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撮影報告 その48 山形国際ドキュメンタリー映画祭

山形国際ドキュメンタリー映画祭のメイン会場。
2011年10月7日。
夕方、山形に到着。
私は1997年からかかさずこの映画祭に来ている。
今回は撮影と上映会があるので1日しか滞在できない。
「空想の森」を大阪の第七芸術劇場で公開した時の宣伝を担当してくれた楠瀬かおりさん(くっさん)が映画祭スタッフとしてすでに山形入りしていた。
彼女のウィークリーマンションンの部屋に一晩お世話になることにしていた。まずシュラフと荷物を彼女の部屋に運び込んだ。
そして映画祭事務局へ行って、IDカードを受け取った。
英語の通訳として来ている友人の山之内悦子さんにメールをし、晩ごはんを一緒に食べることにした。
彼女と会うのは本当に久しぶりだった。話したいことがたくさんあった。
「監督失格」の舞台挨拶。左が監督の平野勝之監督。
上映後、場所を変えての質疑応答。
プログラムを見て、18;45からの「監督失格」という映画を観ることにした。
映画の後、とてもおいしい「雅流山 極月」というとびきりうまい酒を飲みながら、久しぶりに山之内さんとゆっくり話した。やっぱり彼女と話すのは楽しい。
晩ごはんをごちそうになり、私は香味庵でもっと話したかったが、明日、彼女は同時通訳の仕事があり勉強しなくてはいけないのであきらめた。
彼女のホテルの部屋で爪切りを貸してもらい、爪を切って別れた。
早川由美子さん、土居敏邦さんの作品の山形で上映されるので彼らも山形入りしていた。
電話して明日会おうということになったが、結局お互い映画を観るのに忙しく会えずじまいだった。
土居さんが「空想の森」を観たいと言ってくれたので、DVDを送ることになった。
なんだか緊張する。
函館の野村さんと話したくなり、電話をかけ深夜まで話し込んでしまった。
夜中にくっさんの部屋に戻る。
彼女は風邪をひいて早めに寝ていた。
私はそっと寝袋にもぐり込んで寝た。
寝起きのくっさん。
2011年10月8日。
くっさんとも久しぶりだった。風邪も治りかけとのこと。
相変わらず細やかに気が付く人だった。少し話した後、私は山之内さんから勧められた10時からの「生命」を観に市民会館へ向かった。
右:「生命 希望の贈り物」呉乙峰(ウー・イフォン)監督、左:中国語の通訳の樋口さん
とてもいい映画だった。今、このタイミングでこの映画を観られて本当によかった。
山之内さん勧めてくれてありがとう。
1、市民会館の前にて記念撮影。山之内悦子さん(右)と私。

2、場所を変えてもう一枚。

悦「今撮った写真見せて見せて」
陽 写真を見せる
悦「私こっち(2)の写真の方がいいわ。HPに使うならこっちを使って。これは(1)は何だか私、オバサンみたいじゃない?」
陽「あのさー、みたいじゃなくて、悦も私も確かにオバサンだと思うんだけど」
と言って二人で笑った。
お昼ご飯は山之内さんと三元豚の生姜焼き定食を食べた。
そしてハグをして別れた。
今度会えるのは1年以上も先になる。なんだか急に寂しくなる。
そして、ああー、もっと映画をみてみんなと話したいと思った。
そして私は山形に後ろ髪をひかれながら仙台へ向かって車を走らせた。
仙台港
19:30発仙台港発、苫小牧行きのフェリーに乗り込む。とても疲れていた。
乗船してすぐにお風呂に入って、うどんを食べて眠った。

高畠ワイナリーで買った紅玉。あま酸っぱくてとてもうまい。
2011年10月9日。
朝起きるととても天気がよかった。お風呂に入って、おにぎりと味噌汁を食べ、また横になった。
今日はいよいよ苫小牧で上映会だ。
11:00。苫小牧港に着き、主催者のクロゴメくんに電話をした。
16:00に会場のオールドに行くことにした。
それまでの時間、フェリーターミナルでパソコン仕事をした。

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