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アーカイブ  撮影日記

録音部・岸本祐典の撮影日記

<岸本祐典(録音部)の撮影日記>

2005年6月23日(木)

PM7:00頃オープニングパーティが始まりスタッフの人手が足りない為、僕と撮影の一坪はドリンク係を任される。

そうこうしているうちに映画祭スタッフの箕浦さんが撮りためていたスチール写真をプロジェクターに映す催しが始まりスクリーンに写真が映しだされる。

すると、あちこちから話し声や笑い声が聞こえ始めてきた。

僕と一坪は顔を見合わせ「撮影しよう」という合図をし、急いでスタッフルームに置いてある機材をとりにいく。

機材を準備し新内ホールへ戻ると皆テンション落ちることなく盛り上がっている。

田代さんと有里さんは写真が変わる度話し合い、宮下さんはその隣でガムを黙々とかみながら鑑賞し、定岡さんは10年間の思い出をかみしめるようにじっとスクリーンをみつめ、ヤンさん(西村嘉洋さん)はスクリーンのかたわらでBGMの変わりに生演奏でギターを弾き、文代さんは何やらひそひそ話にご執心の様だ。

それぞれ10人10色の映画祭の10年をなつかしんでいた。

何か残り3日間の映画祭がいい空間になるという予感がする夜だった。

2005年6月24日(金)

AM10:00くらいに新内小学校へ着く。天気が非常によく、風景を何カットか撮影する。

この日は具体的に何を撮影するかというのは決めていないので僕と一坪は映画祭を見学するつもりで撮影をしようと打ち合わせをしていた。

「空想の森」のラッシュ上映の準備をするため新内ホールへ。

そこへ宮下さん夫妻がラッシュ上映を見に来てくれた。ありがたい。

ラッシュ上映後、ゲストのキム・ヨンハンと雑談をしている宮下さんを撮影する。

もう少しすると、宮下さんが映画祭で是非上映してほしかったという「セブン・オブ・ワンダー」という映画の上映である。

上映前に宮下さんは観客の前で映画の紹介もすることになっている。

上映まであと10分くらい前になった頃、廊下のイスでめがねをかけ何やら調べものをしている宮下さんがいた。

非常にダンディズムがあふれている姿である。

この濃厚な空間で宮下さんとカメラを通して映画祭の話がしたく、撮影を試みた結果、写っている宮下さんよりも、写っていない僕のほうが緊張してしまい、話をしていても10秒前に何を言ったのか覚えていないほど頭が真っ白になった。

嗚呼情けない。

普段撮影で音を撮っていても自分から音を発することがないので仕方がないと自分で自分に言い訳をしながら(一坪も少しかばってくれたけど)その後、宮下さんの上映前のあいさつや別の教室にあるカフェでの雰囲気を撮影し、この日の撮影は終了。

のんびり撮影をして、映画祭の雰囲気を満喫できた日であった。

2005年6月25日(土)

AM10:00くらいに会場へ向かうと西村嘉洋、有里夫妻が外で冷しうどんとデザートの店の準備をしていたのでさっそく撮影へ。

2人とも上着が赤系統の色でペアルックみたいで、ほほえましい光景だ。準備している風景を撮影し、小学校の前の柏の木の前で行われている。アニメーションワークショップを撮影する。

みんな画用紙に書いてある絵がうまく、絵心がない僕にとってはうらやましかった。

ワークショップが行われている場所から少し離れた場所で何やら入念にストレッチをしている1人の男性がいた。

夕方くらいから校庭でパフォーマンスをする大道芸人のギリヤーク尼ヶ崎さんだ。

ギリヤークさんの踊りは、自由奔放のようでありながら、決める所はバシッと決める踊りでありユーモアと真摯なメッセージがせめぎあっている素晴らしいパフォーマンスであった。

ギリヤークさんの踊の時からシトシトと降っていた雨が、いよいよ本降りになってきた。

西村夫妻の店はシートの屋根があるのであまり影響はないが、他の出店の方は急いで荷物を新内ホールへと異動させていく。

夕方から柏の木の下でカフェをだそうとしていた定岡さんは開店の準備と閉店の準備がほぼ同時だった。

2時間後くらいには定岡さんの店は新内ホールの廊下の一番奥の所で落ちついていた。

降りしきる雨、忙しく店を移動する人々、ライブのリハーサルをするあがた森魚さん、カフェでのんびりビールを飲む人々、それぞれの映画祭の関わり方が小さな新内ホールに集まっていたと思う。

夜になると野外で上映する予定だったが雨のため新内ホールでの上映になった「ゴジラ」の上映風景を撮影し、この後何を撮ろうかと一坪と話をしていたら山田憲一さんと山田圭介さんがやって来た。

すぐさま僕たちはその様子を撮影した。

憲一さんの奥さんの聡美さんは疲れていて来れなかったが、憲一さん、圭介さん、定岡さん、ヤンさん、新得バンドの面々がそろい、ワイワイ話あっていた。

明日はいよいよ新得バンドのライブである。そして映画祭の最終日だ。

2005年6月26日(日)

昨日から降り続いた雨も、朝起きるとあがっていたが、どんよりした天気だ。

校庭では野外上映でスクリーンをたてかけるやぐらが所在なさげに片付けられていた。

来年は星空の下で映画が上映され、やぐらが大活躍することを願いたい。

昨日、西村夫妻が冷しうどん屋をやっていた場所は、夜から始まるさよならパーティの食事の厨房に変わっていた。

そこで、西村夫妻、圭介さん、おっちゃん(斉藤修さん)達が、石がま、フライパン、たき火をフルに活用して、食事を作っていく。

新得バンドは料理の鉄人の集団でもある。

この人達の料理を口にする瞬間は、すごい美人な女の人に出会う時みたいにドキドキする。

定岡さんと憲一さんは、昨日から設けていたカフェでのんびりコーヒーを作っていた。

自分のいれたコーヒーをおいしそうにすする憲一さんはもはやカフェと同化していた。

やがて、ドラムや太鼓のサウンドチェックの音が鳴り始める。

N’DANAという山北紀彦さんとマサトさんのユニットのライブの始まりだ。

ライブを撮影していて、ふとまわりを見渡すと思い思いに踊っている人達がたくさんいた。

心も体も同時に踊ってしまうライブだった。

N’DANAライブ終了後、日も沈み残すイベントはさよならパーティだけになり、準備が始まる。

映画祭の撮影では映画祭のスタッフとして写っている田代さんも大忙しで走り回ったりアナウンスをしている。

料理もじょじょにでき始め、予定より少し遅れたがパーティが始まった。

やがて山田聡美さんもやってきて新得バンドの楽器のセッティングを始める。

聡美さんにとっては映画祭初日だったが、しっかり自分のペースでその場を楽しんでいたと思う。

いよいよ新得バンドのライブが始まった。

以前撮影させてもらった「長崎物語」も演奏していて、ここで全員の音が決まれば最高!!という所で、撮影しながら僕は上手くいってくれと心の中で願っていたが、サックスの憲一さんは見事に音を外していた。

