3年、ラクレットを担当している。

チーズに対する愛情が溢れ出ている人だ。

 

2005年4月14日

午前、聡美さんの野菜の仕事で、苗のポットへの移植の撮影。

午後、柴田千代さんインタビュー。

チーズ工房2階にて。

彼女は学舎に来て2年くらい。

コバンを担当している。

 

2005年4月14日

聡美さんのビニールハウス内の仕事の撮影

 

2005年4月15日

育苗ハウスの中で苗の撮影。

チーズ工房にて愛三君のレラ・ヘ・ミンタルの反転、ラクレット磨き、圭介さんのさくら反転の仕事の撮影。

この日、私は初めてキャメラを持ってチーズ工房の中へ入った。

みんなの仕事の邪魔にならないよう気をつけた。

ファインダー越しに見るチーズの仕事はとにかく面白い。

使っている道具、製品になる前のチーズの姿。

やっている人間たちもカッコ良く見える。

熟成庫にも、初めて入る。なんとも素晴らしい空間なのだ。

レンガと木のチーズの棚、そこにじっといるさまざまな年のチーズたち。

神聖な感じさえする。

 

2005年4月16日

熟成庫の撮影。

帰りがけに清水町の十勝川で、白鳥がたくさんいたので車を降りて撮影する。

 

2005年4月16日

苗の撮影。

牧草地の馬の撮影。

圭介さんのチーズ磨きの撮影。

 

2005年4月26日

イモまきの撮影。

3年ほど前、16ミリフィルムの時撮影したことがあるイモまきだが、畑の場所も違うし、メンバーも違うので、また雰囲気が違うものだ。今年は泉さんの畑。

日高山脈の眺めがとってもいい、気持ちのいい畑だ。

しかし風が強く、一人での撮影でマイクに風防もなく、音はきつかった。

風の対策をどうもできず、とにかく撮影をした。

村上くんと杏奈さんが結婚して学舎に帰ってきて野菜をやることになり、野菜部は今までと違って仕事のペースが上がってきている感じだ。

一人目がイモまき。

しょいこを背負い、種イモを同じ間隔に落としていく。

二人目が白い珊瑚の粉をイモにふりかけ、三人目が黒い炭の粉をイモにふりかけ、4人目がイモを軽く踏みながら土をかけていく。

今年は新兵器があった。

ビニール管を工夫して、イモを等間隔に落としていける道具を、木工部門のげんちゃんがつくってくれたのだ。

なるほど、見ていると、しゃがまないで立ったまま等間隔にイモを落としていける。

なかなか楽そうだ。加藤佳子さんがやり方を教えたり、全体を見て畑を走りまわっている。

聡美さんもあかりを背負ってイモに土よせていったり、あかりのおむつを取り替えたり、次に使う畑を計ったりしていた。

食堂での昼食も撮影した。

 

 

2005年4月28日(木)〜5月9日(月) 2回目のスタッフ撮影

2005年4月28日。晴れ。

昼過ぎ、帯広で一坪君をピックアップ。新得へ向かう。

今回の宿舎はじいちゃんの家。

一坪君と二人で家を開ける。

荷物を運び込み、電気の元栓を入れ冷蔵庫を稼動させ、水落としを解除。

しばらくしたら、床に水があふれていた。

とりあえずふいて、洗面台の下にある水落としのレバーの辺りを見てみる。

配管が外れているところがあり、どうやらそこから水が漏れているようだ。

よく調べると、お湯を使う時に漏れてきて、水だけ使う時は大丈夫だ。

いんであんに電話したら留守だったので、宮下さんに電話する。

明日見に来てくれることになった。

それまでお湯は使えない。

19:30 岸本君を新得駅に迎えに行き、そのまま山田家へ。

夕食に招待された。

定岡さんもやってきて、みんなで夕御飯。

豚肉のオーブン焼き、りんご、たまねぎ、ニンジン、イモもいっしょに焼いてあり、どーんと豪勢な食事だった。

それに学舎のごぼうをさっとゆがいて塩、バルサミコ酢、オリーブオイルであえたもの、デザートは甘夏のジンあえ。

おいしく楽しい食事だった。

22:30 宿舎に戻って、機材チェックなど。

0:00 就寝

 

