空想の森便り 第7号 2005年8月
2005年8月
映画『空想の森』便り 第7号
監督 田代陽子
新得バンドのメンバーが、もう少し練習をして、オリジナル曲を新たにつくり、また録音をしたいということで今回のロケが実現しました。録音の岸本君の交通費を半額メンバーが出してくれました。今回、撮影の一坪君はバイトが忙しく、1泊2日のきついスケジュールで自腹で撮影に参加することに。
なんといっても今回は、この映画の整音をお願いしている久保田幸雄さんにも来ていただくことになった。黒木和雄監督の次回作のクランクインが遅れていて、この時期たまたま久保田さんのスケジュールがあいていたのでした。7月28日から8月1日の短い間だけど、久保田さんに現場に身をおいてもらって、私たちの撮影をみてもらい、質問したり、話を聞いたりしたいと思っていました。予算がないので、久保田さんも私たちスタッフの家であるじいちゃんちに寝泊まりして、いっしょにご飯を食べることになりました。
<田代陽子の撮影日記 2005年7月25日〜8月1日>
2005年7月25日。
そんなことで私は嬉しくてワクワクしたり、緊張したり。前回のロケからあまり時間がなく、一人撮影、バイトなども忙しくテンションも高かった。そしてロケ初日の7月25日の早朝、お腹の痛みと膨満感で目が覚めた。子宮筋腫の関係かなと思ったが、この時は具合がとても悪く動ける状態ではなかったので、焦る気持ちを抑えながら湯たんぽでお腹を暖めて、ただジッと寝ているしかなかった。
前日の7月24日、私はあがた森魚さんのライブを幕別に見に行った。その時あがたさんと少し話した。『空想の森』をあがたさんは応援してくれていて、「陽子ちゃんがラッシュ上映する時に、僕のライブもいっしょにやろうよ。」と言ってくれたりした。翌日ランチをいっしょにしようと約束していたがそれどころではなくなり、あがたさんに断わりの電話をかけ、今晩新得に到着する岸本君を藤本さんに迎えに行ってもらうように頼んだ。なんだかわからないけど、お腹は相変わらずで、体全体も重くゾクゾクして具合が悪かった。気持ちは早く新得に行きたいのに、体が言うことをきかなかった。一体今回のロケはどうなっちゃうんだろう。結局この日と翌日のまる2日間、動くことができず寝たきりだった。
20005年7月26日。
夕方、宮下さんに電話する。文代さんに岸本君にご飯を届けてもらうよう頼む。藤本さんも札幌に出かけてしまい、足もなくあまり食料もないじいちゃんちで一人でいる岸本君はご飯どうしているのだろうと考えつく。自分の具合の悪さでそのことに考えがおよばなかった。
2005年7月27日。雨。
11:00 少しフラフラした感じでじいちゃんちへ。2日間寝ていたので仕方がないが、そのおかげで何とか動けるようになった。お腹の膨満感もとれた。岸本君はそうめんなどあるものを食べていたそうだ。昨日の文代さんのご飯で、お腹一杯食べられたそうだ。
岸本君と今までの撮影項目を書き出す。これから何を撮影していくかなどを話し、今回のロケの打ち合わせ。
13:00 昼ご飯をつくっている最中、ガスが切れる。つくるのは断念して町へ出て、日晃スタンドでガスを10キロ(4千円)を買う。夕方までに取り付けに来てもらうよう頼む。新得駅前のみなとやで蕎麦を食べる。そして共働学舎のミンタルへ行く。代表の望さんと京子さんがいたので、挨拶をする。そしてチーズを少し買う。食堂に聡美さんがいるというので行ってみた。杏奈さんやラモーナなどみんなで食堂のガラス窓をふいていた。なんでもラモーナの提案で、これから週に1回、食堂の掃除をみんなですることになったそうだ。聡美さんはベビーベットを掃除していた。挨拶をして少し話をした。キャベツ、きゅうり、ズッキーニ、レタスなど自家用の野菜を少しもらった。学舎から帰る途中、文代さんに会う。文代さんからもカブと水菜をもらった。おかげで野菜が豊富にそろった。フクハラで米などを買って帰る。
16:00 夕飯の準備。少し明日の打ち合わせ。
19:00 天気が良くなってきて、太陽の光がなんともきれいだ。岸本君と2人で牧草地へ撮影に出かけて少し撮影をした。
19:40 夕食。おかゆ、小松菜とチンゲン菜の煮物、カブと鶏ひき肉の煮物。
21:30 ラッシュの構成の打ち合わせ。私が撮影した最新のラッシュを見る。聡美さんの仕事と食堂での聡美さんとあかりのシーン。聡美さんがあかりをベビーベットから抱き上げるところがとても好きだと妙に気に入って、もう1回見たいと言って2回も見直した。自分で撮っている時は、逆光が気になっていて露出どうかなあと気にしながらだったので不安なところだったのだ。でもそう言われるととてもいいシーンに見えてくる。わからないものだ。明日はいよいよ、久保田さんが来る。
0:30 風呂。
1:00 就寝。
