金森ホールにて上映決定(北海道函館市)
時:2010年5月23日(日)
時間:16:00~(予定)
マザーアースというイベントの中で上映します。
監督の田代も参加します。
詳細が決まり次第お知らせします。
時:2010年5月23日(日)
時間:16:00~(予定)
マザーアースというイベントの中で上映します。
監督の田代も参加します。
詳細が決まり次第お知らせします。
7:00。起床。天気は上々。気持ちのいい陽が降り注いでいる。よっしゃっー!と身支度を整え下に降り、朝食をいただく。アキちゃんと久美子さんは6:00から準備をしていた。荷物満載の北村酒店のバンに乗り込み、アキちゃん夫婦、娘の結ちゃんと会場へ向かった。
8:30。会場は本山生協4階のホール。店の前にすでに10人以上のスタッフが集まっていた。空色勾玉の谷陽子さん、事務局長の鶴橋美保さん、加藤貞子さん、べこちゃん、赤石君、高橋さん、長沼さんなどの他、初めて会う人も何人もいた。若者が多くてなんか嬉しい。9:00にならないと会場に入れないので、とりあえず車から荷物をおろし、生協の前で簡単なミーティング。そうこうしているうちに時間になり、4階の会場までみんなで荷物を運びあげる。
体育館のような会場だった。天井が高く床も板張りだ。これなら音はこもらない。音響的にはとてもいい会場でほっとした。会場左手が食のブース、手前右がキッズコーナー。正面が受付と物販。アキちゃんと美保さんが指揮をとり、それぞれが持ち場に分かれ準備を進めていった。出店の人たちも続々と準備にやって来た。ふと見回すと30人以上のスタッフがわらわらと動きまわっていた。椅子を200席ほど並べた。
スピーカーやアンプなどの音響はアキちゃんの友人たちが自前の道具を持ってきてセッティングしている。そろそろプロジェクターと業者から借りたDVカムデッキをセッティングしようかという時、問題が起こった。今回生協のプロジェクターを借りることになっていた。しかし何かの手違いで他のイベントに貸し出しをしてしまっているとのこと。プロジェクターがない?ガ-ン。
幸いアキちゃんの友人がプロジェクターを持ってきてくれていた。少し古いが急遽それを使うことにした。そしてアキちゃんはもう少し新しいプロジェクターを手配したが一回目の上映には間に合わない。二回目の上映にそれを使うことにした。
今回はみんなプロジェクターに不慣れだったため、映像の調整に難航した。画面の左上に黄色いシミがあり、あまりきれいに映写できない。これは非常に残念だったがプロジェクターのせいなので仕方がなかった。しかし音がとてもいいので助かった。お客さんがどんどんやってきて、外は人であふれかえっているようだ。焦らないよう自分に言い聞かせながら一番いい状態で上映できるよう調整をした。
実行委員長の北村彰彦さん(アキちゃん)。いつものように前掛けをしめている
予定時間をだいぶ過ぎてようやく開場。飲み物や食べ物を持ってどっと人が入ってきた。小さい子供を連れた人たちもたくさん来てくれた。会場は100人くらいの人でうまった。実行委員会代表のアキちゃんの挨拶で上映会がはじまった。

出店が並んでにぎわった
会場の外には、井筒ワイン、ビール、共働学舎のチーズ盛り合わせ、手作りクッキー、かす汁、プリン、カレー、パン、コーヒーなどの店が並んだ。私もワインを飲みながら一番後ろから映画を観た。食べながら飲みながら、子供たちは出入りしながら、みんな思い思いに映画を観ていた。

キッズコーナー
キッズコーナーではパソコンの画面に映画をながしながら、長沼さんと奥田さん、そして谷さんの息子さんが子供たちの遊び相手をしていた。いい感じだった。一回目の上映が無事終わり、少し話をしたり質問を受けたりした。終わってからも会場の外でお客さんと話をした。
そしてすぐに2回目の上映の準備にかかった。プロジェクターを変えるのでまた始めから映像の調整をしたので時間がかかった。前のよりきれいな画面だが、かなり暗かったのが残念だった。少し時間が押して開場。今回、上映中の出入り口は、スクリーンに光が当たらない一箇所にした。アキちゃんの母さん、姉さんと子供たちも観に来てくれたのでご挨拶をした。