2005年4月29日。くもり、晴れ、にわか雨。

3:00 起床。

4:00 まだ辺りは暗い。

北広牧場へ車で向かう。

憲一さんの仕事のロケハン。

撮影できる体制でいく。

今回は一坪君の撮影。370頭ほどの牛をしぼっている。

午前中の憲一さんの仕事は、主に牛をパーラーへ送り込み、糞をシャベルやトラクターで出して堆肥舎へ運ぶ。

以前撮影した時より100頭ほど牛が増えたので、仕事の始まりも1時間早まった。

ロケハンだったが、憲一さんの動きを確認しながら撮影もした。7時頃、にわか雨が激しく降った。

8:30 じいちゃんの家に戻る。

9:00 宮下さんが水漏れを見に来てくれる。これは業者に見てもらった方がいいとのことで、どこに頼んだらいいか教えてもらった。

朝食 コーヒー、楽園ベ−カリー(私のバイトしている店でパンをたくさんいただいた)のパン、学舎のチーズ。

ひと休みして、二人は外で生ごみの穴掘り、私はキッチンの片づけ、掃除などをする。

そして、今朝撮ったラッシュを三人で見る。

なかなかよく撮れていた。

手持ちのぶれはもう少し改善した方がいい。

本番に向けての撮影のポイント、これからの話し等する。

13:30 業者に電話。すぐ見にきてくれるとのこと。

見てもらうと6千円で直してくれるというので、お願いし、明日道具を持って直しにくることに。

これでお湯が使えるようになる。

15:00 仮眠

16:30 近くの狩勝温泉に行き、風呂に入る。

17:30 夕食 ご飯、山田家からもらった塩辛とたらこ、聡美さんがつくった煮豆、うどん(学舎のねぎ、ゆで卵)

20:00 ラッシュを見直す。

色んなことを率直に話しながら撮っていきたいと話す。

 

2005年4月30日。晴れ。風強し。

7:30 起床。朝食 パン、チーズ、コーヒー。

9:00 水漏れを直しに業者がくる。

私たちは、前の牧草地へ。

ネコさんから借りたデジカメで映画祭のプログラムに載せる撮影風景の写真を撮影。

天気が良く山々が抜群にいい。

後に、ここが私たちの大事な撮影ポイントとなった。

10:00 私は帯広へ。

今年の空想の森映画祭のチラシの打ち合わせ。

真以子さん、ねこさんと十勝プラザにて。

今までのことを振り返ったり、それぞれの映画祭に対しての思いなどを話す。

18:00 新内にもどる。

19:00 夕食。ごはん、味噌汁、一坪作オムレツ(玉ねぎ、にんじん、ラクレット)

21:00 ラッシュを見ながら明日の撮影の打ち合わせなど。

この時、ネズミが一匹走っているのを見てしまった。

ネズミ取りを仕掛けた。

明日はいよいよ一坪君が撮影する憲一さんの仕事の本番の撮影だ。

22:30 就寝。

 