2005年7月28日。快晴。共働学舎の放牧の撮影。映画『空想の森』が立ち上がった日。
7:30 起床。昨晩は色んなことを考えてよく眠れず。が、とても良い天気で気分は上々。風が少し強い。今日、久保田さんがいよいよ来る。岸本君は玄関、トイレなど掃除。私はまず、腰浴。そして掃除機をかける。
8:30 朝食。ベ−グルパン、クリームチーズ、シントコ、プチプレジール、フロマージュブランにホエイジャムをかけて、ズッキーニの炒めもの、コーヒー。
9:10 出発。学舎に着くと雨が降ってきた。でも通り雨だった。
10:00 「牛舎で牛の爪を切ってから放牧に出します。」と牛の責任者の加藤さん。それも撮影させてもらうことにした。一頭一頭牛をなぎちゃんと本屋敷くんが両側からおさえて、加藤さんが大きな爪きりで4本の足の爪を順番に切っていく。今日はなぎちゃんといつもコンビを組んでいる大越さんはお休みらしい。嫌がる牛もいれば、じっとしている牛もいる。これは一仕事だ。
11:00 放牧。牛舎の出口に牛たちは早く牧草地へ行きたい、待切れないといった風に並んでいる。今日は初めて一番上の牧草地まで牛を上げる日だ。加藤さんがなぎちゃんと本屋敷くんに色んな注意をしていた。本屋敷くんにとっても初めての放牧だ。私は牛の正面に陣取って牛が出てくるところを狙っていたら、加藤さんが「そこは危ないかもしれないよ。」と言ったので、少し左にキャメラ位置を変えた。「ギーッ」と木の柵が開けられた途端、すごい勢いで牛たちが駆け出した。思わずのけぞりそうになったが、ぐっとこらえた。左に避けておいてよかったと思った。あらかたの牛が牛舎を出ていき、私たちも牛に追い付いて撮影をしようと足を踏み出したが、ぬかるみにはまって長靴から足が抜けそうになった。昨日までの雨でぬかるんでいるのだ。やっとの思いで抜け出し、急いで牛を追いかけた。金沢さんの畑ところの木柵の牛の道が、私はなぜか好きだ。聡美さんたちがいつも仕事をしている畑越しに、牛となぎちゃんや大越さんが歩いている姿が、この土地にマッチした風景になる感じがする。そこでぜひ撮りたいと前々から思っていた。そこを抜けると傾斜のある広い放牧地が広がっている。後方に高い山々があり、日本でないような風景だ。そこで一頭牛舎へ戻ろうとした牛がいた。なぎちゃんはその牛を何とか先に進ませようと声を出し、必死で追い回している。しばらく牛となぎちゃんの追いかけっこが続き、観念したのか、その牛も上に登っていった。次は森の中を抜けていく。森の中であちこちに散らばった牛たちを声を出したり、棒で軽く尻をたたいたりしながら更に上へと誘導していく。私たちもゼイゼイいいながらついていった。山を上りながら手持ちの撮影は、病み上がりの私には少々きつかった。森を抜けると2番目の放牧地に出る。そこ牧草を食べる牛を更に追う。一番上の放牧地へは砂利道を渡る。そこに木のゲートがある。それを開ける時、私はゲートのすぐ脇に立った。前方から、左方からと、ものすごい勢いで牛が向かってきた。私のすぐ50cmくらいのところに牛が走り込み、道を渡り一番上の牧草地へ走り込んで行く。でもけして私にぶつかっては来ない。私も恐くないことがわかったのでのけぞらなかった。なかなか迫力ある映像が撮れた。気分が高揚してきた。午後に「牛をおろすのも撮影させてね。」となぎちゃんにお願いした。食事後の2時半か3時頃に牛を下ろすとのこと。私たちは食堂へ行く。
12:20 食堂を少し撮影。ご飯を食べる。牛を下ろすまでしばらく時間があるので、食堂で休む。さすがに体が重く疲れた。
14:40 藤本さんが食堂にやってきた。久保田さんを帯広空港まで迎えに行ってくれたのだ。ミンタルに久保田さんが休んでいるとのこと。なんと2時過ぎに、もう牛を下ろしていたそうで、牛舎に牛が帰ってきていた。「ガーン。」なぎちゃんに頼んでいたのに。こんなに天気のいい放牧日和は次にいつあるかわからないから今日撮影したかった。まあ仕方ない。またの機会に撮影しよう。ミンタルへ移動。久しぶりに会った久保田さんは前の印象と変わらず、穏やかで元気そうだった。久保田さんにチーズの試食を出したりした。今日の撮影のことなどを話す。久保田さんはこの後、私たちに合流することになった。今日は天気がいいけど、撮ろうと思っていた牛はもどってきちゃったし久保田さんが来たし、撮影はやめようと私は岸本君に言った。
16:00 じいちゃんちにもどる。コーヒーを飲む。機材整理。今回のロケの予定や今後のことなど、久保田さんも交えて話す。久保田さんには一番奥の部屋を使ってもらう。