120人以上のお客さんが入り、上映が始まった。大盛況だった。人が多くて会場内の気温か上がってきた。窓を開けたり空調を入れたり、アキちゃんたちが動いていた。小さな子供をつれたお母さんお父さんも、同じような人たちがたくさんいるので、安心して映画を楽しんでいるようだった。アキちゃんも嬉しそうだった。かす汁、クッキー、カレーなど、食べ物もどれもおいしかった。共働学舎のチーズは完売した。

空色勾玉の谷さん(左)は今日はかす汁屋だ
お祭りのような上映会もいいものだなあと思った。そして大勢の人たちの頭越しに映画を観ながら、「空想の森」はいいなあとしみじみ思った。アキちゃんをはじめとする実行委員のみんながつくりだしたこの上映会。想像していた以上の素晴らしい会になったのではないだろうか。
2回目の上映も無事終わった。司会のアキちゃんが娘をだっこしながら、今回の経緯などを話した。上映会をやることは初めてで何も知らず、思いつきでやろうと決めたものの、実現までの道のりは結構大変だった。でもやってよかったというようなことを話していた。私はそんな北村彰彦さんと出会えて本当にうれしく、映画をつくってよかったと心から思う。トークも無事終わった。

アキちゃんの友人たち。音響担当。
今回の上映会に協賛してくれた名古屋近郊で養豚業を営む「いさむ・ポーク」の社長の磯貝さんが観にいらしてくれた。とてもおいしい豚肉だそうで、北村酒店でもその商品を扱っている縁で、今回協力いただいたとのこと。共働学舎代表の宮嶋さんともお知り合いだそうで、上映後しばらくお話をした。
全員総出で撤収。大勢のスタッフのおかげで17:00前にきっちり終わった。
そして、打ち上げ会場の空色勾玉にみんなで移動。勾玉にはあったかい灯りがともっていた。谷さんは1回目の上映後、先に店に帰って打ち上げの料理を準備していてくれた。アキちゃんたちは荷物の積み下ろしなどで少し遅れてくる。
テーブルには野菜を中心とした料理が並んでいた。飲み物はいづつワイン、沖縄のよなよなビールなど美味しいお酒ばかり。20人以上が集まった。アキちゃんを待ちつつ、軽くつまみながらみんなで乾杯した。しばらくしてアキちゃん一家が到着。また祝杯をあげた。乾杯は何度してもいいものだ。
鶏の手羽、いさむポークのオーブン焼きも出てきた。いさむポークの社長が打ち上げでみんなで食べて下さいと豚肉をくれたのだ。みんなで味わった。余呉の前田壮一郎さんからいただいた日本酒「天地の唄」(彼がつくった米だけを使った酒)も開けた。
飲みながら食べながら、私は色んな人と話した。そして、初めての人もいるので、一人一人自己紹介と上映会をやってみての感想を言ってもらうことにした。
たくさんの人がこの上映会にそれぞれの形で関わってきた。そして言い出しっぺのアキちゃん、よくやったなあと思う。そして、きっととても大変だったけれど、すごく面白かったろうなあと思う。
奥田さんが「次は滋賀県彦根で私がやります。」とみんなに宣言してバトンタッチをした。
みんなとびきりの笑顔だった。アキちゃんもみんなの顔を見て「やってよかったー!」と言った。
もう終わっちゃうのか、何だかあっという間だったなあと思う一方、アキちゃんが上映会をやったことで、人がつながっていった。また何か、ここで楽しみをつくっていける。これはただの終わりではない、始まりでもある。そう感じた。こんな素晴らしい上映会になるなんて誰が想像していただろう。いや、みんな想像していたに違いない。だからそのようになったのだ。
2009年11月9日。
9:00。起床。今日もいい天気だ。下に降りて朝食をいただく。
昨晩は打ち上げから帰ってきた後もアキちゃんと久美子さんと2:00までお茶を飲みながら話し込んだ。今日は月曜日。いつもの様に8:00に開店し、北村家の人々は朝早くか働いている。
私は午前中、彦根に帰る前に奥田さんと会い、その後、この近所に住んでいる加藤貞子さんと会い、いっしょに名古屋シネマテークに営業に行く。そして今晩はベコちゃんの家に泊めてもらう。
私は奥田さんを待つ間、店を眺めたり、屋上から通りを眺めたりしてブラブラとしていた。月曜日だからか、荷物や業者の人たちが入れかわりたちかわりやってくる。いつものお客さんもやってきて、買い物がてらなんやかんや言葉をかわしていく。日々の北村酒店もなかなかいいものだ。
10:30過ぎ、奥田さんがやってきて北村一家と別れた。近所の喫茶店で、彦根上映会について色々話をした。奥田さんは名古屋上映会に参加してとてもよかったと言う。自分のやりたい上映会が明確になったそうだ。そして意気揚々と彦根に帰っていった。