本当に素敵なバンドだ。

この後のおっちゃんをボーカルにむかえた演奏はここ5年聴いた音楽の中でもダントツにソウルフルだった。

パーティも終盤にさしかかり、最後のカットを撮り終え、映画祭の撮影は無事終了した。

この後は心地よい疲れと食事を楽しみ、プロデューサーの藤本さんとハグをして撮影終了をささやかに祝った。

<映画祭の撮影をふり返って>

2005年6月23日~6月26日の映画祭の撮影はアッという間の4日間だった。

今回監督の田代さんが被写体の一人になり、スタッフは僕と一坪の2人だ。

撮影中、事前に予定していたポイントが撮れなかったり撮影するポイントが突発的にでてきたりで、2人とも度々頭が真っ白になった。

そういう時2人の目の前にいる被写体の方々が「こういうところ撮れば?」という行動をし始める。

そして僕たちはそれを撮影させてもらった。

4日間こんな事のくり返しで過ぎていった。

最終日、夜も更け人も少なくなった時に僕たちは映画祭のラストカットを撮影した。

撮り終えた時、思わず2人で再生してそのカットを観た。

世界で一番最初にこのカットが観れて、本当にうれしかった。

撮影部・一坪悠介の撮影日記

<一坪悠介(撮影部)の撮影記録>

2005年9月24日、土曜日。

その日の朝、僕は鮮烈な陽の光で目が覚めた。

窓からのぞく空は海のように青かった。

本番にとっておきたい天気だと思った。

監督の田代さん、録音の岸本さんと撮影の僕の三人は手の込んだ朝食の後、田代さんの愛車に乗り込んでロケハンに繰り出した。

今回のロケは「空想の森」のラストシーンの撮影。

内容は一風変わっている。

軽トラックに乗り込んだ被写体の方々が、各々の持つ楽器を演奏しつつ馴染みのある場所を巡り、それを撮影させてもらうというもの。

この作品はドキュメントであるけれど、今回は狙いを定めて意図的に場を作り撮影する。

非常にイメージ的で作品全体をぐっと引き締める役割を持つ。

ラストシーンに関しては、これまで三人で事ある事に幾度となくイメージやアイディアを話し合ってきた。

どこで撮るか、どう撮るか。車の中で再確認しながら予定していた場所に向かった。

まず最初に訪れたのは新得バンドの練習小屋。

楽器を軽トラックに積み込む所を撮るのが狙い。

それをロングで撮るととても味のある風景になると僕は想像した。

問題は日の角度だった。朝一では小屋で軽トラックが陰になってしまう。

撮る時間帯をずらすことも考えられたが、田代さんは「小屋は出だしだから最初に撮りたい」と言う。

僕も同感だったので、軽トラックの位置を変える方向で考える事にした。いくつか試しにカメラを回し、次の場所へ。

共慟学舎の牧草地。急勾配の芝生は意外と体力を奪ったけれど、登る価値はあった。

牧草地の頂上から一望する新得の大地からは命の息吹を感じた。

陽光と蒼天も完璧だった。

雪のように白く流れる雲は風景に立体感を与える。

この景色の中に音楽と彼らの軽トラックが流れていく模様を思うと心が躍る。

逆光はしんどいけれど、明日もこの天気が続くことを願った。

隣で岸本さんが肩で息をしながら同じことを言った。

続いて学舎の山道を田代さんの愛車で駆け下りる。

予定では前を被写体の方々が乗った軽トラックが走り、それを僕と岸本さんが乗った別の車で追いかけて撮ることになっている。

木々の枝をくぐって顔をだす陽光が愛らしい。

ビニールハウス、畑、牛舎とチーズ工房、食堂前、ミンタルの前の一本道などを見て回り、意見がまとまったところで新得駅と商店街へ向かった。

途中、本番で時間を節約するためにおむすびを作ることで話が決まった。

新得駅。内部はとても雰囲気のある建物だ。

暖かさを感じる。建物の中から窓越しに狙えないかと考えてみた。

商店街。ここまでのロケハンでアングルに制限があることを感じ、僕は俯瞰で撮りたくなった。

見回してみると、洋服屋「ゆあさ」の立派な屋上が目に付いた。

そこからなら新得駅と商店街を入れながら軽トラックを撮れる。僕が屋上を見ていると、それを察した田代さんは迷わず即刻交渉しに行ってくれた。流石である。

このまっすぐで前面的な行動力が田代さんの力だと思った。

「ゆあさ」さんも快く許可してくれた。

国道。まっすぐな感じが僕は好きだ。

左右には畑や牧場が木々とともに流れていく。

山田家も見える。

広大な新特の大地を駆け抜ける。ここも後ろから付いて撮る予定だ。

宮下邸と横の一本道。

ここはずっと前から僕の中のイメージにあった。

真冬に初めてここを訪れたときから、季節は巡るが時間は停まった神聖な領域にいる錯覚に陥る。

世界が変わってもここだけは変わらないような気がした。

ここを撮るときは宮下夫妻には畑で作業をしておいてほしいと思った。

被写体の方々も宮下夫妻を見れば間違いなく声を掛け、手を振るだろう。

宮下夫妻も手を振り返すだろう。想像して楽しくなった。

ここは被写体の方々の軽トラックに僕が乗り込んで、顔のアップを狙うことも考えた。

また、少し離れたのぼり道から大ロングも撮る予定。

新内小学校と柏の木。ここは特別だ。

大勢の人々がここに集い、結びついた出会いと思い出の場所。

僕はその時その場にはいなかったけれど、田代さん、岸本さん、被写体の方々からよくその話を聞いて、映画祭でそれを実感した。

どんな時もあの柏の木は皆を見守っている。

ここで被写体の方々を撮らない訳にはいかない。

シンプルにロングだな、とその場にきて確信した。

最後に、いつも合宿所としてお借りしている故小川豊之進さんの家の前の道でロケハンを行う。

颯爽とカメラの前を軽トラックが駆け抜けていき、坂の上に消えていくのを狙う。

車道にカメラを据えることになるのでタイミングが難しそうだ。

ここは最後に撮る予定なのできっと夕方だろう。上手くいけば美しい陽の中、きらきら光るような光景が撮れると思った。

その後、別の場所を見て回った。

美しい風景がその辺りは多かったけれどあまり縁のない所だったのでよいアイディアは思い浮かばなかった。

時間があれば撮りにいくこととなった。

合宿所に戻り、もう一度撮影予定地と順番を確認した。

すると予想以上にショットの数が多かった。

撮り終えられないのは目に見えていたので、3人で頭をひねりながらカット数を絞り込んでようやく決まった。

その晩は宮下夫妻、美和さんと晩御飯をご一緒する事になっていた。

飛び入りで西村さんも訪れてくれた。

晩御飯を食べながら明日の昼ごはんとなるおむすびを作った。

ノルマはひとり6個。

3人で18個。

三人三様個性的な米団子が完成して撮影の準備は整った。

2005年9月25日、日曜日。

窓の外を見上げて我ながら情けない声を出した。

この日は前日が見事な晴れだったことを疑わせるほどの曇りとなった。

しかも山田憲一さんが今日は仕事で参加できないこともあって、田代さんは輪を掛けて残念そうだ。

それでもスケジュールの関係上、撮らなければならない。

雨が降らなかったのだけは救いだった。

曇りならかえって幻想的な雰囲気がでるかもしれない、と前向きに考えて撮影に臨むことにした。

ぽつりぽつりといつものように被写体の方々が集まってきた。

僕と岸本さんは、スチール担当の箕浦さんが運転する山田憲一さんの軽トラックに乗り込み、撮影場所に先回りすることとなった。

荷台に乗ってみるとそれはそれはすさまじい振動。命綱は必須だった。

田代さんは被写体の方々が全員そろったところで宮下さんの車で後を追う手筈になっていた。

最初は新得バンドの練習小屋。

曇りのおかげで影はなくなったので、予定していた場所で僕と岸本さんは田代さんからの連絡を待つ。

軽トラックがやってくるところからカメラを回し始め、小屋から楽器を積み込むところを全員が1ショット内に収まるよう手持ちで狙うつもりだった。

しばらくして田代さんから電話がかかってきた。

岸本さんが応答する。

新得駅の踏切を越えたという報告だった。

一発狙いでいつ被写体が来るか分からないときは、いつも岸本さんのマイクが頼りとなる。

車の音が近づいてくると岸本さんは僕の肩をたたいてくれた。

僕はRECボタンを押す。

この日最初の撮影が始まった。

宮下さんの軽トラックが角を曲がってやってきた。

陽気な声と太鼓の音が聞こえる。

小屋の前で軽トラックは停まった。

乗っていたのは山田聡美さん、あかりちゃん、山田圭介さん、定岡美和さん、西村嘉洋さん、西村有里さんの6人。

皆の楽しそうな笑顔と笑い声に加え、全員毛布やジャケットを着込んできているので、寒くて曇っているにも関わらず、逆にとても暖かい雰囲気が辺りを包み込んでいた。

到着したときはあかりちゃんのことで盛り上がっていた。