19:00 夕食。鍋(文代さんからもらった水菜、エノキ、しめじ、豆腐、学舎のレタス、豚肉、うどん)、学舎の大根サラダ(梅、学舎のしそ、酢、ごま油)、聡美さんからもらった玄米を梅干しとしそを入れてのり巻にしたもの。美和ちゃんが仕事を終えてやって来た。食事づくりを手伝ってくれていっしょに食べた。エビスビールを差し入れてくれた。藤本さんも呼ぶ。みんなでにぎやかに食卓を囲む。岸本君は尊敬する久保田さんを前に少々緊張気味。岸本君いわく、野球で言えばプロにいこうかと考えている高校生が、現役の長島繁雄の隣のショートを守ることらしい。食べて飲んでいるうちに久保田さんも食べ物や映画の仕事の話しなどチラホラと話す。仕事でドイツに行った時にドイツワインが好きになったそうで、安くて美味しいドイツワインがあって、それをたまに飲んでるという。トルコに奥さんと旅行に行ったが、トルコ料理は口に合わなかったとか。
明日は午後から久保田さんは撮影に参加することになった。
10:30 風呂。
11:00 就寝。
2005年7月29日。曇り。
5:00 起床。私はテルミーをする。白湯を飲む。
6:40 出発。学舎のトマトの大きなハウス前へ。雲行きがあやしい。杏奈さんがハーブの世話をしている。岩ちゃんが通りかかったり。少し撮影をする。
7:20 育苗ハウスの横の畑へ移動。聡美さん、村上君、杏奈さん、まゆこちゃんでいんげん、きゅうりの収穫の撮影。大ハウスでトマトの収穫の撮影。金沢さんの畑で、きゅうり、ズッキーニ、なす、ピーマンの収穫の撮影。
8:30 じいちゃんちへ戻る。久保田さんは起きていて、パンとチーズを食べ終わったところだった。私たちはパン、ズッキーニの炒めのも、朝取りのきゅうりとトマト、チーズ(シントコ、コバン、フロマージュブランにホエイジャム)を食べる。今朝もらってきた採りたて野菜を久保田さんも少し食べた。
10:00 ラッシュをみる。(R-51、52)宮下さんのキャベツの定植と学舎の牛の爪きりと放牧。
12:30 休憩。前回の新得バンドの演奏収録の音を久保田さんに聴いてもらう。
14:00 昼食。焼そば(キャベツ、ズッキーニ、ピーマン、豚肉)、美和ちゃんがつくったピクルス(きゅーり、ブロッコリー、カリフラワー)
15:00 雨が降り出してきたので、午後の撮影は中止。宮下さんに明日撮影をする旨を伝える。ゴミを出しに行く。
16:00 久保田さんが温泉は久しぶりというので、登山学校の温泉をやめてオソウシ温泉へ行く。いいお湯だった。男湯では岸本君と久保田さんはずいぶん話がはずんでいるようだった。雨足は強くなる。
19:00 ラッシュを見る。(R-53)学舎の食堂では、マイクゼンハイザー816は音を拾い過ぎて合わないということがわかった。いつも使っているロードの方が合っていると言う結論になった。ラッシュを見ている最中、台所の脇に仕掛けたネズミ捕りが「ガシャッ」と音をたてた。ラッシュを見終えてすぐに、3人でしげしげとネズミ捕りにかかったネズミを眺めた。まだ小さい小ネズミで、よく見るとかわいらしい。でもそんなことを言ってられない。段ボールにしまっておいた食料をかじられて、中のものを食べられ捨てるはめになったり、そこらじゅう糞をされたり、お風呂の石鹸を食べられたり、カリカリ洗面台の下をかじる音がしたり、いつもネズミに悩まされていたのだ。それにこの1匹だけではないかもしれない。きっともっといるはずだ。岸本君はこのネズミを天に召す役を嫌がっていたが、当然のように「やっぱりやるのは岸ちゃんでしょ。」と私が言った。「今はやりたくないので明日やるわ。」と力なく岸本君が言った。今晩は最後の晩だからおいしいものを食べさせようと言って、キャラメルコーンを2粒あげていた。「カリカリとおいしそうに食べとるからもう1個あげよう。」などと言ってネズミの世話をしていた。
20:30 夕食。ご飯、味噌汁(岩のり)、チンゲン菜の炒めのも、豚肉ともやしとキャベツの炒めもの、デザート(私のばあちゃんが送ってくれた桃)
寝る前、岸本君と色々話す。落語が好きなことなど。テープなど買って聴いていたとか。結構いい趣味もっているのだなあと思う。
23:10 就寝。
2005年7月30日。曇りのち晴れ。夏らしい暑さ。
6:30 起床。私はテルミーをする。
ネズミをどうやって天国へ送るか3人で話す。「踏みつけるのはできない。」と岸本君。「じゃあ、バケツに水を入れてネズミ捕りごと水没させたらどうか。」と久保田さん。「それがいい」ということになったが、岸本君は今はまだやりたくないから撮影から帰ってきたらやるという。私は朝食の支度にかかる。ふと外を見ると久保田さんが外でバケツを見つけて、玄関横の水道の蛇口をひねっていた。岸本君が気が進まなそうだから自分がやろうと思ったのか。朝のトイレから出て来た岸本君にそのことを伝えると、師匠にそんなことをさせられないと言ってあわてて外に出ていった。2人でネズミを水没させ、久保田さんがスコップでネズミを埋める穴を掘り、岸本君がネズミを取り出して2人でネズミを埋葬したそうだ。後で岸本君が笑いながら私に言った。「僕の記念すべき久保田さんとの初の共同作業はネズミの埋葬やったわ。」と。私もおかしくて笑った。