12:00。同じ喫茶店で加藤貞子さんと落ち合う。彼女は2008年のあいち国際女性映画祭で「空想の森」を観てくれた方で、それ以来名古屋上映の時はいつも色々と協力をいただいている。今回の上映会に参加して色んな人と知り合えて本当によかったと彼女は言った。貞子さんは映画が好きな人で、よく映画館に足を運んでいる。
彼女に名古屋シネマテークまで連れて行ってもらった。飛び込みだったが、支配人の平野勇治さんがいらしてお話することができた。今回の上映会ではシネマテークでもチケットの取り扱い、宣伝など協力していただいた。そのお礼と上映会の様子を報告した。そしてぜひ、シネマテークで上映してもらいたいとお願いした。また名古屋の人たちに映画館でも観てもらいたいので、実現させたい。
映画館を後にして、貞子さんとランチを食べに行った。私のリクエストで和食。そして、ベコちゃんと待ち合わせている夕方まで、貞子さんの自宅にお邪魔させてもらうことにした。前から貞子さんに「うちの夜景を観に来てください。」とお誘いを受けていた。彼女の自宅は北村酒店から程近いマンションの13階の部屋で名古屋を見渡せるのだ。名古屋城、名古屋ドームなどなど、とても眺めがよかった。中国茶をご馳走になりながらおしゃべりをしているうちに暗くなってきた。夜景も抜群にきれいだった。あっという間に時間になり、貞子さんが大曾根駅まで送ってくれた。
そして待ち合わせの時間に少し遅れて神宮前駅に着いた。ベコちゃんに心配かけたが無事落ち合えた。そしてベコちゃんの家に帰ると、赤石君がいつものようにエプロン姿で迎えてくれた。私とベコちゃんはいつものようにテーブルにつき、赤石くんが次々と料理を出してくれる。今回は特にクリームシチューがとても美味しかった。ベコちゃんの家に泊まる時はたいがいもう仕事は終わりで帰るだけということが多く、私は気が抜けてリラックスしている時が多い。そういう時に赤石君の料理が食べられるのが何とも嬉しい。とてもシアワセな気分だ。
名古屋上映会が終わり、これから先、日にちが決まった上映会は今のところない。営業をがんばらなくては。でも、まあいいか。今までの上映の旅を自分の中で消化する時間も私には必要かもしれない。
2009年10月21日。快晴。
昨日10月20日に大津入り。上映会の主催者、原田将さんの家にお世話になる。奥さんの麻利さんとも再会を喜んだ。娘の珠宇ちゃんは前日から熱を出し体調を崩していた。
原田君は、映画が完成して間もない頃、大津で自主上映会をやりたいと連絡をくれた。余呉映画祭、京都シネマにも観に来てくれ、仲間と一緒にじっくりと上映会を準備してきた。
9:00。起床。昨日から体調を崩している珠宇ちゃんが昨夜も熱を出した。後で病院へ行くことになった。
朝食は原田君が焼いてくれた全粒粉のパン、目玉焼き、りんご、コーヒー。原田君は以前、ブルーベリーフィールズ紀伊國屋でパンを焼いていたのだ。
珠宇ちゃんが病院から帰ってきた。熱があるのでしんどそうだ。インフルエンザではなかったので、ひとまずよかった。
原田君の携帯に、今晩の上映会の予約が何本かかかってきた。期待がふくらんできた。
今回の上映会は、成安造形大学のキャンパス内にあるブルーベリーフィールズ紀伊國屋の姉妹店のカフェってリア結が会場だ。上映会の前に代表の岩田康子さんと私のトーク、結で共働学舎のチーズを使った特別メニューも用意していて、食べながら映画を楽しんでもらおうという趣向だ。
ランチは私のリクエストで原田君と二人で山のレストラン、ブルーベリーフィールズ紀伊国屋に行った。穏やかで暖かな秋のお昼、山のレストランでランチのコース料理を食べた。どの皿も美しくおいしく、量がほどよかった。

大きな窓に目をやると、ブルーベリーの葉はまだ緑色で茂っており、琵琶湖は蒼くキラキラと光っていた。美味しい料理を食べながら、人の縁の不思議さとありがたさをかみしめた。
原田君はスタッフの人たちに、しっかりと今晩の上映会の宣伝をしていった。
14:45。原田家に戻り、スピーカー、アンプ、プロジェクターなど機材や物販などを車に積み込む。珠宇ちゃんが本調子でないので、とても残念だが麻利さんは上映会に行けない。でもまた見てもらう機会はあると思った。
