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撮影報告 その133 渡邊家二日目

渡邊さん一家。和也さん、春希くん、愛さん。

2012年9月9日。

昨日に引き続き渡邊家での撮影。

今日は普段の様子を少し撮らせてもらうことに。

春希くんは今日も元気。

家の中に入って、私は早速昨日撮影させていただいた折笠さんの話をした。

和也さんも会の活動のことなど話を始めた。

和也さんは本当によく話す。

話しているうちに、本当に色々な経験をしていることがわかった。

そして、とっても個性的で面白い人だった。

和也さんと私がやんやと話している横で、愛さんは春希くんを見ながら、会のチラシづくりをしっかり進めていた。

時々話に参加して一緒に笑ったりしながら。

なぜか二人の馴れ初めの話も聞いた。

とっても面白かった。

和也さんと愛さんにはいつも笑いがある。

これからいっしょに歩いていって、どんどんいい夫婦になっていくんだろうなあ。

愛さんの実家は福島市で農家をやっていて、米などをつくっている。

味噌蔵があって、もちろん全て自家製でつくっている。

幼い時から手伝いをしていたそうだ。

去年は初めて作物をつくらなかったそうだ。

「ウチの味噌、本当においしいんです。

米とか味噌は今まで買ったことがなかったんです。

でも今は実家のものを食べることができない。

それが本当に悲しい。」

と愛さんは言った。

福島市の自分たちの家は瓦屋根。

除染をしたけれど、瓦の隙間に入り込んだ放射能は取りきれなくて、

今も2階の部屋の線量が高く、とても赤ちゃんが暮らせるところではない。

1階と2階では倍近く線量が違うそうだ。

事故から1年半が過ぎてもこんな状態なのだ。

「春ちゃんが小学校に上がるまでに暮らせるようになるのだろうか。」

と愛さんはポツリと言った。

家もちゃんとあって、帰りたいのに帰ることができない。

先も見えない。

どんな思いなのだろう。

私には想像するしかできないけれど、

こんな思いを抱えている人がどれほどいるのだろうか。

それにしても今も福島市のほとんどの場所が、一時間で0.7マイクロシーベルト以上あるとのこと。

放射線管理区域より高い線量の場所で食べたり、寝たり、普通に暮らしているのだ。

福島市は除染するから大丈夫という方針なのだそうだ。

今、愛さんと和也さんは、仕事以外は福島県に県内自主避難の権利を求める会の活動にエネルギーを注いでいる。

ゼロから試行錯誤で会をつくっていっている。

情報を集めたり、自主避難している人たちを探し、仲間を増やしたり、

市、県、そして国に要望書を提出して働きかけをしたり・・・。

地道な努力を続けながら、確実に手ごたえを感じているようだった。

明日、カトリック教会で、会の資金集めの為にバザーに出品するものを作る作業をみんなでするから、よかったら来ませんか?

と愛さんが誘ってくれた。

明日も撮影させてもらうことになった。

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