7:20 朝食。おかゆ、梅干し、きゅうり、ツナ、のり。
8:00 宮下さんの仕事の撮影に出発。久保田さんも長靴を履いて車に乗り込む。
「今日は急遽自家用のアスパラガスの苗を、かえで団地の能登さんのところへとりに行くことになった。」と宮下さん。私たちもそれについて行って撮影することに。能登さんの家の前の畑に細くてひょろひょろしたアスパラの苗が植わっていた。スコップで根を切り苗をコンテナに入れていく。久保田さんは私たちの撮影を少し離れたところから眺め、時より小さなノートに何やらメモをしたりしていた。久保田さんは時々私に「あの人の名前はなんていうんだっけ?何やってる人?」と質問してノートに書いていた。帰りに上佐幌の宇井さんの家に寄り、草刈り用のチェーンソウを借りる。そこも撮影する。帰りがけに宇井さんの家で電話を借りて学舎にかけた。今日は天気がいいので、放牧をしてるはずなので、先日撮りこぼした放牧の戻しを撮影しようと思ったからだ。それでお昼ご飯を3人分予約した。畑にもどり草刈りを始めるがすぐに中止。なんでも燃料が合わなかったらしい。そこで宮下さんはカボチャのつる延ばし作業をはじめた。一つひとつのつるを延ばしてやる。そうすると隣のつるとからまなくなって、後で作業がしやすくなるのだ。宮下さんは「面白いことをしよう。」と言って、ある程度大きくなったカボチャに私の名前を彫った。「岸本君と久保田さんの名前も彫ろうか。」と言ってまた適当なカボチャを探して名前を彫った。「後のお楽しみだ。」と言って笑った。これがどうなるのか楽しみである。蕎麦の花が咲いていた。白くて小さくて可憐な花で私は好きだ。風景カットを何カットか撮影する。
12:10 宮下さんの家の前でみんなでお茶。天気がよくて気持ちがいい。そして学舎へ向かった。
12:40 食堂前に行くと、ちょうどなぎちゃんが通りかかった。今日の撮影よろしくと声をかけると、トラブルがあってもう牛を牛舎に下ろたという。また撮ることができなくなった。とにかくお昼ご飯を予約していたので3人で食堂へ。この日のメニューはご飯、豚肉とはるさめと野菜のスープ、なすの和え物、こうなごのつくだに。午後どうしようかなあと考えながら食べていると、午前の仕事を終え、昼ご飯を食べに聡美がやってきた。「午前中大変だったの。」と聡美さん。なんでも牛が脱走してトマトのハウスの横の畑などに入り込み、捕まえるのにみんなでおおわらわで仕事がはかどらなかったらしい。そういえば、牛が木柵を壊して脱走し、みんな総出で捕まえたなんて話を時々聞いていた。私はこの話を聞いてとても悔しかった。ああ、午前中、学舎にきていたら撮れたのに。撮りたかったなあ。みんな総出で牛を捕まえようとしているところを。でも仕方ない。またチャンスはあるかもしれない。気を取り直して、聡美さんがご飯を食べながら村上君と打ち合わせをしているところを撮影する。岸本君はロードのマイクを使った。
午後は宮下さんの仕事を撮ることに決めた。帰りにフクハラに寄り、明日大勢で食べることになる昼ご飯のカレーの食材を買う。そして役場で新内ホールの鍵を借りた。明日はいよいよ新得バンドの収録だ。新内ホールに下見に行く。中に入ってホールをチェック。天気もよく森の木々が美しい。「明日は天気でも新内ホールでやろう。」と岸本君が言った。前回は豊之進劇場(じいちゃんちのD型倉庫)でやった。今回は前回とはまた別なものになるので、違う場所でやるのがいいなと私も思っていた。
15:00 じいちゃんちに戻る。久保田さんと岸本君は音のこと録音のことについてひとしきり話をしていた。私と岸本君は再び宮下さんの撮影に出かけることに。久保田さんは今日の晩ご飯の支度をすることになる。お米研ぎや明日のカレーの具材切りなど。
16:30 宮下さんの畑へ。文代さんが人参の除草をしていた。しゃがんだ体勢で横に進んでいく作業で体がきついのだ。私たちと話ながら、そして体を伸しながら作業をする文代さん。「私がこうやって畑で体を伸していたら、道から見てた人が、雨乞いですかって言ったの。」なんて言うもんだから、撮影しながら笑いをこらえるのが大変だった。宮下さんはカボチャのつるのばしを違う畑でしていた。宮下さんのバックに佐幌岳がどーんとそびえている。
いい時間になってきて文代さんが人参畑から引き上げて来た。作業中の宮下さんの近くで、桑の実をとって食べたりしている。「文ちゃん、あの畑に肥料やったか?」と宮下さん。「やってへんよ。宮下さんやらなくていいっていったから。」と文代さん。「そーかー。」などといつものようにしゃべっている。文代さんは洗濯物を取り込んだり、犬のアトムを放してやったりしていた。そんなところを撮影した。なんかとてもいい感じで撮影できて嬉しかった。宮下さんはまだやらなければいけない仕事があるので畑だ。宮下さんに挨拶をして私たちは今日の撮影を終えた。