私と原田君は会場に向かった。成安造形大学は琵琶湖のほとりにある。結はそのキャンパス内にあるカフェテリアで、学生はもちろん、一般の人も気軽に食べに来られる。学生たちがセルフビルドで建てた建物だそうで、木と大きなガラスを使っていて開放的な空間だ。厨房の仕切りの壁はストローベイル(藁と土)だ。
15:00。プロジェクター、スクリーン、スピーカーを貸してくれた白崎さん、DVカムデッキを貸してくれた勝又さんもやってきて、ぼちぼち準備を始める。セッティングが終わり、画と音の調整。上映の度にいつも思う。当然のことながら毎回機材、場所が違うので、限られた時間の中で元の画質、音質に近づける作業が本当に難しい。そういう意味でも早く自分の機材が欲しい。今回は若干画面が暗めで、ぼそぼそした会話が聞き取りにくいところもあったが、精一杯調整したのでよしとした。

白崎さん
岩田康子さんもやってきた。3月にお会いして以来の再会だ。その時にいただいた岩田さんの著書(「ブルーベリーの実る丘から」)を読み、原田君にいただいたブルーベリージャムを食べて、私は今回の大津上映会を楽しみにしていた。岩田さんは昨日もテレビの取材などが入り相変わらず多忙な日々を送っている。今回再会して、岩田さんは上品な物腰の中に強い意志を感じられる人だと改めで思った。トークの打ち合わせをさっとして、彼女は厨房に入っていき、スタッフといっしょに食事の準備にかかった。
17:00を過ぎると、ちらほらお客さんがやってきた。空想の森プレート、空想の森チーズセット、上映会のためにつくられたメニューを楽しむ人が増えてきて会場内が賑やかになってきた。

余呉の前田壮一郎さんも来てくれたのは嬉しかった。彼が3月に呼んでくれたから、大津での上映会につながっていった。7月の京都シネマに観に来て、亀岡で自主上映会をやりたいと申し出てくれた尾崎修子さんも来てくれた。亀岡での上映実現につながればいいなあと思った。
「空想の森」の上映会を主催した人たちとは、その後もつながっている人が多い。近くで上映会がある時は来てくれたり、自分の知人友人を紹介してくれたりと、その後も力強い協力をいただいている。
字幕翻訳を担当した山之内悦子さんの友人、中野桂さんも友人と共に来てくれた。目がとてもきれいな人だ。彼は滋賀大学で経済学を教えている。明日は長浜で琵琶湖環境ビジネスメッセがあり、その中で「環境から考えるスロー・イノベーションと地域力」というシンポジウムがあり、中野さんも講演する。それに私も参加することにし、その夜は中野さんの家に泊めてもらうことにした。彼の家もストローベイルハウスなのだ。
18:30。開演。60人以上はいるだろうか、ほぼいっぱいのお客さんが入った。原田君の司会で、岩田さんと私のトークが始まった。岩田さんが私に質問する形式で話をすすめていった。私はいつも話すことはあまりないのだけど、と思いつつ話し出すと長くなるのには自分でも驚く。きちんと実のある話ができたかどうか、はなはだ不安だ。でも言いたいことは映画で全て言っているのでまあいいかとも思う。
映画をつくっている最中の様々な事柄は、映画が完成して各地で上映してまわり、お客さんといっしょに観て、ようやくストンと心に収まることが多々ある。毎回そういうストンがある。そして、大きなスクリーンでたくさんの人と映画を観ることのよさ、自主上映をする面白さは、私がみんなに伝えていきたいことだ。

岩田さんとのトーク
短い時間の中で食べ物をつくる農業の大切さなども岩田さんが語り、トークも無事終了。そして、原田君が事前につくったテーブルと椅子の配置図を元に、お客さんにも手伝ってもらい上映用のレイアウトに。
19:00。上映開始。私も空想の森プレートを食べながら、白ワインを飲みながら映画を観た。こういう上映会もいいものだなあと思った。無事上映が終わった。アンケートもたくさん返ってきた。

彦根から来た奥田好香さんが、自主上映をやりたいと申し出てくれた。彼女は彦根市で保健師として働いているが、もうすぐやめる予定だ。そして子育てをするお母さんを応援するサロンを始めようと考えている。岩田さん、原田君、前田君、中野さんも協力してくれるということになり、彼女も上映会に向けて一気に気持ちが盛り上がってきたようだ。
あらかた会場を片付けて、スタッフで軽く打ち上げをした。平日の夜ということでどうなるか心配していたが、みんなの力で60人以上も集客をした。そして、映画といっしょに、共働学舎のチーズも食べてもらえて本当によかった。原田君も長い間あたためていた上映会が実現できてとても嬉しそうだった。