2005年4月1日。曇り。寒い。

2:40 起床。頭の中が撮影モードに切り替わり、興奮して色んなこと考え、寝たんだかなんだかわからなかった。

3:30 出発。

3:45 北広牧場到着。

自分たちの長靴、三脚などを消毒。

初めのカットの確認。電気をつけ、憲一さんの動きをイメージしながら、カメラをのぞきながらシュミレーション。

パーラーを抜け、牛舎への柵をすり抜け、一番初めにやる糞出しの仕事にとりかかるところまで、ワンカットでいこうと。

4:00 憲一さんが時間きっかりにやってくる。

少し疲れ気味の様子。

「おはよう。」と挨拶をし、着替えに事務所の中へ。

出てくるところからシュートした。

さっきシュミレーションしたようにワンカットでなんとかいけた。

シャベルで糞出し、トラクターで糞を一ケ所に集め、堆肥場へ運ぶ。

牛の数を増やしたので、今は6棟の牛舎になり、2棟の牛舎は元の牛舎の奥にできた。

前よりも素早く無駄な動きもなく、牛をパーラーへ出し、牛舎に戻し、切れ目なく次の棟の牛を送り込む。

糞の量もハンパじゃない。

牛が少し走ったりすると、糞が飛んでくる。

お産直後の牛がカルシウム不足になり、立てなくなっていた。

トラクターにくくりつけられ、牛舎の端に引っ張られていった。

真近で見ていた私たちは、何か大変なことが起こったのかと思っていた。

カルシウムを与えてやればすぐ元気になるそうだ。

ロケハンをしっかりして、憲一さんの動きがあらかたわかっていたのと、撮るところを絞ったので、いい感じで撮影ができた。

8:30 撮影終了

9:00 機材整理。家の掃除。

朝食。 目玉焼き丼、味噌汁、牛蒡のみそづけ、たらこ、のり。

10:30 朝に撮ったラッシュを見る。

なかなか良かった。

12:00 トムラ登山学校へ、お風呂にはいりに行く。

13:30 休憩、仮眠。

16:30 夕食。豚肉と白菜の鍋。昆布水、しょうが、にんにくたっぷりの。うどん。

19:30 「新得バンド」の練習の撮影。

一坪君が撮影をする。

練習小屋にて。

憲一さんの牧場の社長さんが、自分の小屋を使わない時貸してくれている。

新得バンドは山田憲一、聡美、西村嘉洋、定岡美和が主なメンバーで、自分たちの好きな音楽を楽しんでいる。

お祭りや保育所などに、時々呼ばれて演奏したりしている。

音楽は、それぞれにとってなくてはならない大事なもののようだ。

この日、聡美さんと定岡さんは風邪気味で参加できず、男3人の練習となった。

今は今年の映画祭に向けての練習をしている。

空想の森映画祭のさよならパーティーで演奏をすることが、ここ最近恒例になってきて、今年もやる気満々だ。

仕事が終わってから集まって練習したり、聡美さんがあかりを産んでからは、昼間に集まって練習することが多くなったそうだ。

小屋が狭いため、私は中に入れず、外でうろうろ。

見ていて、いい感じで撮れてそうだった。

22:30 撮影終了

23:00 ラッシュを見る。

普段の練習の感じがよくでていて、なかなかよいラッシュだった。

明日チーズ工房の撮影なので、前に私の撮ったチーズ磨きのラッシュをみる。

明日は私が撮影をする。

1:00 就寝

 

2005年5月2日。曇りのち快晴。

5:00 起床。朝食。パン、コーヒー、チーズ。

5:50 共働学舎チーズ工房到着。

この日は、チーズ職人山田圭介さんの仕事を私が撮る。

色々な種類の仕事を、動き回ってやると、事前に圭介さんに言われていた。

とにかく一日、圭介さんについていって、どんな仕事をどんな顔してやっているのか見てみようという気持ちで臨んだ。

撮影隊も白衣を着て、髪の毛が落ちないよう薄い帽子をかぶり、白い長靴を履き、工房の中へ。

まず、長靴を消毒。三脚の足も消毒。

そして手をきれいに洗う。中ではすでに5時から仕事が始まっている。

朝一番で隣のパーラーで搾乳された乳が、ホースを通って工房のミルクタンク(パスとよぶ。これは2重になっていて冷やしたり殺菌したりできる入れ物)に流し込まれる。

朝の乳の受け入れは当番制で、早出の人の仕事だ。何の動力も使わず、建物の高低差を利用して乳が流れてくるのだ。

これが学舎のチーズが美味しい理由の一つだ。

6:00 圭介さんがやってくる。

さくら用の乳が3樽。この樽をキューブと呼ぶそうだ。

理科の実験のように、ほんの少しの液体をポタッといれる。

かき混ぜる。この1キューブで66個くらいのさくらができる。

そのキューブを違う場所へ移動し、今度はフロマージュブランの仕込みとクリームチーズの仕込みに入る。

その合間に圭介さんは実験室みたいな部屋で、その日の仕事日報のようなのもを書いたり、自分のノートに何やら書き込んだりしている。

このノートは圭介さんの個人的なもの。試していることの記録や結果や気付いたことなど、チーズに関しての自分の大事な記録のようだ。

この日はラクレットのカッティングと撹拌を愛三君といっしょにやる。

大きな四角いステンレス製の入れ物(バット)に入ったラクレット用の乳が凝固してくると、針金のたくさんついたようなもので細かくカットしていきながら、木製のシャベルのようなものでゆっくりと八の字に20分間休まず撹拌。