皆とても楽しんでいるようだった。何故だか分からないけれど、豊かな人たちだなとファインダーを通して思った。

それぞれ楽器を小屋から出し、談笑しながら準備が進められていく。

最初の予定では1ショットずつ被写体の方々に協力してもらいながら撮ろうと思っていたけれど、気が付けばいつもと同じ関係で自然と撮影をしていた。

むしろそれでよかったと思った。

被写体の方々が楽しんでくれているのを僕らは周りからそっと撮らせてもらった。

この場所最後のショットはロング。

太鼓の音とヤンさんこと西村嘉洋さんの「あ〜」という奇妙な声を残して軽トラックは発進していった。

次は共同学舎の食堂前での撮影。

その日ちょうど食堂にいた宮島望さんたち3人の方にベランダに出ていただき、食堂前の道を軽トラックが駆け抜けていくところを撮影した。

ベランダの人数が少ないのは予定外だったけれど、それがかえっていい味を出していた。

宮島さんの朗らかな声がいい余韻となった。

このカットは僕のカメラ操作の失敗で2回撮る羽目になってしまった。

2回目をお願いするのは何とも情けない気持ちである。

まだまだ練習が足らないなと反省した。

そのまま次は牧草地沿いの山道を登っていった。

下りで被写体の方々の軽トラックを後ろから撮る予定だったけれど、皆のテンションが高まっていると感じたので登りから下りまで一気にカメラを回すことにした。

途中、牛たちに被写体の方々が手を振るところが撮れたり、一瞬雲間から日が指したりといい感じでいけたと思った。

何故かは分からなかったけれど、被写体の方々は「そば、そば」と歌っていた。

ミンタル前で小休止。

その時、僕はヤンさんに憲一さんの赤いニット帽を被らせてもらった。似合うとおだてられ、僕も気に入ってしまったのでそれ以降ずっと被って撮影をさせてもらった。

さて、学舎前の一本道で僕は被写体の方々の軽トラックに乗り込み彼らのアップを撮らせてもらった。

残念な事に僕が乗る位置を誤ったため、ヤンさんの顔をいい位置で撮る事ができなかった。

惜しいことをしたと悔やんだ。

直後に、一本道にある小さい橋を軽トラックが駆け抜けるところを撮った。

音楽と共にゆっくりと左から右に軽トラックは抜けていった。間抜けな感じが笑いを誘った。

ここまでで、予定より1時間遅く開始したにも関わらずほぼ予定通りに進んでいた。

昼を少し回るけれども、新得駅と商店街を撮った後に昼食をとることとなった。

駅での撮影は残念ながら概ね失敗となった。

屋内からいざカメラを構えてみると、建物の前にある看板が障害となって外がよく見えなかった。

次に決定的だったのは窓が高すぎて軽トラックの屋根しか見えなかった。もう一度撮影したけれど、これは無理だと早々に諦めて逃げるように駅から飛び出した。

岸本さんには笑われてしまった。

つぎに、商店街を駆け抜けていく軽トラックを撮影した後、僕らはそのまま洋服屋「ゆあさ」さんへと向かった。

ご自宅の玄関を通らせていただき屋上へ抜けた。

想像していた以上に商店街が一望できるいい屋上だった。

駅のロータリーから出てきた被写体の方々を乗せた軽トラックを手持ちで追いかけた。

被写体の方々のテンションは今だに高いようだった。

「ゆあさ」さんから出てくると、表で田代さんと被写体の方々が僕らを待ってくれていた。

どうも「そば祭り」が近くで開催されているようで、昼飯をそこで食べることとなった。面白くなりそうだったので、僕もその軽トラックに乗り込んで撮影する事にした。

「そば祭り」へ向かう途中、やはり「そば、そば」と皆延々歌っていた。

会場に近づくにつれ人が増えてきた。

僕らが乗った軽トラックは太鼓を鳴り響かせながら「そば、そば」と騒いでいるので、その場にいた人々の視線を一身に集めながら進んでいった。

変なテンションで被写体の方々は楽しんでいるようだった。

つつましい会場では大勢の人たちでにぎわっていた。

残念ながらそば屋は全て行列ができていた。

並んでいる時間はなかったので、我々が用意したお結びを食べた。

やはりおむすびは食べているうちに全て崩壊してしまった。

それでも皆さん楽しんでいただけたようなので何よりだった。

後半の撮影は再び共慟学舎から始まる。

移動中、徐々に太陽が顔を出し始めた。

僕らが牧草地の頂上に着く頃には、すっかり晴れ模様となった。

ここは晴れでどうしても撮りたかったので、新得の山々に感謝した。

ここでは箕浦さんも軽トラックに乗り込み、被写体の方々の写真を撮っていた。

晴れた空、緑深い木々たちの横を軽トラックが音楽を流しながら走っていった。

牧草地から食堂前に降りるとき、流れ行く木々の隙間から輝く太陽を荷台から撮影した。

僕はこういう太陽が一番好きだ。とてもすがすがしい気分になる。

聡美さんがあかりちゃんのおしめ交換をしに食堂へ行ったのでここでまた小休止。

するとヤンさんがギターで静かに演奏を始めた。

僕は音楽の事は良くわからないけれど、ヤンさんのギターにはいつも惹きつけられる。

なんだか特別な力が宿っているような気がする。

ぽかぽかした陽気と音楽で山田圭介さんはうたた寝を始めた。

西村有里さんと定岡美和さんはリラックスして聞きほれていた。

僕と岸本さんはすぐに撮影を始めた。田代さんを見ると、この場を撮ってくれといわんばかりの笑顔でこちらを見ていた。

田代さんと息が合ったのも嬉しかった。

何だか日曜日の朝に二度寝をしているかのように気持ちのいい時間だった。

聡美さんとあかりちゃんが戻ってきたところで一同は国道へと向かった。

再び後ろから追いかけた撮影となる。

共慟学舎前の一本道を曲がったところでカメラを回し始めた。

思いっきり晴れた空が我々の前に現れた。

撮影中にも関わらず思わず僕は感嘆の声を漏らした。

まるで新得の大地に祝福されているかのような光景だった。

国道。

ここでも空は晴れ渡っていた。

山田夫妻の家を過ぎ、憲一さんの働く牧場も流れていき、どこまでも続く道をひたすら走る。畑の重機が雄々しい。

とても気持ちのいい雰囲気だった。

すると一台の車が僕らの軽トラックを追い抜いて前の軽トラックの間に割り込んできた。

危険な幅寄せの後、罵声を残して去っていった。

車道の脇に車を止めると、詰まっていた後ろの車が次々と走っていった。

我々のせいでかなりの渋滞を起こしてしまっていたらしい。

警察から許可はもらっていたのだけれど、やはり迷惑をかけてしまっていたようだ。

何にしても怪我人がでなくて本当に良かった。

次は宮下家の前にある一本道での撮影だった。

この場所での撮影は、最初に田代さんからこのシーンの話をされた時から撮りたいと思っていた。それだけにとても楽しみでもあり、緊張もしていた。

その前に、国道からの曲がり角にあるそば屋でトイレ休憩を取った。その間に田代さんは、宮下夫妻に道路の左側の畑で仕事をしておいてもらうようお願いをしに行った。

車を走らせながら宮下夫妻を撮るためだった。

傾きかけた日の光を浴びて、ヤンさんと圭介さんがじゃれあいながらトイレから帰ってきた。

森の妖精が酔っ払ってじゃれあっているかのような幻惑的な動きだった。

それを見ていた皆は暖かい笑い声をあげた。

その後、各々の持ってきた楽器で軽いジャムセッションが自然と起こった。

体と心が温まってきた。

被写体の方々のおかげで余計な緊張が消えた気がした。

準備が整ったところで出発した。

まず後ろから軽トラックを追いかけた撮影を行った。

この一本道はいつも静かで時間が停まっているような感じがする。

夕日を浴びて森が金褐色にざわめいていた。

被写体の方々は穏やかな曲を奏でている。

プロデューサーの藤本さんと故名犬ハッピーの家の前を過ぎて、緩やかなカーブを曲がると宮下夫妻の畑と自宅が見えてきた。

宮下夫妻は予定していた場所で畑仕事をしてくれている。

被写体の方々は手を振って親愛の挨拶を送った。

両手を挙げて宮下夫妻も応えた。イメージしていたショットが撮れて、僕と岸本さんのテンションが上がってきた。

ここはもう一度引き返し、今度は宮下夫妻のミドルショットで同じ事を繰り返した。

宮下さんも文代さんも、とても楽しそうで爽やかな笑顔をしていた。

「アホやな〜ホンマに」という言葉が宮下さんらしい。軽トラックが去ると、二人は畑仕事に戻った。

すぐにいつもの宮下夫妻のやり取りに戻ったのが微笑ましかった。

しばらくして被写体の方々を乗せた軽トラックが引き返してきた。

しばし宮下夫妻と皆で談笑した。

僕の位置からでは何について盛り上がっているのかは分からなかったけれど、後で田代さんから聞いた話だと、宮下家の畑で取れた下半身裸の人型にんじん(男女)について文代さんが大興奮とのことだった。