23:00。解散し、私と原田君はスタッフの伊藤君の家に移動。原田君は私の布団一式を持って来てくれた。原田君の家の寝具は彼が取り扱っているオーガニックコットン製品のシーツや枕カバーなどを使っているので、本当に気持ちよく眠れた。
伊藤君は大きな一軒家に一人で暮らしている。勝又君もきて4人で深夜2:00まで話し込んだ。勝又君と伊藤君は青春友の会という会のメンバーでなにやら面白いことをしているらしい。今まで印象の薄かった滋賀県。今はなんて奥深く、面白い人たちがいるとこなのだろうと思う。
ハル小屋(森町)・喜茂別町での上映会は私にとって非常に感慨深い上映会となった。函館上映会が決まったことをきっかけに、ハル小屋の方は、七飯町と函館でパン屋を営むこなひき小屋のおかみさんが、喜茂別町は、N’DANAのメンバーでもある三田健司さんが中心になって上映会を計画してくれた。
2009年9月29日。
晴天。夕暮れ時の山の端が、すばらしくきれいな日だった。
おかみさんの友人、ハルエさんの素敵な小屋での上映会。おかみさんが学舎の野菜(かぼちゃ、人参、芋、とうきびなど)を取り寄せて販売もした。ハルエさんの娘さんたちがつくった料理と好きな飲み物を飲みながら、お客さんは思い思いに映画を観た。森の中。木の香りがただよう小屋で、贅沢な時を過した。
2004年秋。20分ほどにつないだラッシュフィルムと16ミリの映写機を持って映画づくりのアピールと資金集めを兼ねて道内をまわった時、七飯町の親方の自宅で上映させてもらった。当時はまだ撮影に手応えがなく、どんな映画するのか、私自身もさっぱりわかっておらず、明るい材料がなく、先が見えなくてもがいていた。そんな時に七飯町のおかみさんと親方、大沼の池田誠さん、富良野の大越さんがラッシュ上映の機会を与えてくれ、人を集めてくれた。そのことがその後、どれほど私を支えてくれたことか。
ハル小屋では、午後と夜に2回上映をして、60人ほどの人が足を運んでくれた。その中にラッシュ上映会に来てくれた人が何人かいて、嬉しい感想をいただいた。自主上映に興味を持った女性も現れた。私は兎にも角にも、完成した映画を見せることができて心からホッとした。
撮影時、共働学舎にいて撮影にも協力してもらった山田あゆみさんは、学舎のチーズ職人の山田圭介さんと結婚して独立し、この近くで農場を営みチーズをつくっている。あゆみちゃんも来てくれた。圭介はすでに映画を観ているので、家で二人の子供の子守をしているという。明日時間があったら山田農場に泊まりに来てねと誘ってくれた。
親方は2回とも初めから終わりまで映画を観ていた。どんな風に映画を観たのだろうと、私は気になっていた。その親方から嬉しい言葉をもらった。そして「今度は厚沢部で上映会やろうよ。」と親方は言った。あきらめないで完成させてよかったと私は心底思った。
星のきれいな夜だった。気がついたら、おかみさんとハルエさんと私の三人になっていた。上映会は盛況、お客さんの反応も上々、女三人で祝杯をあげ、深夜まで話し込んだ。結局泊まりは二人だけだった。おかみさんと私は、ハル小屋の隣の小屋(ハルエさんのだんなさんの作業小屋)の2階で、修学旅行のように並んで眠った。
2008年9月30日。
函館のミニシアター、シネマアイリスに営業に行く。菅原支配人と3:00にアイリスで会うことになった。その前に、三日月茶寮いう喫茶店へ。ここはアイリスの菅原さんが経営しているお店で、コーヒーがとてもおいしい。
シネマアイリスに行くのは「闇を掘る」の上映の時以来、6年ぶりくらいだ。今回の上映会では、チケットの取り扱いなどアイリスにも協力をしていただいた。菅原支配人にそのお礼と函館上映会の報告をした。そして資料などを渡し、上映のお願いをした。
帰り際、菅原さんに「今日はどこにお泊りですか?」と聞かれた。「山田農場です。」と答えると、「あの有名な美味しいチーズの山田農場ですか」と言ったのには驚いた。そして「仲間がたくさんいていいですね。」と菅原さんは言った。ああそうか、そう言われると道南には仲間がけっこういるなあと思い、嬉しくなった。
そして私は、澄み渡った秋空の下、山田農場に向かって車を走らせた。
夕方、山田農場に到着。
耕作君
圭介はこの春に生まれた次男の耕作を背負い、ヤギと牛の餌やりや小屋の掃除をしていた。
子ヤギ
あゆみちゃんは別棟の子ヤギの世話をしていた。
