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ものがたり


 1996年、北海道のほぼ真ん中に位置する新得町(しんとくちょう)で、小さな映画祭がありました。(SHINTOKU空想の森映画祭)映画祭に参加した田代陽子が、そこで初めてドキュメンタリー映画と出会いました。それからこの町で農業をして暮らしている人たちと出会っていきました。

 新得共働学舎(社会に馴染めない人、障がいを持つ人、色んな人たちと共に生きていこうとする農場)で子育てをしながら野菜をつくっている山田聡美さん。彼女は共働学舎に来て13年目。結婚して娘も生まれ、これからの暮らし方を改めて考えていました。自分にとって共働学舎とは、野菜をつくることとは…。家族で独立しようか、思い悩む若い夫婦。
1970年代後半に、食べ物をつくって暮らしていこうと、京都から新得町に入植した宮下喜夫さん。3人の子供はそれぞれ独立し、妻の文代さんと2人で、極力機械を使わず、自分の体を使って日々畑で働いています。自分たちの暮らすスタイルを確立した夫婦。この2家族を軸に、食卓の風景、土の上で働く姿など、何気ない日常の中に、色々な感情がわきおこり、明日への希望が垣間見えてきます。


【 登 場 人 物 】

山田聡美さん
大阪出身。二十代半ば、自分探しの旅をしていた時、新得共働学舎と出会い、その一員になりました。ここで自分のやりたいことに出会いました。それが野菜づくりでした。2002年に山田憲一さんとに結婚して、2年後、女の子を産みました、そして子育てをしながら、共働学舎の人たちといっしょに野菜づくりに取り組んでいます。


山田憲一さん
神奈川県出身。北海道の学校で農業を学び、新得町の牧場で働いています。音楽が好きで、仲間と新得バンドというバンドを結成し、音楽を楽しんでいます。  


新得共働学舎
全国に6カ所ある共働学舎の中の一つ。 1978年に宮嶋望さんが、心や体に障がいを持つ人たち、社会に馴染めない人たちと共に生きていける場所をつくろうと立ち上げた農場です。一頭の牛からミルクをしぼることからはじめて、今では本場ヨーロッパも認めるほどのナチュラルチーズをつくっています。現在50人ほどの人たちが、農場の内外で、それぞれができる仕事をして、共に暮らしています。


宮下喜夫さん
京都出身。1978年に京都から新得町の新内(にいない)に入植しました。離農した農家の家に今もそのまま住んでいます。共働学舎と同じ年に入植した縁もあり、お互い助け合いながら暮らしてきました。妻の文代さんと二人で、農業を営んでいます。


宮下文代さん
神戸出身。夫の喜夫さんと農業を営みながら、3人の子供を育てました。


映画の舞台 −北海道上川郡新得町(しんとくちょう)−
札幌から釧路方面にむかう汽車に乗ると、2時間半ほどのところです。北海道のほぼ真ん中に位置します。 「しんとく」はアイヌ語の「シットク・ナイ」が語源で、山の肩または端という意味です。 十勝平野の北西の端に位置し、北に大雪山系、西に日高山系の山々が連なっています。人口およそ7千人。町の面積は東京都の半分ほどで、その9割は森林地帯です。酪農、林業の町です。

Shintoku空想の森映画祭
 この町のはずれ、サホロ岳の麓に新内(にいない)という地区があります。林業が栄えていた頃は、人も沢山住んでいましたが、今は3世帯となりました。みんな本州から移住してきた人たちです。サホロ川のほとりに、小さな小学校があります。校庭には樹齢百年以上の柏の木がどっしりと立っています。1974年に廃校になった新内小学校です。町が音楽ホールとして改装し、新内ホールという名前になり、時々クラッシックコンサートなどが開催されています。 
今から15年程前、北海道新得町を拠点に映画をつくっていこうとドキュメンタリー映画監督の藤本幸久さんが、新内に移住してきました。そして1996年春、この地区で農業を営む宮下喜夫さんや芳賀耕一さんたちといっしょに、この新内ホールで、新得空想の森映画祭という映画祭を開催しました。それから毎年、ここで映画祭を開催していています。年によって規模や内容は違いますが、映画の上映はもちろん、チーズづくり、ダンス、アニメーションのワークショップ、音楽ライブ、地元の食材を活かした料理など、お客さん、スタッフにとっても、一年に一度の楽しみになっています。

■「空想の森」のできるまで
・2002年、スタッフを組み、16ミリフィルムで撮影を開始する。空想の森応援団を結成し、一口1万円の協力金を募り、資金を集める。新内小学校近くの空家になっていた小川豊之進さんの家を借り、合宿しながら撮影を進めた。
・監督の田代は、撮影の度に撮影日記(空想の森便り)を書いて、応援団の人たちに報告をする。(全9号)2003年になり、撮影を重ねたが、なかなか思うような撮影ができず、資金もいきづまり、先が見えないまま、何も進めない日が続く。応援団の人たちの協力で、今まで撮ったフィルムを使って何回かラッシュ上映会を開くが、資金が集まらず、カメラマンもやめて、撮影ができない状態が2年ほど続いた。
・2005年、1月。16ミリフィルムでの撮影を断念し、ビデオに切り替えて監督の田代が自分で撮影する決心をする。新たにスタッフを組み直して、撮影を再開する。応援団も新たに募集をはじめた。それから週に1,2回のペースで田代が撮影をしはじめ、2ヵ月に1回はスタッフで合宿をしながら撮影を重ねた。
・2006年2月、撮りたいものは全て撮ったので、クランクアップ。(約100時間撮影した。)その後、田代は体調を崩し、半年ほど休んでから編集にとりかかる。そしてようやく、2008年3月、完成をむかえる。

■ドキュメンタリー映画 『空想の森』

2008年/日本/カラー/ビデオ/129分
監督/田代陽子 撮影/田代陽子・一坪悠介
録音/岸本祐典 編集/田代陽子・岸本祐典
音楽/新得バンド 整音/久保田幸雄
ナレーション/田代陽子
プロデューサー/藤本幸久
製作・配給/森の映画社
芸術文化振興基金助成作品
*英語字幕版もあります

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