次に、一本道を走る被写体の方々を乗せた軽トラックに並走して撮影した。

こういうシーンではこのショットは必ず必要だと思った。

背景には光り輝く夕日と走り去る森の木々。

僕はずっとファインダーをのぞいていたくなった。

幻想的な光景だった。

計画では一度車をとめ仕切り直す予定だったけれど、雰囲気は途切れていなかった。

田代さんも僕もそう考えていたので、カットをかけずそのまま新内小学校までカメラを回し続けた。

柏の木の周りをぐるぐる回ったところで、我々が乗っていた方の車が大きな溝にはまって激しくゆれた。やむなくカットとなった。転落するかと肝を冷やした瞬間だった。

そのまま柏の木での撮影を行った。

この場所は見ている観客に印象付けたかったので、シンプルにその場が分かりやすくするため柏の木と新内小学校がいっぱいに入るまでカメラは引いた。

音楽が近付いて来て、左から軽トラックが入ってくる。思い出の柏の木を2周すると、芝生の上を跳ねながらこちらに向かって走ってくる。

音楽も大きくなる。

カメラの目の前を横切って車道へと去っていった。

乗っていた美和さんの笑顔が楽しそうで印象的だった。

ここにきて空がまた曇り始めてきた。

山の近くは本当に天気が変わりやすい。

あと大ロングとラストショットを撮ったら終わりだったのだけれど、なかなか難しくなってきた。先に大ロングを撮り、晴れるのを待ってラストショットに行く事に決まった。

大ロングは登り道の途中から宮下家前の一本道を撮った。

見苦しいと思っていた巨大な送電線もかえって壮大な感じだ。

フレームでは米粒ほどもない軽トラックが一本道をゆっくりと走っていく。

しかし面白い事に音楽は聞こえてくる。

曇ったのは残念だったけれど、雰囲気のあるショットが撮れたと思った。

ラストショットの準備を終え、やむなく天気待ちとなった。しかし一向に晴れる気配はなく、日没も近づいてきた。

良くないことだけれど気持ちが焦ってくる。

何とか撮りたかったので、日はあたっていないけれど、保険として一度撮ることとなった。

しかし、カメラが車道に出ているので、被写体の方々を乗せた軽トラックがこちらにくる前に何度かカメラが逃げなければならなくなった。なかなか上手くいかない。そして、そうこうしている内に日没が訪れた。

残念ながらラストショットは撮れなかった。

でも、今にして思えば逆にそれはそれで良かったような気がした。

この日は山田憲一さんが参加できなかった。

全員を撮る前にこの映画の最後を撮るな、と新得の大地に説教されたのだろう。

次回のロケでもう一度何とか撮影を行うと田代さんも決めていたようなので、残念だったけれど気落ちはしなかった。

今回のことも踏まえて、次に臨みたいと思う。

機材をしまい、使った楽器を整理し終えて今回のロケは無事終了した。

打ち上げ。合宿所に帰ってくると、被写体の方々は流石に疲れたようでぐったりしていた。

僕たちは簡単な料理とお酒でつつましい打ち上げを始めた。

少し呑んだところでヤンさんと圭介さんはすぐに横になってしまった。

撮影中にだいぶお酒を呑んでいたらしい。

あのテンションの高さに敬意を表し、風邪をひかぬよう二人に毛布を掛けた。

しばらくして、仕事を終えた憲一さんがやってきた。

皆で今回のラッシュを見た。

どんな反応がくるかとドキドキしていたけれど、被写体の方々はとても楽しんで見てくれた。

狙い通りにいったところも行かなかったところも色々あったけれど、彼らに喜んでもらえ、楽しんでもらえ、優しく受け入れてもらえただけでも本当に嬉しかった。

また新得にきたいと思った。また撮りたいと思った。

最後まで和やかで暖かい空気に包まれた一日は、皆の笑顔と笑い声で締めくくられた。

<今回の撮影を振り返って>

実は、僕がこの「空想の森」というドキュメント映画に積極的に参加したいと思ったのは、初めて田代さんとお会いしたときに今回の撮影の話を聞かされた時だった。

田代さんはとても嬉しそうにそのアイディアを初対面の僕に語ってくれた。

まだこの場所、住んでいる人々、環境など何もわからなかったけれど、そんな田代さんを見て、自分も勝手に想像してみて、面白くなりそうだなと感じたのをはっきりと覚えている。

そして、そのシーンを本当に撮影できたことが嬉しくてたまらない。

正直に言って、僕の力不足で失敗したショットはたくさんある。

ラッシュを見て、何でこうしなかったんだろうと申し訳なく思うことが今回も多かった。

でもそんな僕は、この作品に参加されている被写体の方々からいつも力を頂いてきた。

皆さんが仲の良い仲間たちと語り、輝かんばかりの笑顔を見せてくれる度に、この人たちをもっと撮らせてもらいたいと心から思った。

元気が出てきた。

最後に、この大事な撮影を僕に任せてくれた田代さんに感謝したい。

このシーンを自分で回せたことも嬉しかったけれど、それ以上に田代さんに信頼してもらえた事が本当に嬉しかった。

また、この作品に誘ってくれた岸本さんにも感謝したい。

僕が下手したら一生知ることのできなかったであろう世界を覗かせて頂いた。

そして、数奇な巡り合わせによって被写体の方々の素晴らしい笑顔に出会えた僕は、本当に幸せ者だと思った。

<了>

空想の森便り 第9号 2006年8月

2006年8月
「空想の森」便り 第9号
監督 田代陽子

 

みなさん、こんにちは。

映画「空想の森」は2005年2月に撮影を終え、今年5月頃より、ようやく編集段階に入りました。

パソコンでやっているのですが、これがまた一筋縄ではいかないのです。

機械のやり方を覚えて慣れるまで時間がかかり、機械の不具合の連続でそれを直すのに時間がかかり・・・と四苦八苦しています。

少しづつですが、シーンごとにまとめたものができてきました。

完成までにはもう少し時間がかかりそうですが、途中段階の映像を色んな人に見てもらいながら編集を進めていきたいと思っています。

昨年夏、この映画の登場人物(山田憲一、聡美、山田圭介、西村嘉洋、定岡美和)のやっている新得バンドのメンバーに曲をつくってもらい、豊之進劇場と新内ホールの2ケ所でレコーディングをしました。

それをCDにしてジャケットをこの映画のパンフレットがわりにしようということになりました。

録音部の岸本君が整音をしてCDの方はできました。あとは500枚くらいコピーしてジャケットをつくれば完成という段階です。

CDのタイトルは「空想の森」で、6曲ほど収録して30分くらいです。

現段階でラッシュ上映会が決まっているところをお知らせします。

応援団の皆さんにはぜひ見て頂き、感想やご意見などをお聞きしたいと思っています。

札幌で9月に決まったのですが、お近くの方はぜひ見に来てください。

ビデオなので音もついています。

お知り合いの方などお誘い合わせてご来場ください。

映画「空想の森」札幌ラッシュ上映会 —無料—

日時 2006年9月3日(日) 19:00〜20:30

場所 札幌エルプラザ3階 音楽スタジオ1 *JR札幌駅北口より徒歩3分

住所 札幌市北区北8条西3丁目札幌エルプラザ内

電話 011—728—1222(代表)

*駐車場 エルプラザ北側に立体駐車場(高さ155センチまで)がありますが、1時間300円の料金がかかります。

問い合わせは田代まで 電話/ファックス 0155—24—3638

 

<田代陽子の撮影日記>

2005年12月1日

共働学舎食堂にて。

宮嶋京子さんのンタビュー撮影。

共働学舎新得農場代表の宮嶋望さんの妻で、私たちの撮影の時はいつも快く受け入れてくれる。

販売用のケーキを焼いたり、学舎の生活面の中心的存在で2年程前にできた交流施設ミンタルの責任者をしている。

多忙な方なので今までゆっくりお話をする機会がなかった。

一度じっくりお話を聞きたいと思っていた。

 