農場の夕方は忙しい。
優作君
長男の優作は最初、恥ずかしそうにしていたが、そのうち私に慣れてきた。抱っこやおんぶをしたり、逆さにしたりしてひとしきり遊んだ。
空には夕焼け雲が浮かんでいた。「お月様きれいだね」と優作。西の空のまあるい月を優作といっしょに眺めた。
小さな山の斜面の中腹に2階建ての母屋。それに隣接して母屋と同じつくりのチーズ工房と売店。二階はゲストルーム。工房の向かいが、ヤギ小屋。ヤギが10頭と牛(ブラウンスイス)が2頭。家の脇は森。近くには沢が流れている。ヤギ小屋の右手に続く山の斜面は結構な勾配の放牧地。2町ほどある。実際に放牧地のてっぺんまで登ってみると、母屋は豆粒ほどに見えた。かなりの勾配と広さがあることがわかった。
空気が冷たくなってきた。「お家に入ろう」と優作に手をひかれた。
圭介たちはチーズをつくっていける土地を探し、ここに決めた。ただの山だったこの地。草を刈り、整地し、ヤギ小屋をつくり、家をつくり、チーズ工房をつくり、沢から水を引き、圭介たちは全てを自分たちでつくってきた。ここまでくるのにどれほど大変だったろうと思う。それでも、自分がつくりたいチーズをつくるために、一つひとつ積み上げてきた過程は、大変だったろうけど、きっと人との出会いやドラマがたくさんあったのだろうとも思う。
圭介が建てた家はちゃんと家だった。水洗トイレだってある。ヤギチーズ、牛のチーズ、ワイン、白菜と豆腐の鍋、玄米、今年初めて採ったというボリボリの味噌汁。5人で夕食を囲みながら、色々な話をした。
あゆみちゃんはどっしりした母ちゃんだ。圭介はとても面倒見のいい優しい父ちゃんだ。自分が目指すチーズを試行錯誤しながら毎日つくっている圭介は、とてもいい顔をしていた。手ごたえも感じているようだ。ヤギのフレッシュタイプ、熟成タイプ、ウォッシュタイプ、どれも本当においしい。私は圭介のヤギチーズを食べて、ヤギチーズが大好きになった。
この夜、チーズ工房の二階の部屋で私は快適に眠った。
売店の2階のゲストルーム
2009年10月1日。
7:30。起床。今日は喜茂別町に移動して夜、上映会だ。
母屋へ。みんなで朝食。
山田家の朝食
パン、チーズ、スクランブルエッグ、プルーン。豪華だ。毎朝4時から働いている圭介は2回目の朝食だ。
あゆみちゃんが優作を保育所へ送っていった。
私は圭介のチーズづくりを見学させてもらうことになった。チーズ工房は小さいけど、製造室、熟成庫、乾燥室、醗酵室などがちゃんとある工房だった。道具などは工夫して使っていた。大きな胴のボールでチーズをつくっていた。

目の高さのところに小さな四角いガラス窓が一つある。
そこには森の木々が切り取られて見える。きっと四季で表情を変える画のような窓なのだろう。
私は仕事の邪魔にならないよう注意しながら、圭介と話をした。チーズというものを、始めから最後まで全て自分の手でつくっていることがよくわかった。逆に言えば、自分の手でできることしかやらないということだ。
「100年くらいかかって、自分が目指すこの土地のチーズが完成すると思う。だから今のうちに自分がやれることをやっておこうと思う。」と圭介は言った。「学舎で学んだことをやっているだけだけどね。」とさらりと言った。その言葉が心に残った。
10:00。山田農場を後にして、私は喜茂別町へと車を走らせた。
洞爺湖の辺りから山道になってきた。それを越えると、羊蹄山がどーんとある風景になった。
17:00頃。今日の会場の喜茂別町農業改良センターに到着。三田一家がすでに準備を始めていた。三田君は相変わらず、飄々とした中にどこか温かいおかしみのある人だった。奥さんの紗衣子さんはとてもチャーミングな人だった。長男の歓平くん、次男の晴造くんは元気そのもの。
私は早速機材と物販を運び込み、準備にかかった。
広い会場だった。スクリーンが大きくて嬉しかった。平席にパイプ椅子を並べた。プロジェクターにDVカムデッキをつなげた。映像は問題がなかったのだが、音の入力のジャックに問題があり、音が出なかった。係りの伊藤さんが、急遽、装置をこしらえてくれ、事なきを得た。音の調整に時間がかかった。天井のスピーカーは切ってもらい、色々試して、前にある2種類のスピーカーから音を出すことにした。担当の方が熱心にやってくれたおかげで、かなり元の音に近い音に調整できた。