1つのバットに500キロのミルクを入れてそれから、10ホールのラクレットができる。

2バットつくるので、一回に20ホールできる。

愛三君がカッティング、圭介さんが撹拌。

真剣な顔だ。みるみるうちに黄色っぽい水分(ホエー)が多くなる。

たまにすくって食べたり、にぎったりチーズの状態について話したり。

息の合った二人だ。私は夢中になって撮影していた。

一坪君が絞りとピントをやってくれたので、私は構図決めるだけでよかったので、スムーズに撮影ができた。

チームでやるよさを実感した。

それが終わると、今度は包装室へ。

ラクレットのカット、そして真空包装、シール張り、さくらの包装とシール張り。

この日は宮坂さん(学舎のメンバーで最近チーズ工房の仕事を手伝うようになったそうだ)と珍しく共働学舎代表の望さんも手伝いに来ていた。

さくらは去年スイスで開催された山のチーズオリンピックで金賞を受賞したこともあり、張るのシールの数が多い。

一枚一枚手ではっていく。

直径30 cmのラクレット(重さ6キロくらい)を、大きなチーズ用のカットナイフで、圭介さんが手慣れた手付きでカットしていく。断面のにおいをかぐ。

「なかなかいいんじゃない。」試食用にスライスし、みんなで食べてみる。

そして次々と一つ200グラムほどにカットしていく。

そのラクレットを宮坂さんがビニールに入れ、望さんが真空パックにする機械にセットし、パックにしていく。

そして千代さんがシールをはっていく。

圭介さんは何をやっても手早くきれいに仕上げる。器用な人だ。

こうして製品となってこのチーズは今日の夕方、方々へ運ばれていき、誰かの口にはいるのだ。

ようやくお昼になった。

私はすでに集中力が限界になってきて、へとへとだった。

13:00 お昼ごはん。

食堂にて圭介さんが食べているところを少し撮影する。

そして私たちもいっしょにお昼ご飯を食べた。

14:00 天気がとてもいいので、学舎の牧草地へ行ってみた。

馬が2頭草をはんでいる。

牧草地の一番高いところまで登り、風景の撮影。

一坪君が撮影。

一坪君はパンが上手だなと思う。

一定の速度でカメラを動かせる。

三脚が壊れてるせいもあるが、私はそれがうまくできない。

15:00 熟成庫にて圭介さんのチーズ磨きの撮影。

私はへろへろになっていたので、一坪君に撮影を頼んだ。

学舎の一番大きいチーズシントコ(直径70センチで重さ40キロほどある)の磨き。

シントコは、放牧している時の牛乳400キロから2ホールできる。

見て、触って、匂いをかいで、空気を感じて、熟成庫の中でひとつ一つのチーズに向き合い、きっと色んなこと考えたりしているんだろうな。

あらかたの圭介さんの仕事が終わり、私たちは工房を出た。

ゴールデンウィーク中で、ミンタルはお客さんでにぎわっていた。

その中に、たまたま西村有里さん、嘉洋さんが嘉洋さんの母さん、ばあちゃん、妹といっしょに遊びに来ていた。

シューソフトなどを食べていた。挨拶をしてスタッフを紹介し、ちょうどいい機会なので、少し彼らを撮影させてもらう。

人が多いのでマイクを切り離し、私が手持ちでキャメラを持ち、有里ちゃんに家族の紹介をしてもらう。

本当に明るくて楽しい家族である。特に真知子母さん、おばばはお茶目だ。そして、ミンタルで働いている定岡さんも少し撮影させてもらった。それから工房のロングなど、外観を撮影。

そして私たちは食堂のベランダへ出て座る。

天気は最高、なんとも静かで平和な感じだ。ワンカット撮影して今日は終了!長い一日だった。

風呂へ先にいくか、夕御飯何にしようかなど、しばらく3人でベランダであれこれ話す。

今日はとても疲れたので、つくるのもおっくうなので食べに行くことにした。

17:30 宿舎にもどる。機材の整理。

18:30 トムラ登山学校へお風呂は入りにいく。

その後焼肉を食べにいく。

22:30 もどってきて就寝。

 

2005年4月3日。快晴。

4:00 起床。私たちは新得らしいロングの風景を探していた。

候補地として、1、宿舎の道をはさんだじいちゃんの牧草地からの山々の風景、2、じいちゃんちの前の道を上佐幌方面に向かっていった高台のところからの風景、3、狩勝峠からの風景を上げていた。

そのポイントへ行ってみた。

憲一さんの仕事の撮影の時は薄暗かったのに、今日は4時ですでに明るかった。

日に日に日の出が早くなっている。

3箇所のポイントに行って撮影をした。

どこもとてもいい風景なのだが、やはり、じいちゃんの牧草地からの風景が私たちに一番しっくりきた。

6:30 宿舎に戻る。朝食。

パン、チーズ(コバン、レラ、クリームチーズ)イモのオリーブオイル炒めツナ入り(聡子さんからいただいたイモ)

10:00 私は学舎に忘れ物を取りにいったり、買い物したり、西村さんの家に行ったり用事をたす。

15:00 昨日のラッシュを見ながら話し合い。

チーズ工房での私の撮影も、途中からだんだん落ち着いていい感じで撮れていた。

私は圭介さんと愛三君のラクレットの撹拌のシーンがとても好きだ。

20:00 夕食。

ごはん、聡子さんからいただいた長いものポン酢あえ(のり)、学舎からもらった牛蒡のサラダ(オリーブオイルバージョン、ごま油バージョン)、一坪君のつくった卵スープ。

22:00 明日の愛三君のチーズの仕事の撮影を、一坪君にまかせることにした。

前に私が撮影した愛三君のラクレットの作り方を解説してくれたラッシュを見る。

そしてなぜか映画につける音楽の話しになる。

岸本君がブラジルの音楽なんかどうかとか。

私はケルトもいいんじゃないとか。

それにしてもこの映画1時間30分に納まるかなあ。などなど。

11:45 就寝。

 