2005年12月2日

宮下さんの仕事。

とうみがけの撮影。

11月に蕎麦の実を落してふるったものを袋につめて作業小屋においてあった。

それを今度は簡単な機械を使って蕎麦の実だけに選り分けていく。

宮下さんはまず、作業しやすいように使うものをセットしている。

私はいつも思う。

この小屋は作業に合わせて変幻自在に変化する空間だ。

天井の梁といっても少し背伸びすれば届く高さなのだが、この上には色々な道具やものが置かれている。

老眼鏡、テッシュ、などなど。

とうみがけ作業は簡単な機械を使う。

スイッチを入れると扇風機の羽根のようなものがグルグル回って横風をつくる。

上から蕎麦の実を落していくと、軽いゴミは前へ吹き飛ばされて行く。

重みのある蕎麦の実は手前の出口に落ちていく。

使いやすいように形を切りサイズを合わせた段ボールが置かれていて、そこに落ちてくる蕎麦の実がたまっていく。

その実をまた機械に入れてさらにゴミを飛ばす。

そしてまた3回目の機械にかける。

3回目は実が落ちてくる段ボールの前に座り、蕎麦の実に混じって落ちてくるてんとう虫やさなぎなどを見つけてはつまみ出していく。

一つの袋につき3回機械を通すので、時間と手間がかかる。

こうやって丁寧にきれいにしたものを業者に渡し、そば粉にして乾麺をつくるのだ。

そして、ひと袋200円くらいで販売する。

雪がちらついてきた。

気温もぐっと低くなって寒くなってきた。

暗くなっても明かりをつけて黙々と作業を続けていた。

 

2005年12月28日

共働学舎もちつきの撮影。

朝、まず食堂へ。

ちょうどみんな朝食が終わった頃。

望さんは桜井さんに肩をもまれながら、そこにいるみんなに軽やかに話をしていた。

「伊藤君と対談して学舎の本質をえぐり出したいんだ。」と。

伊藤さんも自分の体験した不思議なことを話したりしていた。

伊藤さんと望さんの対談を記録してそれをまとめて冊子をつくらないかなどと吉田あゆみちゃんに話したりしている。

厨房では佳子さん、池田のおばさん、まゆこちゃんなどがわらわらと掃除をしながら餅米をふかしている。

食堂の前に臼ときねがセッティングされた。

もうすぐ出かけなくてはいけない望さんがあいのてでもちを返す人、伊藤さんがつく人でもちつきが始まった。

途中ともひろ君が乱入。

伊藤さんとチェンジ。

すごい力で実に嬉しそうにもちをつく。

望さんが声をかけリズムをとりながらもちを返し、順調についていくと思いきや、突然途中で止まったりするともひろ君。

「タイミングずれてこえー」と笑いながらもちつきは続く。

つきあがったもちは食堂へ運ばれ、女性陣がのばしてゆく。

厨房では聡美さん、まきちゃん、あゆみちゃんなどが、あんこや大根おろしや納豆の用意をしている。

加藤家の子供たち3人、竹田家の子供たち3人、宮嶋家の3男ゆうき君が面倒をみながら先にお餅を食べている。

あかりは加藤家の長女のさやの膝に抱かれて、おもちを食べさせてもらっている。

外は曇ってきて寒くなってきた。

聡美さん、あゆみちゃんも外に出てもちをつく。

聡美さんは一番重い杵でつく。

いつも身体を使って仕事をしているので力がある。

圧巻だったのは愛三君だ。

大きな体で杵を軽々と振り上げそしてドスドスとついていく。

見ているギャラリーも盛り上がる。

気持ちいいくらいにどんどんもちがつきあがっていく。

雪もちらつきはじめ、一段と寒くなってきた。

子供たちは元気にソリ遊びをしたり、もちをついたり大いに楽しんでいる。

大人たちはあったかい缶コーヒーやお酒を呑んだりして体を暖めながらもちつきは続いた。

 

2006年1月10日

新内周辺の風景撮影。

昨日まで天気が悪く、今日から回復していく感じだった。

そして今晩は満月の日。

宮下さんの家周辺にて撮影。

空を見上げると飛行機雲がつくられていく。

夕方、上佐幌の高台の方へ上がっていくと、そこは幻想的な風景が広がっていた。

雪原は霧に包まれていた。

遠くの日高山脈の方に太陽が沈みかけていて、夕日が紅く山々を染めていた。

陽が当たっていないサホロ岳の方は蒼白く水墨画のように見えた。

そこでしばらく刻々と変わっていく風景をみながら撮影。

月が出てくるまでジッと待った。まんまるの少しだいだい色をした月が出た。

上佐幌からと新内におりていって撮影をする。

満月は明るい。

雪原に防風林の影が映る。

かじかむ手をこすりながらファインダーの満月を見いつまでも見ていた。

 

2006年1月13日

山田家にて。聡美と憲一さんインタビュー撮影。

この一年、山田家はどう暮らしていくのかを色々考えた年であった。

自分たちの農場をつくっていきたいと独立をしようと考えたりした。

今の時点での聡美さんと憲一さんの思ってることを聞いてみた。

 

2006年1月18日

共働学舎工芸室にて。

加藤佳子さんの仕事の撮影。

佳子さんは本来工芸の仕事をする人だ。

野菜部に人出がなくて手伝っているうちに重要メンバーになってしまい、野菜の仕事がある間はほとんど工芸ができなかったのだそうだ。

飼っている羊の毛を刈って、毛糸にして帽子をつくったり、フェルトにしてマットをつくったり、とうもろこしの皮で人形をつくったりしている。

この日はとうもろこし人形づくり。

とうもろこしの皮を集めて大きさを分けて乾燥させ、それを人形の芯に何枚も重ねて人形をつくっていく。

手間と根気のいる仕事だ。

つくりながら、なぜ学舎に来たのか、人形をつくることは自分にとってどういうことなのかなど話してくれた。

いつも大勢の中で仕事をする佳子さんしか見たことなかったが、この日はつかの間一人静かに人形に向き合う佳子さんがいた。

午後、食堂でフェルトマットづくりの撮影。

いつものようににぎやかな中に佳子さんがいる。

杏奈、聡美さん、池ちゃん、あゆみちゃん、ラモーナ、まきちゃんなどが参加して、それぞれ思い思いにフェルトマットをつくっていた。

できあがったものはミンタルで販売する。

 

 

2006年1月20日

宮下さんのインタビュー撮影。

なんで農業をやろうと思ったのかなどを聞く。

宮下さんとは撮影をしながら、またはいっしょに飲む時にこれまで色々と話してきた。

改まって話を撮影するのは初めてだ。

 

2006年1月30日

新内移動撮影。

車を走らせながら風景撮り。

今年は雪が少ない。

道路は地面が見えている。

 

2006年2月5日

新内移動撮影。

車を走らせながら風景撮り。

途中ちらちら雪が降ってきたりした。

これで撮りたいと思った全ての事柄を撮影した。

クランクアップを決めた。

夜、一人ささやかに撮影終了を祝う。

空想の森便り 第8号 2006年1月

2006年1月
映画「空想の森」便り 第8号
監督 田代陽子

2006年になりました。

みなさん、いかがお過ごしですか。

この冬、北日本の各地で大雪のための被害、犠牲者がでていると連日報道されています。

私の住む十勝は今の所雪は例年並みです。

昨年は日本だけでなく、世界の色々な地域でも自然災害が随分と多い年だったなあと改めて思わされます。

そういえば撮影の時、十勝で野菜をつくっている宮下さんは

「今年は異常気象だとここ数年毎年言っているなあ。」

と私に言ってたことを思い出します。

 

 

