撮影報告 その49 苫小牧 Bar old 上映会
今回上映会を主催してくれるクロゴメ君とは、5月、大マグロックフェスティバル(青森県・大間町のあさこはうすにて)の撮影に向かうフェリーの中で出会った。大マグロックでは彼のバンド・「かたつむりスピード」の歌も聞いた。そして大間から函館に帰ってきたその日、私がインタビューに行っていた山北君の家でもまた偶然再会するというとても縁のある青年なのだ。
そして私はオールドの二階の部屋で寝袋をしいて寝た。
左から:なぎちゃん、遠藤さん
2011年7月9日。
新得共働学舎の研修棟にて上映会。久しぶりに学舎へ行った。
新しいメンバーも増え現在70人ほどになったそうだ。「空想の森」を見ていない人もいるので上映会を。ということで遠藤さんが中心になり準備をすすめた。
研修棟には立派なスクリーンが備え付けられていて、上映環境としてはばっちりだった。
20:00過ぎ、バラバラと20人弱ほどの人が集まってきた。なぎちゃん、キンくん、市川さん、望さんと京子さんも観にきてくれた。飲みながら、食べながら、寝転がりながらみんな自由に映画を観ていた。
学舎の人たちと観る「空想の森」は格別に面白かった。いたるところで笑いがおこった。すぐに感情を言葉に出しながら見るのもいいのもだ。撮影から6年もたっているんだなあとしみじみ思った。映画に登場している人たちも、学舎も、私にも6年の年月が過ぎている。
映画を観ながらなぎちゃんが「いい映画だなあー」と何度も言っていたのが嬉しかった。
時間が遅くなったが、最後に、大間原発について全国の皆さんへの山田農場からのメッセージもみんなに見せた。
撮影報告その17の続きです。
2011年6月28日。能登川コミュニティーセンターにて上映会。
奥田さんと能登川に向かう。今日も暑い日だ。上映会場に着くとすでに準備が始まっていた。元気のいい女性たちに男性が二人ほどまじっていた。
私は係りの人と、画と音の調整にかかったた。画の方はすぐに調整できたが音が具合悪かった。これ以上どうにも調整できないと言う。係りの人が「もう一台スピーカーとアンプがあるわ。」と言った。開演まであと10分だったが、それに代えてやってみることにした。意外と早くセッティングできた。音は断然良かった。ああーよかったと胸をなでおろす。
現場で実際やってみないとわからないことが色々ある。事前に最大限やっているのだが、できない時もある。いつも画と音の調整はドキドキする。
主催の北川陽子さんの挨拶で上映会が始まった。
平日の夕方という時間にもかかわらず、50人弱の方々が見に来てくれた。滋賀大学の中塚さんの顔も見えた。
私も後ろから一緒に映画を見た。静かに集中して観ているようだった。途中、冷房がきついなと思ったら、北川さんが冷房を切りに席を立っていた。
上映後、北川さんの司会で私が少し話をした。それから北川さんは前の人から一人づつ感想や質問をどうぞとマイクを回した。お客さん全員にマイクをまわすというのは初めてのことで、私はどうなることかと思った。が、意外や意外みんな順番に感想や質問を述べてくれた。私も嬉しくなって途中で話をはさんだり。時間の関係で全員にはマイクは回らなかったが、こういうのもいいものだなあと思った。後で書いてもらった感想の中でも、他の人の感想が聞けてよかったというものがあった。確かに私は後でみんなの感想を読めるが、その場にいた人たちは他の人の感想はわからないからなあ。
第2部の交流会の会場・子民家「etokoro」の入口。
会場を片づけて交流会へ。近いのでみんなで歩いて移動。夕暮れ時、昔のたたずまいの残るいい雰囲気の街並みだ。これを残していきたいという北川さんたちの気持ちがよくわかる。
中に入ると、台所では食事の支度におおわらわ。参加者の人たちもたくさん集まってきた。煙突屋さんの堤忍さんの進行で晴れやかファームの毛利さんと私のトーク。私は新しく始めた撮影のことや大間原発のことを話す。そして署名も協力してもらった。
晴れやかファームの毛利有宏さん。
今晩の料理は晴れやかファームの野菜を使った料理、地元のワインや酒、共働学舎のチーズなど。
様々な人たちが集まった。
左から北川陽子さん、中藤容子さん。ヨウコという名前の人は元気のいい人が多い。
中藤さんは琵琶湖博物館の学芸員をやっている。滋賀会館シネマホールで「空想の森」を上映した時にも3歳の娘さんと見に来てくれたが、娘が途中でむずがり、半分くらいしか見られなかったそうだ。今回最後まで見られてとてもよかったと私に話してくれた。
素晴らしい晩だった。様々な人たちが集い、地元のうまい野菜と酒を食しながら語り合う。こんな豊かで贅沢なことはない。これで放射能がなかったらなあとしみじみ思った。
滋賀会館の上映会の時に出会った郵便局員のユッキーに再会。大津友の会の上映会の時に取材してくれた辻村ことみさんの旦那さんの辻村耕司さん、ファブリカ村の改装を手がけた安土建築工房の西澤社長にもお会いできた。
北川さんは地元・能登川で、ここから近江の文化を発信していこうと奮闘している。そしてどんどん能登川に人が引き寄せられている。そして人と人をつなげていっている。滋賀県はすごい。
興奮さめやらないまま奥田さんと彦根へと帰った。
立っているのが北川さんのお母さん。
2011年6月29日。
滋賀大学経済学部へ。先日編集させてもらった映像の修正をする。
お昼は中野さんと一緒に学食に食べに行く。久しぶりに人でごった返した学食の雰囲気を味わう。食後、大学内のカフェへ。本格的なコーヒーが飲めるオシャレなカフェだった。私はバニラアイスにエスプレッソをかけたデザートを食べる。
会場にて。上映準備。
2011年6月11日。
前日に滋賀県彦根に到着。
奥田さんと昨年の沖縄トロピカルツアー以来の再会だった。昨年のちょうど今頃、奥田さんが上映会を二日にわたって開いてくれたことが、遠い昔のような気がした。
新居がほぼ完成したばかりだった。木の匂いがする家はとても心地よい。私もこれから1か月、ここを拠点とさせてもらい、撮影・上映会に向かう。
自分の家の一部を開放して子育て中のお母さんに実家のように使ってもらいたいという、奥田さんの夢がいよいよスタートする。今回はその記念に「空想の森」の上映会を開催してくれた。彼女は今までやってきたことを活かし、そして人のつながりを大事に着実に自分の夢に向かっている。