2005年4月4日。晴れ。

4:00 起床。 朝食。パン、チーズ、コーヒー。

5:30 チーズ工房到着。

白衣を来て機材や手の消毒をして、工房の中に入る準備をすませる。

今日は一坪君の撮影で愛三君の仕事を撮る。

この日はレラ・ヘ・ミンタルという大きなチーズをつくる。

400キロのミルクから2個しかできない。

かなりミルクから水分を抜くチーズなのだ。

凝固剤をいれてしばらくおいて、カッティング、撹拌など、時間で作業行程が決まっている。

計算した量のホエー(乳清)を抜いたら丸い木の枠に型入れ、成型、決まった時間で反転、そして24時間塩漬けした後、48時間乾燥させる。

そして熟成庫へ運んで最低約2ヶ月くらい熟成させる。

その間、毎日チーズを磨いたりして面倒をみて、ようやく出荷できるチーズになる。

この作業の間、触ったり、匂いをかいだり、食べてみたり、ペーハーを計ったりしながら、状態を常にみている。

きっとその中でやることを微調整していっているのだろう。

愛三君は私たちに、次にやることを先に教えてくれたり、説明してくれたりしてくれる。

朝一番の仕事が一段落し、8時過ぎ、工房の休憩室で朝食を食べる。

自分のつくったラクレットをトースターで溶かし、パンにのせて食べる。私たちもいっしょに食べさせてもらう。

途中、千代さんもやってきた。彼らはここでもチーズの話が尽きない。

本当にチーズが好きな人たちだ。朝食後、私たちは工房の外に出て、外から工房を撮影していた。

すると千代さんが「次の作業に入るから急いで中に入った方がいいよー。」とわざわざ呼びに来てくれる。

再び中へ入る。

この撮影中、私は一坪君の撮影が、作業を追っているなあと少し気になっていた。

撮りどころが私と違うなあと。

私が、こういうところを狙ったらどうかと彼らに言った時、一坪君も岸本君も何かが違うと感じていたようであった。

仕事の終わりで工房の掃除をしていた時、愛三君と学舎の子供たちとのちょっとしたシーンが撮れた。

これが撮れて私は良かったと思った。

12:30 昼食。食堂の昼食風景は、私が撮影をした。

私は初めて厨房の中に入り、そこから食堂を撮影できた。

続々とみんな食べにやってきて、ご飯と味噌汁をよそって席についていく。

三人体制で撮影していたが、みんな別段キャメラを気にしていなかった。

厨房から出て、階段の下から、吉田あゆみちゃんがご飯をよそっているところを撮っていると、ちょうどそこに愛三君が入ってきた。

よしこのまま撮るぞと思い、愛三君を追った。愛三君が席につこうとテーブルに向かっていく時、午後の予定がちょうど始まった。

それに合わせて私はゆっくり動き出した。夢中でキャメラをまわした。一坪君は私の横について絞りをきっていく。

ひとり一人午後の仕事を言っていき、終わると食事の片付けが始まるのだ。

食事の時、今までで、一番人に近づいた撮影だった。

私一人でなく録音の岸本君、助手の一坪君もいてどうかなと少し心配だったが、キャメラ越しには、ほとんどの人はそれ程撮影を気にしないで、それぞれしゃべったり食べたりしていた。

この長いワンカットが撮れて、私は嬉しくて興奮した。

そして愛三君の食べてるところを撮影してた時、ちょうどあかりをおんぶした聡美さんがフレームに入ってきたりして、すごくおもしろい撮影だった。

18:30 撮影終了し、新内へ帰る途中、とてもきれいな夕焼けだった。

あの牧草地から撮りたいと思い、車を飛ばした。急いで牧草地へ。

あっという間に日は落ちていく。

一坪君が三脚を立て、夢中に夕景を撮影している。

岸本君は少し離れた場所で、じっと音を撮っている。私は牧草地に止めた車の屋根に座り、日高山脈の雄大な風景と二人が撮影している様子を眺めていた。

「ああ、スタッフで撮影するっていいものだなあ。」としみじみ思った。

20:00 夕食。ぞうすい(たまねぎ、白菜)一坪君つくる。

21:00 ラッシュを見る。

一坪君は今回の自分の撮影に関して「全然ダメだった。」と落ち込む。

作業を追ったものだったと反省しきりだ。

被写体の人たちとの関係がないだけに、仕方がない部分もあったと私は思う。

今後に活かせばいい。

私は食堂のシーンがよく撮れていたのでとても嬉しい。

私が撮った方がいいもの、一坪君が撮った方がいいものがあると思った。

0:30 就寝。

 