19:00 帰宅。機材整理。
20:30 夕食。ご飯、チンゲン菜と豚肉の味噌炒め、キューリの麺汁あえ。岸本君が「一やんがきっと今晩お腹を空かせて来るから。」といって一坪君の分を取りおきする。
21:00 食後、今日初めて撮影を久保田さんに見てもらったので、感想など聞きたいと思い聞いてみた。久保田さんはにこやかに「別にありません。」と答えた。前にも私の撮影したラッシュを久保田さんに送って見てもらい、画についてどうか聞いたことがあったが、その時も「音についてはいくつかあるけど、画については言うことはありません。」と言われたことがあった。久保田さんから自分の撮影について、何か聞きたかった私なのである。みんなでラッシュをみる。(R-54)
21:50 一坪君を新得駅まで迎えに行く。
22:30 簡単に一坪君が久保田さんに挨拶をしてから、また続きのラッシュを見る。一坪君は遅い夕御飯を食べながらいっしょに見る。
23:10 就寝。
2005年7月31日。曇り。午後から雨。蒸し暑い。忘れられない日。
7:30 起床。腰湯。
8:00 みんな起床。
9:00 朝食。ご飯、大根葉の味噌汁、ズッキーニの炒めもの。
朝食の洗い物を久保田さんといっしょにしながら何気なく話していた。「一つきちっと正面から誰かはっきりと分かるカットがあった方が、見ている人が分かりやすいと思う。」と言った。「農作業している人が色々出てくるけど、知らない人が見たらみんな同じ人に見えてしまうから。」と。そうかもしれないなあと私は思った。
10:00 憲一さん(サックス)、箕浦さんがやってくる。箕浦さんには今回スチール写真をお願いした。そして、圭介さん(トランペット)、嘉さん(ベース)美和ちゃん(コンガ)、聡美さんとあかり(ドラム)もやって来た。
10:30 新内ホールへ移動をはじめる。私は昼ご飯のカレーライスの準備。岸本君、一坪君はそれぞれ機材のセッティングなどはじめる。
11:45 私も新内ホールへ移動。雨が降ってきそうな天気だ。新内ホールでは収録前のアップが行なわれていた。あかりは床をはいずりまわり、ご機嫌の様子。後ろの森がきれいだ。前回野外で収録した豊之進劇場の時の音とずいぶん違う音だ。ここはここでいい感じの雰囲気になりそうだ。
13:30 雨が激しく降ってきた。昼ご飯。みんなじいちゃんちに戻る。カレーライス、(いも、人参、ズッキーニ、玉ねぎ、豚肉)
14:30 再び新内ホールへ。「キリン」(圭介作曲)、「皮の手袋」(憲一作曲)の2曲とセッションを収録。あかりは床をはって、サックスを吹いている父さんのところへ行ったり、ドラムをたたいてる母さんのところへ行ったり、コンガをたたいている美和ちゃんの足につかまって立ったり楽しそう。スチール写真をお願いした箕浦さんは、何台かのキャメラでシャッターを切っている。岸本君はバンドの真ん前でヘッドフォンをつけ、音をとっている。一坪君はキャメラを持って動きまわって撮影。今度10月に予定している窯パーティーの撮影の練習のつもりで人の表情を撮りますからと私に言っていた。久保田さんはイスに座り、全体を眺めていた。途中、おっちゃんがやってきた。私も座って見ていたり、たまに写真を撮ったり、外へ行ってみたり。
17:00 収録終了。随分長くやっていたものだ。さすがにメンバーのみんなも疲れてきていた。スチール撮影をする。ホールで新得バンドのメンバーの集合写真を撮る。そして藤本さんも呼んで、新内ホールの玄関前でバンドのメンバーの写真と映画「空想の森」スタッフ集合写真、そして全員の集合写真を記念に撮る。そして新内ホールをもとにもどして、みんなでじいちゃんちに帰る。
17:50 岸本君といっしょに一坪君を新得駅に送る。本当に短い滞在だった。来てくれてありがたかった。帰りにビールを買い新内ホールの鍵を役場に返し、じいちゃんちに戻る。
19:00 ぼつぼつと打ち上げの準備を始める。おっちゃんを中心に、美和ちゃん、聡美さんが料理をはじめた。この日の参加者は、映画スタッフの岸本君(録音)、久保田さん(整音)、藤本さん(プロデユーサー。餃子を自宅でつくっていたので来たのはかなり遅い時間)出演者の憲一さん(牧場に勤める)、聡美(共働学舎でやさいをつくっている)、あかり(十ヶ月)美和ちゃん(共働学舎で経理担当)、圭介さん(チーズ職人)、嘉さん(料理学校で修行中)、宮下さん(野菜をつくっている)、文代さん(宮下さんの奥さん)、おっちゃん(造園業。野外で遊んだりする達人)、いんであん(PCサポート業)、はるみさん(いんであんの奥さん)、まゆこちゃん(共働学舎でやさいの手伝いをしている)、青柳さん(空想の森応援団)。料理つくってる人、飲んでいる人、しゃべっている人、みんなそれぞれである。この日のメニューは、学舎のキャベツときゅうりと人参の浅漬け、キャベツの炒めのも、豚肉とチンゲン菜とズッキーニとさやえんどうの炒めのも、学舎の新じゃが(北あかり)のチーズをかけたもの、お好み焼き(キャベツ、干しえび)、おはぎ(まゆこちゃんがつくってきた)、春巻き(文代さん)、皮から手作りの餃子(藤本さん)と、まあこの日も美味しいものがたくさん。