「調理室におでん、とうきび、ご飯を用意したので食べてください。」と紗衣子さん。おいしくいただいた。
斉藤愛三君もやってきた。本当に久しぶりだった。愛三君は受付の係り。40人ほどのお客さんが集まってきた。
19:00。三田君率いるタイコのグループの演奏で上映会が始まった。歓平や晴造も張り切ってたたいていた。私も飛び入りで一緒にタイコをたたかせてもらった。久しぶりにタイコをたたいて楽しく、テンションが上がってきた。
私は一番後ろからスクリーンを観ていた。笑ったり、隣の人と話をしたり、お客さんはとてもいい感じで見ていた。喜茂別も酪農や農業をしている人がたくさんいる町だ。そういう人たちに、この映画がどう観られるのか、気になるところだったが、この感じはかなり好感触だった。
斉藤愛三さん。牧場タカラでチーズをつくっている。
ラモーナと子供たち
上映後の質疑応答では、撮影当時、学舎にいて映画にも出てくる愛三君とラモーナにも前に出てきてもらい、一言感想を言ってもらった。愛三君は妻の美紗子さんと、実家の牧場タカラ(喜茂別町)に帰って現在チーズをつくっている。ラモーナは家族でこの町の近くで暮らしているとのこと。今日は長男の天理くんと次男のヨアンくんを連れて観に来てくれた。愛三一家もラモーナ一家も元気にやっているのだなあと嬉しくなった。
帰り際に「音楽がよかったです」と私に声をかけて帰って行く人がたくさんいた。パンフレットよりも映画音楽CD「楽音日和」の方がよく売れたのはここが初めてだ。
大きなスクリーンで音も画も元に近い状態で見せられて私は嬉しかった。いい上映会だった。
撤収し、三田家へ。愛三君も来て、夕食を囲みながら打ち上げ。上映会の成功を祝った。3:00ころまで三田君と話し込んだ。長く素晴らしい一日だった。
2009年10月2日。
12:00。起床。三田君の家は元教員住宅で結構大きな一軒屋だった。私は2階の部屋を使わせてもらった。下へ降りると、子供らがきゃっきゃっと元気に遊んでいた。男の子が一人増えていた。隣のシンちゃんだった。歓平の同級生で大の仲良しらしい。
早速ランチ。トマト、リコッタのパスタ、コールスロー。とても賑やかな楽しいランチ。
この日、私はもう一泊させてもらうことになっていた。三田君は喜茂別町を私に案内してくれた。
三田家の隣は旧双葉小学校。7年前に廃校になった。愛三君の母校でもある。今はシンちゃん一家が住んでいて、シンちゃんの両親がカフェ・資料館・宿などを管理・運営している。
愛三君の牧場タカラも、三田家のすぐ近くだった。父さん、母さんにお会いした。とても明るくて温かい人柄がにじみ出ているご両親だ。会うなり「映画が素晴らしかった。見せたい人がまだいる。」と言われて、本当に嬉しかった。牧場タカラは新潟から入植した先代から数えて100年が経つそうだ。牛舎やサイロが昔のままで味がある。
あいにくの雨降りだったが、牧場見学のお客さんが来ていた。父さんがほろ馬車でなく、ほろトラクターで牧場案内をするというので、私たちも便乗した。牧場内をゆっくりと走る。
愛三君の父さん
放牧地で降りて、牛に触ったり乗ったりさせてくれた。
父さんのしゃべりには、牛や生き物への愛情があふれていた。そして最後に牛乳を飲ませてもらった。うまい。ほんと美味しい牛乳だった。
夕方、大滝村の温泉へ。温泉のすぐ近くに山城さんの家があるので寄った。山城さん夫妻は農業を営んでいる。昨日映画を観に来てくれた。宮下さん夫婦の入植時からの友人でもある。素敵なご夫妻だった。
山城さんが「映画が説明的でないのがよかった。」と私に言った。帰ったら宮下さんにすぐに報告しよう。
温泉にゆっくり入り、三田家へ戻った。
愛三君・美紗子さん夫妻と、長男の草立君が来ていた。草立は笑ってしまうほど美紗子さんにそっくり。でもとてもかわいい。そのうち歓平、晴造、草立は、裸になって走り回り、はしゃぎまくっていた。
愛三君は、大きい体が更に大きくなっていた。美紗子さんはちゃんと母さんになって柔らかい感じになっていた。
三田家4人、斉藤家3人、総勢8人のにぎやかな夕食。スープパスタ、愛三くんのチーズ、パン、豚肉とモヤシの炒め物、卵焼きなど、三田君が料理の腕をふるった。
「また洞爺辺りで上映会をやりましょうよ。観たい人がまだいますよ。」と三田君と紗衣子さんが言った。なんて嬉しいことだろう。

映画と格闘していた7年、そして完成してから今までの月日を想った。