2005年4月5日。快晴。

8:30 起床。

私は天気があまりにもいいので、牧草地へ行って風景撮影。

二人はまだ寝ている。

今まで朝の早い日ばかりだったので、今日はゆっくり寝てようということになっていが、体は疲れているのになぜか私は起きてしまった。

今日は、夜に聡美や憲ちゃんや圭介さんや愛三君や美和ちゃんや有里ちゃん、宮下さんなどの被写体の人たちを一品持ち寄りでじいちゃんちに招待している。

そこでご飯をみんなで食べながら、今まで撮ったものを1時間に編集してみんなに見てもらう予定だ。

9:00 二人が起床。今晩みんなが来るので、二人は家の掃除にかかる。玄関、トイレなど。

11:00 編集作業開始。編集機材がなく、ビデオデッキと、キャメラを使って荒い編集だ。

結構手間のかかる作業で、結局みんなが来るぎりぎりの時間までやってやっと完成。

私たちも何品かつくる予定が、何もつくることができなかった。

18:30 聡美さんがあかりとやってくる。チラシ寿司をつくってもっきた。

あかりを風呂に入れるため、お湯をはっていたので、まずは聡美さんが風呂に入る。

私があかりを風呂にいれるのを手伝うのは2回目だ。

そして私があかりを寝かせ服をぬがし、風呂の中の聡美さんに渡す。

いつものようにぎゃーぎゃー泣き叫ぶあかり。

しばらくして「いいよー。」と聡美さんの声。

今度はタオルを持ってあかりを受け取りに行く。

そしてまた泣き叫ぶあかり。

バスタオルの上に裸のあかりをのせ、水分を拭き取り、二重におむつをする。

が、あんまり泣くものだから、なかなかおむつをつけてやれない。

そうしてるところに千代さんが来た。

仕事が終わってからつくった餃子とイカのトマト煮を持参。

おいしそうだ。そうこうしてるうちに、聡美さんがお風呂からあがってきてバトンタッチ。

そして美和ちゃんはレンコンととり肉のあま酢煮、宮下さん、文代さんそして長男の止揚くんは、採りたてのアイヌねぎのテンプラとそばサラダ、愛三君と美紗子さんはトチーズとイモもオーブン焼き、圭介さんはチーズ、有里ちゃんと嘉洋さんはタコのマリネなどを持って続々とやってきた。

私たちはアルコールだけ用意した。

本当はつくりたかったので、次回は私たちもつくってみんなに食べてもらいたい。

遅れて箕浦さんもやってきた。

食べてお腹も落ち着いたのでラッシュ上映を開始。

今までと違って今回はビデオなので音もついている。

まずは、被写体の人たちに見てもらえることが本当に嬉しかった。

こういう日が迎えられて良かったとホントに思った。

見終わった後、感想やら意見やら色々と聞いた。

一番印象に残っているのが、「これがこんな感じで映画になっていくのやなあと初めて思えて安心した。」という宮下さんの言葉。

美和ちゃん、聡美さんなどは「自分たちは知ってる人たちばかりだからわかるけど、全く知らない人が見てどう思うかねえ。」と言っていた。確かにそうだ。

早く知らない人たちに見てもらいたい。

そして圭介さんが帰りがけに「オレは協力できることはやるから、がんばれや。」と。

嬉しい言葉だった。不安や自信のなさを抱えながらも、今まで私は被写体の人たちに自分なりのアプローチをしてきて、そして初めて自分の思うように撮影して、少しづつ「このシーンいいなあ」と思えるものも撮れてきた。

スタッフを組んでの撮影も、この映画に対する思いや言いたいことは全て言ってきたし、お互いの役割がわかってきて協力しあい、刺激し合いながらやれたことで、スッと何かから解放された感じがした。

この夜のことを私は忘れないと思った。

1:00 最後に宮下さん、箕浦さんが帰っていった。就寝。

 

2005年5月6日。晴れ。

9:00 起床。皿洗い。朝食。昨日の残りのそばサラダ、ポテトグラタン、フロマージュブランに原地さんからいただいたホエイジャム。

豪華な朝食の後、3人でこれからの話をした。

これからもスタッフ撮影は共同生活をしながらの撮影になるわけで、食べること、短い間だけど、いっしょに生活することをそれぞれが大事にして撮影にも活かしていきたいと私は言った。

