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撮影報告 その135 大熊町の人たちに再び話を聞く

2012年9月11日。

今日もいい天気。

私が会津若松に来てから連日お天気で暑い。

震災からちょうど1年と半年。

会津若松の町から車で20分ほどのところにある東山温泉の「おやど東山」へ向かった。

積田さんの紹介で、去年ここで大熊町から避難してきている方々に会わせていただきお話を伺った。

 

今回も積田さんが去年話を聞かせていただいた方にまたお会いできる場をつくってくれた。

横川公治さん、大西義昭さん、長谷川勘一さんが来てくれた。

お三方とも元気そうだった。

横川さんと長谷川さんは農家だった。

大西さんは会社勤めだった。

積田さんといっしょに、お話をうかがった。

 

この宿に一時避難している人は全員仮設住宅や借り上げ住宅にそれぞれ移っていった。

みんなバラバラになっているが、時々この宿に遊びにきたりするそうだ。

おやど東山主催のパークゴルフ大会も去年から開催された。

大西さんが優勝し、そのトロフィーが飾ってあった。

 

開口一番長谷川さんが言った。

「あれからなーんも変わってない。ただ、仮設に移っただけで。」

といった。

町長は大熊に戻る方向で除染を進めていくという方針をとっている。

長谷川さんたちも今でもやはり大熊に戻りたいという。

自分たちに放射能の影響が出る頃にはもうこの世にいないだろうからと。

でも子供や孫は戻ることはできないだろう。

判断は若い人にまかせて自分たちは町の方針についていこうと思っていると。

それにしても、いまだに先がまったく見えていない状態でみんな精神的にも肉体的にも疲れ切っている。

みんな出てくるのはぐちばかりだという。

 

今までは広い敷地に家があり、近所の人たちと行き来して暮らしていた。

それが一転、狭い仮説や借り上げられた集合住宅。

知った人のいないところで、狭い敷地に狭い部屋。

とてもストレスがたまるという。

鍵なんてかけたことなかったから、いまだに鍵をかけのを忘れたりするそうだ。

 

横川さんは借り上げの集合住宅の4階に住んでいる。

エレベーターはない。

奥さんは膝が悪いので、ほとんど部屋から出ないそうだ。

 

1年半たって、地元の人と仲良くなることもあれば、

逆に「お金もらえていいね。」と言われ、つらい思いもするようになった。

 

大熊町で、作物にどのくらいの線量がでるかを調べるために、

放射線量の高いところで畑をつくっている。

その世話と管理を定期的に横川さんと長谷川さんが町の要請を受けてやっているそうだ。

会津若松から片道2時間、往復4時間かけてやりにいっている。

 

除染した畑と全く除染していない畑で同じ作物をつくっている。

白い防護服を着て線量計をつけて作業をするそうだ。

ものすごい暑さと汗。

2時間が限界だそうだ。

 

同じ福島県から自主的に避難してきた人、大熊町から町ごと強制的に避難してきた人、そして地元の人。

それぞれの立場、状況によって違うもののとらえ方が少しだけ垣間見えてきた。

 

自分が暮らしていた土地を、故郷を離れざるを得ない状況。

どう受け止めて、どう生きていくか。

当たり前だけど一人一人違う。

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