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撮影報告 その133 渡邊家二日目

渡邊さん一家。和也さん、春希くん、愛さん。

2012年9月9日。

昨日に引き続き渡邊家での撮影。

今日は普段の様子を少し撮らせてもらうことに。

春希くんは今日も元気。

家の中に入って、私は早速昨日撮影させていただいた折笠さんの話をした。

和也さんも会の活動のことなど話を始めた。

和也さんは本当によく話す。

話しているうちに、本当に色々な経験をしていることがわかった。

そして、とっても個性的で面白い人だった。

和也さんと私がやんやと話している横で、愛さんは春希くんを見ながら、会のチラシづくりをしっかり進めていた。

時々話に参加して一緒に笑ったりしながら。

なぜか二人の馴れ初めの話も聞いた。

とっても面白かった。

和也さんと愛さんにはいつも笑いがある。

撮影報告 その132 折笠哲也さん

会津太陽光発電株式会社にて。 この他に男性社員が二人います。中央が代表取締役の折笠哲也さん。

2012年9月8日。

渡邊さんの家を後にして一度ホテルに帰る。

今日はとても天気がいいが、とても暑い。

フロントの方にお願いして、屋上から会津若松の町を撮影した。

 

夕方、折笠さんの話を聞きに、新しく立ち上げた会社へ向かう。

折笠さんも一年前にお話を伺った方。

当時、飲食店を経営していて、三人の子供の父親でもある。

「ジレンマの中でもがいている。でも子供たちが希望だ。

新しい事業を立ち上げようと思っている。」

とその時の気持ちを率直に話してくれた。

苦しい気持ちの中でも、明るく前向きに生きて行こうという姿勢が印象に残っていた。

 

そして今年の2月に経営していた飲食店をスタッフに売り渡し、

太陽光の会社を設立したのだった。

 

折笠さんはまっすぐに進んでいた。

自分たちのエネルギーは自分たちでつくり、消費したい。

折笠さんは利益が出るようになったら、地域に還元したいと思っている。

地域の人たちとたくさん交流して、地域を面白くして、活気をつくり、

子供たちがここで生きていきたいと思うような町にしたいと。

いっしょに自分たちのコミュニティをつくっていきたい。

そのための会社であると。

 

福島が太陽光や小水力や風力などで自分たちの使うエネルギーを全て自給していくことこそ、

福島の生きていく道なのではないかと。

 

そうして雇用を生み、自分たちの中でお金が回っていけるようになったらと。

 

放射能に関しては、前と全く状況は変わっていないという。

やはり、不安を抱えながら日々、気をつけながら暮らしていると。

ただ、会津若松で生きることを決めたので、このことはこれからもずっとついてまわる問題だと覚悟しているという。

子供たちが大きくなってどういう問題が出てくるのか。

健康上のこと、そして結婚問題になったとき・・・。

そのことも分かったう上での選択と決断。

新しい会社を立ち上げること。

 

どれほど考えたことか。

 

折笠さんは男前だなあと改めて思った。

 

撮影が終わり私が帰る時、スタッフ全員が外に出て、見えなくなるまで見送ってくれた。

 

[…]

撮影報告 その131 渡邊和也さん・愛さん・春希くん

渡邊さん一家。 愛さん、春希くん、和也さん。

 

2012年9月8日。

去年の今頃、福島県・会津若松市の栄町教会で愛さんに出会った。

小さな子をもつお母さん方を中心に、何でも思っていることを話したり、

情報を交換したりしようという「大人のしゃべり場」という企画に彼女は参加していた。

私は片岡輝美さん(会津放射能情報センター代表)に、ぜひ見て行ってくださいと言っていただき、

撮影させてもらえることになったのだった。

 

その時愛さんは妊娠中。

お腹が大きかった。

自宅は福島市。

放射線量が高い。

これから子供を産むことを考え、やむなく自主避難で会津若松にやってきた。

そんな中、愛さんはキャメラに向かって率直に今の気持ちを話してくれた。

置かれている現状は非常に厳しいのだけど、彼女は人間に対して希望を持っていた。

明るさと強さを私は感じた。

「生まれてくる子は、男の子ってわかってるんです。

名前はもう決めています。

春の希望で『春希』にします。」

と愛さんは私に言った。

 

子供が生まれたらまた会いに来ようとその時思った。

 

それから一年。

私は再び会津若にやってきた。

 

春希くんは元気な男の子だった。

2011年12月17日に生まれた。

笑顔がめっちゃかわいい。

無事に生まれて本当によかった。

もう人見知りするようになったとのことだったが、

私がだっこしても泣くどころかニカっと笑ってくれ、とても嬉しかった。

 

あれから一年たった今の現状を愛さんと夫の和也さんに話していただいた。

和也さんは、介護の仕事をしてる。

会津若松の自宅から福島市の勤務先まで車で2時間をかけて毎日通っている。

私も今回、福島市から会津若松まで車で通ってきた。

山越えの道で毎日通うことがどれだけ負担なのだろうと思わずにはいられない。

 

県内の自主避難している人に対しては何の支援がないのが現状だ。

引っ越しにかかる費用、家賃、諸々全て自腹。

愛さんたちは民間のアパートに住んでいる。

そのすぐ裏には市営団地が立っている。

ぱっとみたところでも、開き部屋がけっこうある感じだった。

愛さんたちも、もちろん家賃の安い市営団地の方がよかったが、規則で入れなかったのだそうだ。

 

会津若松に住民票がないといけない。

持ち家がある人はダメ。

これがその規則。

自主避難ということでは、受け入れてくれなかったそうだ。

 

[…]

撮影報告 その130 会津若松へ

苫小牧港 2012年9月6日。 苫小牧港から船に乗り込む。 19:00出航。仙台へ。 2012年9月7日。 10:00 仙台港到着。ピーカン。 名取川。

 

仙台市を抜けたあたり。

 

福島市。

 

福島市 福島市。 福島市。 福島市ぁら会津へ行く途中の峠。 峠を下りたことろの団子屋さん、 ここで団子を食べた。 猪苗代湖の近辺。 米や蕎麦の畑が多い。 猪苗代湖の近辺。

 

夕方、無事会津若松に到着。 夜、積田さんと「ぼろ蔵」で飲む。 ママ一人でやっている。 酒も料理もうまかった。 いい店だった。 カウンター席に座った。 地元のお酒が好きな常連さんの女性、地元の積田さん、東京からきた会津が好きな男性、 それから、あとからやってきてたまたま私の隣に座った女性。 いかにもおいしい店に鼻が利きそうな人だった。 みんなで会津談義に花を咲かせた。 隣の女性は、フランスのマルセイユで海に関する仕事をしているという。 30年ぶりに飲む大好きな日本酒の話から色んな話に広がった。 これぞ飲み屋の醍醐味って感じの夜だった。 会津のうまい酒を堪能した。 さあ明日から撮影だ。 […]

風のたより その34 再び会津若松へ

8月は編集の準備作業の日々。

 

9月は再び会津若松へ撮影に出かける。

 

去年の夏、滋賀県のアースデーで会津若松の木暮さんと出会った。

それが縁で秋に初めて会津若松を訪ねた。

会津若松に在住の人、大熊町から避難してきている人たち、福島市、郡山市から自主避難してきている人たちなど、たくさんの人のお話をうかがった。

あれから一年、みんなどうしているのだろう。

今の気持ちを聞きたいと思っている。