そして次回の撮影となる映画祭の撮影について、どんなところを撮っていくのかなどイメージを話し合う。

映画祭の後、新内ホールで新得バンドのレコーディングをして、これは今のところ、この映画のプロローグにと考えている。

私も登場人物になり、一坪君と岸本君に撮影をまかせるつもりだ。

そしてさよならパティーのライブ版とあわせてCDのミニアルバムをつくって、映画が完成し上映の時にパンフ代わりに売ったらどうかなど。

最後のシーンは秋、新内ホール校庭での窯パーティーと決めている。

そこも私は被写体の一人になり、一坪君と岸本君に撮影をしてもらいたいと思っている。

エンドタイトル前には新得バンドのメンバーに協力してもらって、新得町内の色んな場所で移動撮影を考えている。

そんなことを3人で話しているうちに、エンドタイトルについてのいいアイデアも飛び出した。

そして岸本君、一坪君は自分たちも何か一つ楽器をマスターして、最後に新得バンドといっしょに演奏に加われたらいいなあなどと言う。「それはいいんじゃない。」と私。

なんだか楽しみになってきた。

13:00 一坪君が帰るのでミンタル寄ってチーズをお土産に買う。

愛三君は二人に大きなチーズをくれた。

そして帯広空港まで送っていった。

私と岸本君は帰りに電器屋に寄ってケーブルを買ったり用をたす。

これからの編集方法や、ラッシュチェック方法など色々話し合う。

帯広温泉で温泉に入って帰る。

21:00 宿舎にもどる。

岸本君とこの映画のテーマなどについて話し合う。

見た人が自分を振り返ることができる映画になればいいなあなどと岸本君が言う。

私もそう思う。

23:00 就寝。

 

2005年5月7日。雪。

7:30 起床。寒かった。外はみぞれ。

そのうち雪へ。

この時期の雪はめずらしい。

今日は聡美さんの仕事の撮影だ。

9:20 出発。途中、宮下さんの家に寄り、前に失敗した風呂のシーンを再度、撮影したいことを伝える。

聡美さんの家にまだ彼女の車があったので、寄ってみる。

ちょうど憲一さんが朝食を終え車に乗り込むところ。

「今日は昼休みゆっくりできそうだよ。この天気だから。」と言って出かけていく。

聡美さんに今日の仕事の内容を聞く。

大きなトマトのハウスの中の牧草抜きと畝づくりとのこと。

10:00 学舎に到着。結構雪が降ってきた。

雪の降りしきるハウス、食堂、牛舎など撮影。

聡美さん、まゆこちゃん、村上くん、あゆみちゃんなどやってくる。

ハウスの中にはえている牧草を抜いていく。

これがなかなか手強い。シャベルを使って根っこから取り除く。

佳子さんがネコで一ケ所に抜いた草を集める。マルチを張る幅が1メートル、通路60センチと棒とヒモで印しをつけていく。

そしてその際に、くわで溝を掘っていく。

この溝にマルチの端が埋められていくわけだ。

ハウスは縦に長い。

それぞれ草を抜く人、草をネコで集め運ぶ人、溝を切る人など分担してやっていく。

誰かと近づいてくると、話がどちらからとなく始まる。

学舎の話、天気の話など。

かと思うと地面に向き合って黙々とやっていたり。

今日はそんな感じを撮りたかった。

お昼の鐘がなり、午前中の仕事はこれで終わり。

私たちは挨拶をして、宿舎へもどる。

13:30 昼食。おかゆ、れんこんと卵ととり肉の煮物の残りもの。

15:30 宮下さんの風呂の撮影。春の雪景色なども撮影。

宮下さんが火を炊くところから撮る。

もう3回目なので、撮りたいところをねらって撮影できた。

風呂場の中で録音の岸本にライトも持ってもらったのだが、宮下さんの顔に影ができてしまい、これはあまりよくなかった。

風呂をあがった後、ビールを飲みながらの宮下さんの話が撮影できたのがよかった。

19:20 撮影終了。

20:00 夕食。イモのオリーブオイル炒め。

21:00 ラッシュを見ながら色々話す

1:00 就寝

 