お好み焼きをつくっている時、「ブーン」と聞き覚えのある独特の低音の羽音がした。大きなスズメバチが部屋の中に入ってきたのだ。つい最近スズメバチの恐ろしさをみんなで話していたばっかりだ。「うわーホントだー」とみんながざわめく。私はあかりもいるし、危ないから早いとこ捕まえないとと思っていると、自分が捕まえなくてはと使命感にもえた岸本君が、ザルを片手に飛んでるスズメバチを捕まえようと、不器用にザルを振り回す。スズメバチはそれ程俊敏ではないのだが、緊張のためかザルを振り回すばかりで、ちっとも捕まえられない。それどころかハチをあおって興奮させている。久保田さんの顔にも緊張が走った。「こっち、こっち、だめだよ、どいて」などど大騒ぎ。ようやく捕獲。岸本君は何を考えたのかザルにをひっくり返し、せっかく捕まえたハチを逃がしてしまう。「ぎゃーっ」と声があがる。ハチが勢いよく逃げ回る。むこうも必死だ。しばらく岸本君とスズメバチの追いかけっこがあり、ようやく窓際で鍋敷ではたいて捕まえてつぶした。岸本君は「やりましたわ。」とお役目を果たしホッとしていた。
スズメハチ騒動もおさまり、食事の準備もできて、みんなそれぞれ食べたり飲んだりしゃべったりしていた。
今回は久保田さんも来ているし、みんなに順番に自己紹介をしてもらおうと思った。順番にみんなしゃべった。久保田さんも自分の仕事のことなどを話したりしていた。最後は私の番になった。しゃべっている途中、久保田さんを前にして急に涙が込み上げてきて言葉につまってしまった。「陽子、要は嬉しいんでしょ?」と美和ちゃん。「うん。」本当に久しぶりのうれし涙だった。
2003年の春から2年以上、私にとっては苦しい時間が続いていた。その間、私は支えにしていたものが2つある。その2つは私の机の前に貼って、いつも目にできるようにしてある。1つは、2003年の山形国際ドキュメンタリー映画祭で出会ったインドの映画監督アナンド・パトワルダン監督いっしょに映っている写真。この年彼は『戦争と平和』という映画をつくって招待作品になっていた。好きな映画だった。この映画を見た私はどうしてもこの監督と話したいと思い、通訳の山之内悦子さんに頼んで、さよならパーティーの時に通訳してもらって話したのだ。ハンサムでいつも素敵なサリーを着ていた。私は少し緊張して映画の感想を話し、そして私の映画ができたらぜひ見て下さいとお願いした。彼は「もちろん。」と言って連絡先を教えてくれた。
もう1つは、久保田さんからからの葉書3枚。私が整音をお願いした後にいただいた葉書で、その中には便りを読んで面白そうと思ったこと、何時でも協力しますよとあり、空いているスケジュールまで記してくれていた。しかしこの頃、撮影がストップしていた。私はいつ抜けるかわからない真っ暗なトンネルの中にいるような気分だった。この葉書がどれほど私を励まし支えてくれたことか。
録音の岸本君も先行きのわからないこの撮影を、よく辞めないで辛抱してくれたなあと。その間私は何度も大阪に行って岸本君と話を色々してきたが、撮影がスタートできる先行きの明るい材料は、いつもそんなになかった。岸本君も気持ちを途切れさせないようにと北海道に来て被写体の人たちと会ったりした。私はただ、この映画は面白いものになる、今の現状は乗り越えなくてはいけないもので、これを乗り越えたらいいものができる気がする、これが後で笑い話になったりしてね、なんて全く確証のないことを岸本君と自分に言い聞かせていただけだった。
今、目の前に久保田幸雄さんがいる。この何日間、久保田さんに私たちの撮影現場を見てもらえた。そんな嬉しさの中で、苦しかったことが頭に浮かんできてしまったのだ。今まで私は嬉し涙を何度も流してきているが、今回は今までのものとは意味が違う。そのことを痛切に感じた。こういう気持ちをこれからも何回も味わいたい。そういう気持ちを積み重ねていったその先は明るい気がする。私はまゆこちゃんから渡されたハンカチでゴシゴシと涙をぬぐい、結局みんなの前でロクに話せず格好悪かった。