<田代陽子の撮影日記>

2005年9月15日。 宮下さんの畑仕事の撮影。

人参の収穫。

玄関前。

土間にて仕事準備。

玄関前で傘を干す文代さん。

まずは包丁を研ぐ宮下さん。

コンテナを軽トラの荷台に積む。

人参を抜く宮下さん。

人参の葉を切る文代さん。

しゃがみながら畑を移動してゆく。

作業をしながら宮下家の作品について話す二人。

畑には私たちがスーパーの野菜売り場では絶対に見かけない形のものが出てくる。

それは男の人の体だったり女の人だったり見事な造形美なのだ。

そういう人参を見つける度に、宮下さんと文代さんは

「そりゃ大したことないわ。」とか「これは傑作だ。」

と言っては盛り上がっている。私も撮影中何度となく作品を見せてもらった。

抜いたばかりの人参は土がついて湿っている。

抜いた後しばらく脇に並べて葉を切り落としているうちに乾いてくる。

それからコンテナにつめていく。

葉や亀裂がはいっているのや細すぎるものは畑に残していく。

そのまま畑の肥やしになるのだ。

少し早く文代さんは畑から上がって昼食づくり。

宮下さんはギリギリまで畑の作業を進める。

台所にて人参を切る文代さん。

手早く昼食の準備を進める。

上がってきた宮下さんはまず土間で仕事着を脱ぎ、洗面台で石鹸で手をきれいに洗う。

人参のサラダ、ズッキーニの揚げ物、カレーライスなど。

撮影の時、私もいつもご馳走になる。

文代さんの料理はいつもおいしい。

午後。

宮下さんは食べ終わると畑に向かう。

文代さんは昼食の片づけをしてから。

文代さんが畑にやってくると、あうんの呼吸でコンテナに詰めた人参を軽トラの荷台に運ぶ2人。

さすがだ。

蕎麦畑。ひょろひょろと細長いそばには、小さな小さな実がみのっている。

草を刈るくらいの大きさの鎌でそばを刈る。

宮下さんは一振りでザーッと一気に刈っていく。

文代さんは3回くらいに分けて素早く刈っていく。

腰をかがめ、根元から刈るのでかなり大変そうだ。

素早い動きだなあと思って見ていると、昔からやってる人は刈るのがもっと早いんだそうだ。

島立てをする2人。

刈ったそばを束にして実の方を上にして2人で蕎麦を支えながら円錐形にする。

その頭に2束くらい蕎麦をのっけて出来上がり。

こうやってしばらく天日に干して実を熟させる。

畑にそばの島立てが立つ姿は実に美しい。

宮下さんの島立ては、特に形がきれいだと私は思う。

蕎麦の実落としをする2ヵ月後くらいまで美しい形が保たれている。

夕方になっても、一人でそばを刈り、島立てを続ける宮下さん。

キラキラした夕日を浴びながら仕事をしている畑での宮下さんの姿は風景に溶け込んでいた。

 

2005年9月16日。 聡美さんの畑仕事。

金曜日の野菜の配達の準備。

泉さんの畑にて、人参の収穫。

枝豆の収穫。ねずみに結構食べられていた。

とうきびの収穫。鹿の被害にあっていた。

この日、聡美さんは、カメラに向かってよくしゃべった。

集荷場にてかぼちゃを乾かす。

学舎内の畑にて、下仁田ねぎの収穫。

ミンタルにて、聡美さん、美和ちゃん、真実ちゃん、杏奈さん。出荷場にて枝豆を束ねて新聞紙にくるむ。

泉さんの畑にて、人参の収穫。

そばの相談をする聡美さんとあゆみちゃん。

そば畑にて、実の入りをチェックする聡美さん。

出荷場にて人参の葉を切る。

イモを計って新聞紙でつくった袋に入れる佳子さん。

人参の選別をする聡美さん。

帯広方面チーズや野菜の配達に出発する高橋君。

人参の傷やボコボコ肌について話す聡美さんと村上君。

 

 

<撮影日記 2005年9月23日〜27日>

2005年9月23日。雨。夕方から天気が良くなった。

12:00 新得警察署に寄って、道路使用許可書と荷台乗車許可書を受け取る。

今回は新得バンドのメンバーに軽トラックの荷台に乗ってもらい、車を走らせながら演奏するところを撮影するのがメインの撮影。

この時期はデントコーンの刈り取りで酪農農家は最も忙しい。

憲一さんはどうしても休みが取れず、撮影に参加できないのがとても残念。

トランペットの圭介さんは新得を離れ、もう間もなく道南へ移住することになっているので、これが最後のみんながそろう機会になる。

一坪君をJR新得駅に迎えに行く。

そして共働学舎へ。

食堂に聡美さんがいたので挨拶をする。

野菜を買いたいので行ったのだが、自家用野菜を分けてくれた。

かぼちゃ、下仁田ねぎ、ピーマン、人参、イモ、ズッキーニ、トマト、ミニトマト、ししとう、なすなど。

今回も美味しい野菜をみんなで食べながら撮影ができる。

ミンタルに寄り、チーズを少し買う。

今晩の夕食を一坪君と相談し、カレーライスをつくることにした。

町に戻り、フクハラでカレールーと豚バラを買い、宿舎のじいちゃんちへ向かう。

13:30 まずは、トイレ、風呂、居間など掃除。

そしてお茶を飲みながら今回の撮影について2人で話す。

明日の移動撮影は、この映画の最後の方にもってくる予定でいる。

最後に出て来た人たちの顔を舞台になった新得の風景といっしょにもう一回見せたいと思っている。

17:00 夕食の準備をはじめる。

一坪家はカレーにいもを入れないそうだ。

ズッキーニ、トマト、人参、なす、豚バラなどを入れて一坪君がくる。

19:00 岸本君を迎えに新得駅へ。

19:50 戻ってきて、みんなで夕食。

カレーライス、キャベツとセロリと梨のサラダ。

とてもおいしくできていた。

23:00 風呂。

0:30 明日の撮影のことを少し3人で話し、就寝。

私はいつも撮影の前は恐いような緊張した気持ちになる。

スタッフと顔を合わせて話していると、そういうものが溶けていくような感じになる。

 

 

2005年9月24日。快晴。風もほどんどなし。

8:00 起床。私は腰浴。

8:45 朝食。パン、紅茶、チーズ(フロマージュブラン、ラクレット、レラ・ヘ・ミンタル、シントコ、カマンベール、プチ・プレジール)、ホエイジャム

9:30 ロケハンの準備。

10:00 出発。新得バンドの練習小屋、学舎など、撮ろうと考えている場所へ行って、どう撮ろうかイメージを具体的にしていく。

走るスピードもどのくらいがいいか試してみたりする。

牧草地の奥までいって車を切り返せるところなど確認する。

ミンタルで、ソフトクリームを食べながら打ち合わせ。

そして線路や駅周辺、町のメインストリートへ。

駅前通りを車を止めて3人で歩きながら話していると、一坪君が建物の屋上から撮るのによさそうなところを見つけた。

洋服屋さんのゆあさというお店だ。早速お店の人に交渉すると、明日の屋上からの撮影をOKしてくれた。

そして新内へ戻り、宮下さんと少し話す。

明日は宮下さんにも協力してもらうのだ。

そしてよければ、今晩の夕食をじいちゃんちでいっしょにどうかとお誘いした。

帰りにはね玉ねぎ、カボチャ、人参をいただく。

14:00 昼食。ソーメン。雑炊(卵、小松菜)、肉味噌なす。

15:00 ロケハンの続きに出発。新内小学校周辺と上サホロ。

今までの場所で撮ろうと思っているカットが多いので、上サホロは時間が余ったら撮るということになりそうだ。

高台なので、山の眺めが素晴らしいところなのだ。

この時、光の加減がとても素晴らしくて山、畑など見えるもの全てが美しかった。

16:40 町へ。フクハラで米などを買う。

17:30 宿舎に戻り、明日の打ち合わせ。

どこで一緒に乗って顔を撮るのか、どこで並走するとか順番に具体的にイメージをする。

18:50 夕食準備。カボチャの煮物、カボチャの薄切りフライパン焼き、昨日のスープカレー。お米は明日もあるので15合炊く。

明日のお昼はゆっくりと食べる時間がないと思うので、3人で10人分のおにぎりをつくる。

19:30 宮下さん、文代さんやってくる。なすの煮びたし、まいたけと野菜の天ぷら、白ワイン、赤ワイン。

前に撮ったビデオも流しながら、ご飯をみんなで食べる。

20:30 西村さんが来る。明日は用事があるとのこと。ひとしきり話して帰っていった。

20:50 文代さん、倉本聡のドラマを見に家へ帰る。

そのドラマに宮下さんの京都の実家近辺が映るらしい。

23:00 美和ちゃん仕事帰りでやってくる。

聡美さんがつくったカボチャパイを持って来てくれた。

スープカレーを食べる。宮下さんもカボチャパイを食べる。

23:30 ドラマを見終わった文代さんが宮下さんを迎えに来る。

ドラマはとてもよかったそうだ。

明日の撮影のことを簡単に説明する。宮下さん、美和ちゃんを見送る。

明日は結構長時間の撮影になりそうなので、みんなの様子や天候を見つつ、とにかく午前中の感じを見て、午後はそのままいけるか、または変更するか判断しようということを話した。

0:30 風呂。

1:00 就寝。

 

 