2005年5月8日。快晴。

5:00 起床。今日は聡美さんの朝一番の仕事と、山田家の朝食と聡美さんとあかりの散歩の撮影。

5:30 昨晩の雪が積もって、朝の光を浴び、外は素晴らしく美しい。

車に乗り込む前、思わずキャメラをまわす。

出発し、じいちゃんちの前の坂を新内ホールへ降りていく途中、左手の新内の森に朝靄がかかり、幻想的な光景が目に飛び込む。

車を止め、まずそこで何カットか撮影。

こんな風景にはめったにお目にかかれるものでないと思い、岸本君に「引き返してじいちゃんの牧草地からの景色をねらおう。」と言った。

聡美さんに電話をかけ、事情を話し、朝の仕事の撮影はキャンセルし、朝食から撮りに行くことを伝える。

急いで牧草地へ行く。

もうそれはそれは幻想的な風景だった。

陽が昇ってきて刻々とその風景は変わっていく。

私が興奮して焦ってセッティングしてたら、「そんなあせらんと。」岸本君に言われる。

無事に撮影できた。

「これは神様がくれたご褒美かもね。」と後で映像を見た宮下さんに言われる。

7:40 山田家へ。素晴らしい風景にすっかり興奮し、いい気分で山田家の朝食の撮影へ。

憲一さんと聡美さんは朝食をとても大事にしている。

彼らの生活は、朝が一番ゆっくりできる時間なのだ。

朝の4時から働いている憲一さんはお腹がぺこぺこで帰って来る

。聡美さんはあかりを見ながら朝食の支度。

この日は、自分でつくったパン、自家製ゆずジャム、自家製ヨーグルト、バター、学舎のチーズ、卵と野菜の炒めのも、チャパティみたいなもの、ネルドリップコーヒー。

あかりは岸本君を見ては大泣き。

見なきゃいいのに見ては泣くのだ。

岸本君もこれにはまいって、目を合わせないようにしていた。

聡美さんはあかりといっしょにガリガリとコーヒー豆を挽く。

憲一さんが帰ってきた。

お風呂に入ってさっぱりしてから朝食。

聡美さんはまだ卵料理ができていない。

結局憲一さんがつくることになる。

次にコーヒーを落とす。

そしてようやく支度が整い、ゆっくりと朝食を3人で食べる。

朝の光を浴びながら、色んな話をしながら、ゆったりと自分たちでつくったものを食べる。

なんて豊かなんだろう。

こんなにゆったりと朝食を食べている人って、どのくらいいるだろう。

撮影が終わって、私たちも同じものをご馳走になる。おいしかった。

9:45 しっかり皿洗いもしてから、憲一さん再び仕事に出かける。いいだんなさんだ。

11:30 聡美さん、あかりと散歩に出かける。

最後の撮影だ。

雪の後で天気もよく風もなく、条件がいい。

意外と聡美さんの歩くペースが早い。

マイクの線でつながれている私と岸本君は、二人でひーひーしながらついていく。

先に走っていって待ち構えたり、後ろ姿を撮ってからダッシュで追い掛けたり。

とにかく汗びしょになった。

これはあまり満足のいく撮影ではなかった。

これで今回の撮影は全て終了。

聡美さんの家にもどり、汗かいたのでビール飲もうということで、3人でビールで乾杯した。

なんだかんだ話してるうちに憲一さんが午前の仕事を終え帰ってきた。

開口一番「あ、ビール飲んでる!いいな。」まだ仕事のある憲一さんは少し考えてから、やっぱり少しだけといっしょにビールを飲んだ。お昼ごはんもご馳走になった。

憲一さんは肉体労働だから、昼が一番ボリュームがあるのだ。

お昼 塩豚となすとピーマンの炒めもの、玄米、白米、味噌汁(牛蒡、えのき、にんじん、いも)、牛肉のしょうが炒めと千切りキャベツ。

15:30 宿舎に戻る。

私は風景撮影にいく。岸本君は夕食づくり。

今日はまたみんなを招き、今度は岸本君が料理をつくってみんなにふるまうことになっている。

二人でビールを飲みながらラッシュをみる。

19;30 宮下さん、文代さん、止揚くんが海老フライと野菜を持って、憲一さん、美和ちゃんはアイヌねぎ、こごみのおひたしを持ってやってくる。

岸本君は野菜スープをつくった。

玉ねぎ、人参、イモ、にんにく、ベーコンが入っていて、なかなか美味しくみんなにも好評だった。

宮下さんの風呂、山田家の朝食など新たな映像もみんなに見てもらった。

岸本君は体力の限界って感じで疲れきって眠そうだった。

私も体は疲れているけど、頭は冴えていた。

3:00 憲一さん、美和ちゃん帰る。就寝。

 

2005年5月9日。曇り。

9:00 起床。今日で解散だ。

掃除や荷造りなどする。

私一人の撮影の時に使えるように、岸本君のマイクを置いていってくれた。

今までより少しはいい音がとれることになる。その使い方など色々教えてもらう。

13:30 岸本君を駅まで送る。

途中荷物を出す。

私も岸本君も、今回は終わって充実感を感じるとともに、これからの撮影に向けて気が引き締まる思いでいた。

次は私も被写体になり、現場の撮影は基本的に岸本君と一坪君に任せている。

次もいい撮影しようと言って別れた。

今回の撮影も色んな人たちの協力があってできました。

特に食べ物に関しては色んな人たちからいただき、撮影中、豊かに過ごせました。

本当にありがとうございました。

今後も撮影を進めていきますので、よろしくお願いいたします。

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