自己紹介がひとしきり終わった後、憲一さんが「久保田さんに質問があります。どうしてこの映画の整音を引き受けたのですか?」と質問した。久保田さんは「田代さんに頼まれたからです。それから空想の森便りを読んで面白そうと思ったからです。」という感じであっさりと答えた。そしたら少し酔っぱらった宮下さんが「オレもなー、それを聞きたかったんやー。田代陽子が面白いといって自分たちを撮影してるけど、おれらは日常だからちっともおもろいと思わんし、いったいこの映画は面白くなるんですかね、久保田さん。」と続いた。久保田さんは少し考えて穏やかに話し始めた。私も久保田さんがどう答えるかを少し緊張して待った。「土本典昭、小川紳介というドキュメンタリー映画の監督がいて、その人たちもお金がない中で映画をつくってきました。そしてとてもいい映画をつくっていたんです。お金ではないんですね。お金がたくさんなくても、いい映画をつくれるんです。ただ、その監督が撮られる被写体の人たちと、どういう関係をつくるかがとても大事なことになんです。小川紳介監督なんかは山形の村に住んで、そこの人たちを撮ったのだけど、村の人たちの方から小川監督に色んなことを話してくるそんな関係があったと。そういう意味では田代さんの映画も面白いものになる可能性があると思います。」と、だいたいこのようなことを久保田さんは言った。私にとっては初めて久保田さんに私の映画について言われた言葉である。私は、ただただ、嬉しかった。晴れ晴れした気持ちになった。
23:00 宮下さん、いんであん、はるみさん、藤本さん、青柳さんらは話に花が咲いている。おっちゃんと久保田さんと岸本君と私は食器を下げて洗い物をして片付けに入る。
0:30 みんな帰る。
2:30 私は風呂に入り、就寝。
2005年8月1日。曇り。蒸し暑い。解散の日。
7:30 起床。私は腰浴。岸本君が朝食の準備。
8:00 朝食。チーズ(シントコ)、残りご飯、のり、昨日の野菜の浅漬け(きゅうり、人参、キャベツ)、豚肉のショウガ焼き(おっちゃんが昨晩つけ込んでくれた)、キャベツの千切り。食べながら私は昨日の収録で気になったことを岸本君に言った。「メンバーのノリなどを見て、もう少しパッパと収録を進めた方がよかったのではないかと。後半は明らかにメンバーの集中力が切れていたし、疲れていたし。」と。「そうだったかもしれんなあ。難しかったわ。」と岸本君は言った。
9:50 じいちゃんちの玄関前で久保田さんと記念撮影をする。私は岸本君を新得駅まで送っていく。「あー、楽しかったー。夢のような四日間やったわ。」と車に乗るなり岸本君は言った。私にとっても幸せな4日間だった。ご飯をつくっていっしょに食べたり、片付けたり、掃除したりしながらの普段の私たちの撮影の中に、久保田さんは自然に溶け込んでいたのが何だか面白かった。そんな合間に久保田さんと色んな話をしたのも楽しかった。映画の話ももちろんしたけど、それ以外の話題の方が多かったような気がする。私と久保田さんがいっしょにご飯の支度をしていた時、私が「普段も料理するのですか。」と聞いた。「しますよ。うちは女房がつくる時はボクが片付けて、ボクがつくる時は女房が片付けるんですよ。」そしてどんな料理をつくるのか聞いてみたら、それがまた面白かった。「近所のスーパーに買い物に行って、その時一番安いものを買ってきて料理をするんです。ここのスーパーは安いのが有名で遠くからわざわざここに買いに来る人もいるんですよ。」と久保田さん。
駅に向けて走っていると岸本君が「朝ご飯の時、田代さんが言ってたことだけど、実は。」と言って話出した。岸本君はバンドのメンバーが納得した音を収録したかったので練習に時間をかけて、結果的に長くなってしまったということと、この収録が新得バンドの最後の演奏になると思うと、岸本君自身が一秒でも長くあの場所にいたかったのだそうだ。そのことを聞いて、私はちょっと胸が熱くなった。
そしてセイコーマートで岸本君の荷物を3つ出してから新得駅へ。「映画祭の岸本君の撮影日記を書いてメールで早めに送ってね。体に気をつけてまたね。」と言って、いつものように握手をして別れた。大阪についたらその足で5万人も集まる花火大会の音を撮りに行くそうだ。岸本君は実に柔和ないい顔をしていた。また一つ、男前になったようだ。
ゴミ焼却場に積んできたゴミを出し、じいちゃんちへ戻る。西村さんが来ていた。少し庭で立ち話をする。そして久保田さんを紹介しようと思い家の中へ。久保田さんは汗だくになりながら、掃除機をかけていた。台所をみると朝ご飯の洗い物もすませてくれていた。お互いを紹介すると、西村さんは久しぶりの熊の見張りのバイトがこれからあるんだと言って出かけていった。残りの掃除は私が後でやるので休んで下さいといって、私はコーヒーを入れた。