2005年9月25日。曇り。少し寒い。次第に晴れてきた。

7:30 起床。腰浴。

8:30 朝食。おかゆ(小松菜、梅干し)

9:30 宮下さんのところへ軽トラを借りにいく。

聡美さんがちょうど通りかかる。

10:00 美和ちゃん、箕浦さん、圭介がやってくる。

撮影隊は憲一さんの軽トラに乗る。

今回は箕浦さんが撮影隊の車の運転手兼スチール撮影を担当してくれる。

被写体の聡美さん、あかり、美和ちゃん、圭介さん、嘉さん、有里ちゃんが乗る宮下さんの軽トラは、私が運転手をする。

箕浦さんと撮影隊は聡美の車に乗って北広牧場まで行き、憲一さんの軽トラに乗り換え、初めの撮影場所の練習小屋へ先に行く。

10:20 嘉さん、有里ちゃんが到着。コーヒーなど飲みながら今日の撮影の説明をする。

10:45 曇っていて寒いので、みんなに着込んでもらう。

昨日の暖かく穏やかな日が恨めしい。

もし寒くて大変だったら、残念だけど途中でやめて次を考えようと思いながら、寒さをしのぐためのウイスキーのボトルを1本みんなに渡し、おにぎりとお湯のポットをのせ、6人を軽トラの荷台に乗せて出発。

赤ちゃんのあかりもいっしょだし、とにかく安全運転でいこう。

それにしても曇っていて寒い。

吹きっさらしの荷台はさぞかし寒いことだろうと少し心配になる。

そんな心配をものともせず、荷台から早くもタイコの音や歌が聞こえて来た。

いい感じだなあと思い、岸本君にもうすぐ到着すると電話をした。

練習小屋に着く頃はあかりを中心にぞうさんの歌を歌っていた。

何だかおもしろそうなことになりそうだと思った。

練習小屋からタイコなどを積み込み、学舎へ向かって出発。

携帯電話でタイミングをやりとりしながら撮影だ。

11:30 牧草地の上まで上がって行く。

「ソバ、ソバ」などと嘉さんを中心に即興の歌をみんなで歌っている。

後ろから撮影隊の軽トラが撮影しながらついてくる。

牧草地から食堂までゆっくりと下っていった。

遠くに新得の町も見えて来た。少し太陽の光が出てきて暖かくなってきた。

みんなも気持ちよさそうに歌ったり楽器をたたいたりしている。私は車を止め、食堂に入る。

日曜日のせいか、ミンタルにはお客さんがたくさん来ているようできっと忙しいに違いない。

食堂には代表の望さんと他2人しかいなかった。

3人に食堂のベランダから車に手を振ってもらうようお願いし、みんなが乗った軽トラが食堂の前を走っていくところを撮影。

イメージではもっと沢山の学舎の人に手を振ってもらうはずだったのだが、人がいないので仕方がない。2テイク撮った。

そしてもう一回牧草地の上まであがって、今度は一坪君も荷台にいっしょに乗り込んでの撮影。

12:30 天気も回復してきて順調に撮影が進んだ。

学舎を後にして今度は町の方へ向かった。途中踏み切りの所で撮影した。

そして一坪君らが駅の中に入り撮影の準備をし、私たちの軽トラは新得駅前のロータリーをグルグルまわりながら歌ったり楽器をならしたりした。

駅前を歩いていた人から手を振られたり、かなり注目された。

昨日お願いしたゆあささんの屋上からも撮影した。

いいペースで撮影は進んでいた。

12:50 今日は新得町役場前で、そば祭りが行なわれているそうだ。

撮影は順調に進んでいるので、お昼はそば祭りで蕎麦を食べようということになり、そのまま役場へ向かう。

だから「そばそば」と歌っていたのか。役場前の広場はすでにすごい人であった。

私は車をどこに止めようかとグルグル周りをまわっていた。

その間も荷台の6人は歌ったり、タイコたたいたりしている。

まるでそば祭りの宣伝のちんどん屋のようだった。

ようやく車を止め、人で溢れかえっている会場に入ると、店の前はどこも長蛇の列。

私たちはゆっくりもしてられないので、そばを諦め座るところを確保し、持って来たおにぎりを食べることにした。

再び学舎へもどり、今度は牧草地からの大ロングの撮影。牧草地の方から下って行く時、嘉さんや圭介さんは大声を出して叫んでいた。

気持ちいい光の加減で叫びたくなる気分なのだ。

無事に終わり、食堂前に車を止めた。あかりのおむつ交換で聡美さんは食堂へ。

待っている間、軽トラの荷台でみんなまったりと過ごす。

嘉さんがギターをつまびいて、やわらかな陽射しをあびながら午後のシエスタという感じだった。

いい場面だなあと思い撮影隊を見ると、しっかり撮影をしてくれていた。

14:30 そして新内へ向かう。

すぐ後ろには撮影隊の軽トラがついて来ている。

憲一さんの働いている北広牧場を過ぎた辺りで、一台のバンが私の軽トラの後ろに入って来た。

ゆっくり走っているから追い越しをかけたのだろうと思いきや、私の車をなかなか抜いていかない。

あれっと思っていると、急ブレーキをかけてた。嫌がらせだった。

その後、私たちにも「バカヤロー」と怒鳴って走り去っていった。

とにかく事故にならなくて本当によかった。

新内の入り口で車を止めみんなに休憩をとってもらい、私は宮下さんのところに向かった。

もうすぐ通るので、この辺りにいて欲しいとお願いにいった。

宮下さんはキャベツの収穫をしていて、私の希望している場所で仕事をしていたのでばっちりだ。

みんなのところに戻ると、歌や楽器で遊んでいた。暖かい秋の光を浴びながら、嘉さんと圭介さんは子供のように原っぱを走ったり、寝転んだりして遊んでいた。

撮影隊はここもしっかり撮ってくれていた。

15:20 そして新内に向けて車を走らせた。

新内の森にラッパの音やタイコの音が響いた。

森の映画社を過ぎ、カーブを過ぎると宮下さんの畑が見えてくる。

左の畑で宮下さん文代さんが手を振る。

私たちも手を振った。

宮下さんのところから新内ホールまでの道は、何回か往復してキャメラがいっしょに乗ったり、並走したり、色々なカットを撮った。

太陽の光が周りの風景をいっそう美しくみせた。

私は後ろから聞こえてくる音楽を心地よく聞きながら運転していた。

新内ホールへと向かった。柏の木の下をぐるぐるまわったり、小学校をバックに走ったりするところを撮影。

16:00 ラストカットにと考えていたじいちゃんの家の前の道での撮影。

新内小学校の方から坂を上がって来て、じいちゃんちを過ぎ、空に向かって軽トラが走っていくイメージだった。

この時間になって雲が多くなって太陽が隠れてしまった。

しばらく太陽待ちをしていた。

一瞬雲の合間から太陽が出たところでスタートしたが、対向車が来たため、うまくいかず。

向かっていく空も曇っていた。

荷台では、途切れなく音楽は続いていた。

16:30 その後も粘ったが、だいぶ寒くなってきたので、最後に1カット撮って長い一日の撮影を終了。

あかりもよくつき合ってくれた。そのままみんなでじいちゃんちに入る。

18:30 私は軽トラを返しに宮下さんの家へ行く。

今晩の夕食をいっしょにと誘う。

カボチャと玉ねぎをたくさんもらって帰る。

そして私は飲み物を買いに町へ。

19:00 じいちゃんちに戻り、みんなでビールで乾杯をする。

夕食。カボチャの煮物(私)、カボチャスープ(美和ちゃん)、玉ねぎスープ(岸本君)、イモ炒め、豚肉と玉ねぎの炒めのも、サラダ(一坪君)。

みんなでつくりながら、話ながらにぎやかに夕食。

今日撮ったラッシュも少し見る。

20:30 仕事を終えた憲一さんがやってくる。

21:00 宮下さんがやってくる。

また今日撮ったラッシュをみんなで見る。

22:30 宮下さんと箕浦さん帰る。

23:00 有里ちゃん、嘉さん、憲一さんが帰る。

聡美さんは「この撮影のことをあまり考えていなかったけど、やってみてとてもおもしろかった。

このメンバーは大事な仲間なんだと改めて思った」というようなことを言った。

美和ちゃんは「初めは軽トラの荷台にのって演奏しながら走るなんてバカみたいで恥ずかしいと思ったけど、やってみて案外面白かった。どんな状況でも楽しめてしまうこのメンバーなんだなあ。」なんてことを言っていた。