今回の上映会も県立大学の看護科の学生さんたち、友人などがたくさん手伝いに来てくれた。若い人たちがいると活気がでてくる。
上映前にあいさつする奥田さん。
ここに 集まった人全員で大震災で亡くなった方々に黙とうをしてから奥田さんが挨拶をはじめた。
6月11日は全国各地で原発反対・脱原発のデモが行われていた。滋賀県でも大津、高島などでデモがあった。
雨が心配された日だったが、曇りで徐々に天気が良くなってきた。
30人ほどの人が見に来てくれた。大津上映会をやってくれた友の会の中居さん、杉本さん、京都からは上原七子さんも来てくれた。七子さんは「空想の森」は3回目になる。久しぶりにまた会えて嬉しかった。
先日青森県大間の大マグロックでお世話になったアコちゃんのお父さんも見に来てくれた。
上映後、私は新しい映画を撮影し始めたことと、そして、これからも撮り続ける青森県の大間原発の問題を話した。そして大間原発建設反対の署名をお願いした。ほとんどの人が署名をしてくれてとても嬉しかった。
そして、和茶庵さんたちがつくってくれた共働学舎のチーズをつかった軽食と和紅茶・冷茶をみんなでいただいた。やはり話題は原発になった。それぞれのテーブルで話がはずんでいてとてもいい時間を過ごした。
和茶庵さんたちも、今回の震災の後、どうしたら人がつながってゆけるか考え、「ワンデイシェフ」という試みをもうすぐ始める。みんなそれぞれの持ち場で出来ることをやっている。これが大事なことだとつくづく思う。
みんなでおいしくいただき、無事上映会が終わった。
奥田さんの家に七子さんも泊まり、3人でお酒を飲みながら楽しい一晩を過ごした。
2011年6月12日。
午前中、七子さんのインタビュー撮影。昨晩からたくさん話していたが、改めて撮影させてもらう。
午後から、三人ではなしょうぶ通り商店街で勝負市に行く。雨が降らないでよかった。たくさんの店が並び、多くの人でにぎわっていた。ぶらぶらと歩きながら、しょうゆさしを買ったり、ハンコを買ったり。七子さんと私はさっそくドイツビールを飲んでほろ酔い気分になる。
商店街の真ん中くらいに、村川商店がある。アコちゃんの実家だ。彼からもうすぐ煙草屋をやめて自然食品の店になると聞いていたが、本当にそうなっていた。
アコちゃんのお父さんに誘われ、お昼ご飯をごちそうになる。カレーライス、おから、ホウレンソウのおひたし、糠漬け、サラダなど、お母さん手作りのごはんがおいしくおなか一杯食べさせてもらった。
アコちゃんのお父さん。村川商店の前にて。
お父さんも今回で空想の森を見るのが3回目だそうで、見るたびに違ってみえると言っていた。
2011年2月。営業とお礼参りを兼ね、伊勢~十津川村~高野山~彦根へとまわった。
伊勢・進富座。支配人は水野昌光さん。あたたかい感じの方だった。三重県の面白い場所や、この辺りのおいしいお店も教えてくれた。水野さんの先々代が興した新富座。この場所は、江戸時代から芝居小屋があったという。
新富座は3つスクリーンがある。一番大きなスクリーンで「わたしの可愛い人シェリ」を観た。昔は芝居小屋だったというだけあって、舞台があり、天井も高く、音もよくてとても贅沢な気分で映画をみた。
せっかく伊勢に来たのだから、伊勢神宮にも行ってみた。外宮の入り口付近に市がたっていた。牛乳屋さんがあったので飲んでみた。山村乳業の山村さんが売り子で売っていた。その場で牛乳を飲みながら話をしていたら、帯広に縁のある方だったのにはびっくり。伊勢も昔は沢山の映画館があったそうだが今は新富座が唯一の映画館とのこと。
伊勢神宮は外宮と内宮があって、外宮からまわるものと観光マップに書いてあったので外宮から行ってみた。神殿に行き着くまでは森林浴のようだった。天気もよかったので清々しい気分になる。外宮もたくさんの人だったが、内宮はその倍以上の人だったのにはびっくりした。