11:00 庭の木の下の木陰で久保田さんと座ってコーヒーを飲みながら話していたら藤本さんがやって来た。挨拶をして久保田さんと別れた。藤本さんが久保田さんを帯広空港まで送って行った。誰も居なくなったじいちゃんちに入り、私はしばらくソファーに寝転んだ。さすがに疲れて直ぐには動けなかった。今日は午後に山之内悦子さんが私のところに遊びにやって来る。彼女はバンクーバーに住んでいる通訳者で、山形映画祭で知り合って友だちになり、今まで何回か私の家を訪れている。今回は8月5日から二風谷で開催される先住民会議で通訳の仕事があって、その前に数日間私と遊ぼうと。彼女には『空想の森』の英語字幕をお願いしている。ちょうどラッシュも見せられるし会うのが楽しみだ。
寝転がりながら、改めて今回の撮影を振り返り、充実した気持ちで満たされた。撮影初日から2日間、体調を崩しどうなることかと思ったが、なんとか体がもってよかった。じいちゃんの写真をぼんやりと眺めながら、私が初めて映画祭の事務局をやった時のことを思い出した。映画祭が終わってホッとしている私にじいちゃんが「よーちゃん、よーく仕切ったなー。」と言った。すごく嬉しかったのを今でも憶えている。きっと今、じいちゃんが「よーちゃん、よかったなあ。」と言ってくれてる気がした。
掃除の続きをエイヤと始める。食料の整理、生ゴミを捨てに外に出て、スコップでその穴を埋める。布団を押し入れに入れ、食器をふいて棚にもどす。自分の荷物や機材をまとめ、車に積み込む。そしてススメバチをとる罠をペットボトルでつくり、庭につるす。ネズミ捕りも念のためチーズをつけて仕掛ける。そうこうしていると、美和ちゃんから電話。私は山之内さんが新得駅に着くまでに掃除が終わりそうになかったので、迎えに行ってもらうよう頼んだ。そしてミンタルで待ってもらうようにした。さっき聡美さんからも電話があり、自家用野菜をあげるからとりにおいでと言われていたのでちょうどいい。
これから4日間、山之内さんとしばしの休日をゆっくり過ごせると思うとウキウキした。そして全てが終わり、私は学舎へ向けて荷物で満載の車を走らせた。強い日ざしに木々がざわめいている。夏真っ盛りだ。宮下さんがいつものように畑で仕事をしていた。これから完成に向けて、やることがたくさんあるなあと思った。でも不思議と大変な重い気分にはならなかった。一つ一つ大事にやっていこうと思った。
追伸
空想の森便り第5号をみなさんに送った時に、映画製作への再度の協力をお願いした文を同封しました。そうしたところ、結構な数の人から協力がありました。本当にありがとうございます。これで、次に予定している九月後半のロケはできそうです。ありがたく思うのと同時に、身が引き締まる思いです。みなさんに完成した映画をとどけるまで、気を引き締めていこうと思います。
<田代陽子の一人での撮影項目一覧>
2005年7月18日。雷、雨、曇り。
@共働学舎、食堂にて昼食づくり。鈴木あゆみちゃん、小林君。雨の食堂、ハウスなど。昼食後、杏奈さんがピアノをひいている。その近くであかりと美和ちゃんが遊んでいる。聡美さんととあかり。
@出荷場にてにんにくの皮むきをする聡美さん。後でまゆこちゃん、佳子さん、杏奈などなど来る。束ねる作業もする。
@白菜の種まき準備。聡美さんと村上君。
@聡美さん、ブロッコリー、カリフラワー、キャベツの収穫。
2005年7月22日
@宮下さんの仕事。故障したトラクターを引き上げる。キャベツの定植。カボチャのつるのばしと雌花切り。
2005年8月13日
@共働学舎。牛舎にて。鈴木君が牛の解説。
2005年8月25日
@共働学舎。牛の放牧。行き。なぎちゃんと本屋敷くんと千代ちゃん。
@聡美さんの昼食づくり。ラモーナと池ちゃんのおばさんといっしょに。親子丼ときゅうりのサラダ。食堂からの風景など。
@放牧地からもどる牛。牛舎でくつろく牛たち。
@食堂にて、昼食を食べる聡美さんとあかり。
@風景撮り。トマト、とうきび、マメなどの野菜。食堂、牛舎、砂利道など。
@聡美さんの仕事。花子Aの畑にて白菜の草取り。牧也君と。カボチャチェック。
@パーラーにて。搾乳。まっちゃん、千代ちゃんなど。牛舎にて糞出し、掃除、餌やり。なぎちゃん、本屋敷くん、杏奈さん、村上君。
2005年9月2日
@宮下さんの仕事。家の中にて仕事の準備。とうきびの収穫。作業小屋にて出荷の準備。とうきびなどを段ボールにつめていく。
@文代さん、自家用の畑にて、いんげんなどの収穫。
@キャベツの葉の上でオオモンシロチョウのエキスを吸う茶色いカメ虫。それをキャメラで撮影する宮下さん。オオモンシロチョウの幼虫の大群。
@風景。空、木、宮下家玄関、ほうせんかの花など。
@台所でとうきびを茹でる文代さん。
@居間にて発送の事務仕事をする宮下さんと文代さん。
@今からの風景など。台所。外に出て、玄関横から、灯油タンク、洗濯物、じゃり道、トラクター、作業小屋、カボチャ畑、キャベツ畑、サホロ岳、畑越しの宮下さんの家、ススキ、そば畑、蕎麦の実と花、とうきび、大根の葉、人参畑、雲と太陽、空と森など。
@宮下さん畑の見回り。
@居間にて、おうすをたてる文代さん。