この映画に関わった人たち。親方、おかみさん、圭介、あゆみちゃん、愛三、美紗子、そして被写体の宮下さん夫婦、山田夫婦、美和ちゃん、有里ちゃん、西村君、いんであん、それから私、岸本君、一坪君の撮影隊の面々にも、日々色々なことがある中、時には大きな選択や決断をしなければいけないこともあったと思う。悩んだり苦しんだり、または笑いとばしたりしながら、何が大事なのか、何を大切に生きていきたいのかを考えてきたと思う。もちろん今もその渦中にあるのだが、みんなそれぞれのフィールドに立っている。
今回「空想の森」を観ていて、その確かに流れていった時を感じずにはいられなかった。それはすなわち、私たちは生きているということなのだとも思う。その流れていった時の中でつかみとったものを、今私は感じている。
二度とはないあの時、あの瞬間の自分たちを記録できたことを本当によかったと思う。映像に映っているのはあの頃の私たちだが、その時間を同じように自分と重ね合わせて観てくれる人がいる。私は映画を完成させたことで、また今までとは違った形で仲間やこれから出会うであろう人たちとつながっていけることに嬉しさを覚えている。
2009年9月27日。
6:30。起床。今日はいよいよ上映会だ。函館市民会館小ホールで3回上映をする。長い一日になる。しっかり朝ごはんを食べた。
7:45。佐々木さんが宿に迎えに来てくれ、彼女の車についていく。駐車場に車を止め、機材・物販のものなどを滑車に積み、3階の小ホールへ。かなり広い。平席で100脚ほどパイプ椅子が並べてあった。後方には掲示物がパネルに展示されている。映画にも登場したチーズ職人の山田圭介さんが、独立して七飯にやってきてチーズをつくっている。その山田農場に函館映画鑑賞協会の方たちが訪問したことが写真もまじえて展示されていた。長テーブルにお茶などの飲み物が用意され、休憩スペースも作られていた。

私は映像と音のチェック。スクリーンの真ん中に傷があり、かなり気になった。少し小さくなるが、傷のないスクリーンを使うことにした。音は少しこもり気味だか、それ以上調整はできないのでよしとした。

函館にはユニバーサル上映活動をしている人たちがいる。目の見えない方、耳が聞こえない方にも映画を楽しんでもらおうと、日本語字幕と音声ガイダンスをつける上映だ。今回、空想の森も、画面の外側の右に縦に日本語字幕をつけて上映することになった。橋本さんと担当の女性がパソコンでその準備をしていた。
準備のメドがあらかたついたところで、廊下に出て全体打ち合わせ。20人弱ほどのメンバーが集まった。境田さんが全体を仕切る。受付・事務方のリーダーは佐々木さん。上映後の質疑応答の司会は田村さん。物販は野村さん。会長の槻さん、機材係りの上田さん、パソコン関係は滝田さん。

野村さん
午前中の上映は100人近くのお客さんが入った。大盛況だった。この日、函館では様々なイベントが行われていたのにもかかわらず大健闘だ。午後の2回の上映でも100人近くのお客さんが来てくださった。
実行委員の皆さんが「空想の森」を気に入ってくれて、多くの人に観てもらいたいという気持ちが、こんなにたくさんの人の足を運ばせたのだと思う。
上映後のトークは、田村さんが上手に進行してくれたこともあり楽しく話せた。私は話すのが得意ではない。もう少し気の利いた面白い話ができるようになりたいものだといつも思う。
私は一番後ろから映画を観ていた。お客さんは笑うところで笑い、集中して画面を観ているのが感じられた。ほっとした。同じ北海道でめずらしくもない農業をしている人たちの日常の物語をどんな風にみるのだろうと、少し心配だったのだ。アンケートもたくさん返ってきたし、これからどんどん北海道でも上映していこうと思った。
21:30。長い一日が終わった。撤収をして、解散。
今晩から私はこなひき小屋の親方の家に泊めてもらうことになっていた。実行委員の槻さんと上田さんが、道に不案内な私を心配し、車で先導して親方の家まで連れて行ってくれた。
22:00頃到着。親方も起きていてくれた。(パン屋は朝が早い。朝というより深夜に起床するので普段この時間には寝ている。)おかみさんと親方は槻さんと上田さんを家に招きいれた。お茶を飲みながら5人で楽しくおしゃべりをした。
二人が帰った後も23:30頃まで、親方とおかみさんと三人で話をした。私は函館上映会が大盛況で心底嬉しく高揚していた。