この酒屋さんの中に立ち飲みがあり、お猪口で一杯飲んだ。おかげ横丁はすごい人でにぎわっていた。「あかふく」には行列ができていた。せんべやだんごや焼きかきや揚げ物を歩きながら食べている人が大勢いた。
熊野へ向かう。映画が出来る前に、熊野大社、玉置神社、高野山にお参りに行った。映画が無事完成し、お礼参りに行かなくてはとずっと気になっていた。今回一気にお礼参りをすることにした。
熊野大社は小雨。寒かった。人はほとんどいなかった。私はゆっくりお礼を言えてよかった。
山と山の間に川が流れ、その斜面にへばりつくように集落が点在している十津川村。私が十津川に入る前日に雪が降った。観光案内所の方が色々調べてくれ、玉置神社の宮司さんにも電話してくれた結果、今日は来ない方がいいということになった。玉置神社は標高1000メートル以上の山の上にあり、今の時期はバスも通っていなく、道も細くてくねくねした山道。傾斜のきついところや、陰になって雪が溶けないところもあるから危ないとのこと。村で一軒あったレンタカーをやっている車屋さんに軽自動車を借りた。一応冬タイヤを履いているが、四輪駆動ではない。この日はあきらめて、明日に行くことに。幸いこの日は天気がよかったので雪もだいぶ溶けるはず。

なのでこの日は、十津川村役場に営業に出かけた。突然の訪問にも関わらず、十津川村教育委員会の教育次長の更谷さんが対応してくれた。北海道の新十津川町は、この奈良県の十津川村の人たちが開拓に入ったところで、現在も交流があるそうだ。映画の概略、今までの上映の話をしながら、映画の上映の検討をお願いした。
翌日も快晴。玉置神社へ向かう。思った以上に山道の傾斜はきつく、雪もけっこう残っていた。途中すべって止まってしまいそうになりながらもようやく駐車場にたどりついた。ここから雪道を15分ほど歩く。
左へ行けば近道だが、私は鳥居をくぐり、右の道を行った。
やっとたどり着いた。この日は私一人しかお参りしてないと思う。ゆっくりとお礼を言った。
社務所。ここで宮司さんたちは暮らしている。
玉置神社からの帰り道。遠くに十津川の集落が見える。
ついでに果無集落へ行ってみた。ここは、前に八尾木から十津川村までの小辺地を歩いた時にヘトヘトになってたどり着いたところ。ここから十津川村までの長い下りの山道では膝が笑ってしまって大変だった。

標高差が1000メートル以上もある起伏のある熊野古道のコースだった。その時の私にはここが桃源郷のように映った。
そして高野山へ行き、無事お礼参りを終えた。
彦根へ向かった。奥田さんが6月に上映会を計画してくれている。その会場の下見へ。そして、3箇所ほどの近隣の町や市の教育委員会などに連れて行ってもらい営業。
奥田さんが前から行きたいと思っていた東近江市の「ファブリカ村」をいっしょに訪ねた。私は近江は麻が有名ということを初めて知った。ここは北川織物工場だったところ。麻織物の寝装具、服地、和装小物などをつくってきた。ここのだんなさんが亡くなり、10年間工場はそのまま残されていたが、2年前に奥さんと娘さん二人が工場の中をリフォームしてartの展示・カフェ・ワークショップの場としてよみがえらせた。織物工場だったことを随所に感じられ、そしてセンスがよく気持ちのいい空間だった。

工場時代は機械がびっしり並んでいたそうだ。床がコンクリート。でも機械と機械の間の女工さんが立って作業をする床は木材だった。それを今も残していた。工場は東西に長く建っていて、のこぎり屋根。その北側に明かり取りの窓がついている。この窓からの差し込む太陽の光がいい。

ただ遊びに行っただけだったが、話の中から映画の話になり、長女の北川陽子さんが興味をもってくれたので色々話をした。彼女は染色家でもあるが、今はこのファブリカ村をやることに夢中になっているそうだ。ものづくりを大事にして、近江の文化や食をここから発進していきたいと。その拠点をつくっていこうと奮闘していることがわかった。キラキラとしていた。そしてここで上映会ができたらさぞかしいいだろうなあと私は思った。
亡くなっただんなさんが、これだけはとっておいてくれと言っていた織物の機械が置かれていた。今でもメインテナンスをしていて時々動かしているという。
ペチカ。このレンガを背に座っているとじんわりとした暖かさが実に気持ちが良かった。
彦根ではあっと言う間に時が過ぎ、営業とお礼参りの旅はおわった。