私はホント、みんなつき合ってくれてありがとうと心の中で思った。

1:00 聡美さんとあかり帰る。

私は寝る。

圭介さんと美和ちゃんは朝まで話し込んでいたらしい。

 

 

2005年9月26日。曇りのち晴れ。

8:30 起床。腰浴。

圭介さんは朝、帰ったらしい。

美和ちゃんは泊まっていた。

10:30 バラバラとみんな起きて来た。

昨日の食器を片したり、洗い物をしたり、掃除機をかけたりする。

12:00 遅い朝食蒹昼食。昨日の残りのおにぎりでチャーハン(私つくる)、イモの味噌汁(私)、ズッキーニの炒めもの(岸本君)、肉野菜炒め(岸本君)、セロリとチーズと玉ねぎのサラダ(一坪君)。岸本君が豪快にフライパンを振る音がしていたので何が出てくるかと思ったら、ほんのちょっとのズッキーニの炒めものが皿にもられて出てきたのには、一坪君と2人で笑った。

岸本君はフライパンを振るのが好きらしい。

12:30 美和ちゃん帰る。

私たちはラッシュをみる。

途中、憲一さんから電話。

明日、仕事が休みなので、今晩泊まりに来るとのこと。

14:30 町へゴミを捨てに行く。

16:00 岸本君はおにぎりをつくる。

今回は忙しくて今日苫小牧からフェリーで帰るのだ。

私はカボチャスープをつくる。

岸本君は来年の春に東京へ出る決心をしたとのこと。

録音で本格的にやっていくつもりのようだ。

両親に話したら大反対されているとのこと。

岸本君も大きな一歩を踏み出そうとしている。

17:45 岸本君を新得駅に送る。

宮下さんが作業小屋にいたので挨拶する。

次回は10月15日集合で新内小学校の窯パーティーの撮影で集合だ。

移動撮影の足りない分も撮影しようと言って別れた。

19:00 夕食準備。ご飯を炊く。

一坪君はパンとチーズをいれた玉ねぎスープをつくる。

じゃがいものお好み風焼き。つくりながら色んな話をする。

20:30 憲一さん、美和ちゃん、聡美さん、あかりがやってくる。

いくらのしょうゆづけ、ふろふき大根を持ってくる。

みんなでご飯を食べながら今回の撮影の話などをする。

参加できなかった憲一さんが映像を見て、「自分が参加できなかったので、その映像を見たくないかと思ったら、客観的に面白く見られた。」と言った。

次の撮影は憲一さんも参加できるの移動撮影も参加してもらうことにした。

11:00 あかりと聡美さんは寝た。

0:30 美和ちゃん帰る。

1:00 一坪君寝る。

私と憲一さんはその後も話し込む。

3:30 就寝。

 

 

2005年9月27日。快晴。

8:30 起床。聡美さんとあかりはすでに起きていた。

憲一さんは散歩に出かけていた。

9:00 憲一さん、朝風呂に入る。

あかりは上機嫌。

朝食。パン、チーズ、かぼちゃスープ、梨、ざぼん、コーヒー。

10:00 一坪君起きてくる。

10:30 山田家3人帰る。

12:00 空想の森便りの宛名書きをする。

14:30 昼食。豚肉としょうがと玉ねぎのチャーハン、水餃子。

15:00 冷蔵庫整理をし、生ごみを捨て土をかぶせて穴を埋める。

食器を洗い、掃除機をかける。荷物を車に積み込む。

16:00 一坪君が帰るので宮下さんと文代さんに挨拶する。

宮下さんのそば粉でつくった乾麺のそばをいただく。

17:00 一坪君がミンタルでチーズをお土産に買う。

ハウスに聡美さんがいたので挨拶に行く。

村上君もやってきて少しみんなでおしゃべり。

牛舎の前の道、ハウスの前の道が舗装道路になっていた。

かなり前と違う印象になっていて少しショック。

そんなことなど話す。

18:00 新得駅で別れる。

私は10月の前半、一週間程山形国際ドキュメンタリー映画祭にいくので、次のロケまではあっという間だなあなどとつらつら思いながら家に向かって車を走らせる。

 

 

<田代陽子の撮影日記>

2005年10月4日 聡美さんの仕事。

学舎内の畑にて。カボチャ畑にて、カボチャ集め。ちょうど放牧から帰ってくる牛たちが畑の横の牛の道を歩いてやって来た。

最後尾にはなぎちゃんが歩いている。

そのすぐ横で聡美さんはカボチャを集めている。

ベリーの木の周りの草刈り。

ブロッコリーの収穫など。食堂にて。聡美さん、あかりのおむつを変える。

泉さんの畑にて、村上君がトラクターに乗っていも掘る。

だいぶ寒くなってきた。池ちゃんなどが掘られたいもを集めて聡美さんが選別。

ともひろ君がコンテナに入れる。

聡美さんとともひろ君が息の合った仕事をしていた。

 

 

2005年10月5日 宮下さんの仕事と昼食の撮影。

作業小屋にて。発送準備。人参の収穫。

文代さんの昼食準備。

ぼっちゃんかぼちゃのはちみつバターかけ。

ズッキーニ、トマト、なす、チーズの炒めもの、ししとう炒め、カレーライス。

ほとんど自分の畑でとれたものばかり。

なんて豊かな食卓なのだろう。

カボチャを蒸してバターとはちみつをかける食べ方をすっかり気に入った私はしばらくこの食べ方を続ける。

 

 

<2005年10月8日〜13日 山形国際ドキュメンタリー映画祭に参加する>

2年に一度、山形で世界のドキュメンタリーが集められ、毎日朝から晩まで上映される。

私は97年から参加している。今年も沢山見て来た。

テレビや新聞では伝えられないことがドシンと伝わってくる。

私たちの生きている世界、知らないことがこんなにもあることを思い知らされる。

見終わってやりきれない気持ちになるものもあれば、ああこんな人たちもいるんだ、出会えてよかったと思うものなど、色んな映画がある。たくさん刺激をうけた。

私も帰ってがんばろうと思った。

 

 

<撮影日記 2005年10月15日〜10月18日>

10月15日。曇り。雨。

15:00 新得町公民館で明日使う新内ホールの鍵をとりに行く。

新得駅に岸本君を迎えに行く。

前回の撮影からあっという間に今日になった感じだ。

学舎へ行く。ミンタルで京子さんに会う。

ハーブティーをご馳走になる。

京子さんが最近見た『リトルバード』という映画の話や、私が先日1週間程いってきた山形国際ドキュメンタリー映画祭で見た映画の話などをする。

今回も移動撮影を少しするので許可書を警察に申請していた。

それを受け取り、そしてじいちゃんちに向かう。

途中宮下さんのところに寄り、明日軽トラ借りることや、山形映画祭の話を畑で立ち話。

カボチャ、イモ、人参をもらって帰る。

じいちゃんちを開ける。ネズミとりにまたネズミがかかっていた。

私は水を出したり、ふき掃除したり、掃除機をかけたり。

岸本君も慣れたもので、薪を運び込んで来たり、生ゴミ用の穴を掘ったりしている。

18:00 夕食づくり。

雨が降り始める。

こはん、かぼちゃの味噌汁、白菜とキャベツと人参の炒めもの、人参の千切りサラダ(お酢、塩、胡椒)、梨(にいたか)

22:00 一坪君を迎えに駅へ。

帰ってきて夕食を食べる。

明日の撮影の打ち合わせをする。

今回撮影する窯パーティーは、この映画の最後の方にもってくるつもりだ。

私も被写体の一人になって2人に映してもらう。

10時から、移動撮影の撮りこぼしを4、5カット撮影してから窯パーティーの撮影を始める。

一人一品持ち寄りということで伝えてあるが、作ってこられない人もいるかもしれないのでおっちゃん(斉藤修さん)に今回は料理を何品かお願いした。

0:30 就寝。

 

 

2005年10月16日。晴れ。新内の移動撮影と窯パーティーの撮影。

8:00 起床。腰浴。

8:40 朝食。ごはん、味噌汁、人参のサラダ、イモを薄くスライスして焼いたもの。

10:30 新内小学校へ移動。

今日は午前中は軽トラでの移動撮影。

前回参加できなかった憲一さんが今日は参加できる。

圭介さんはつい最近道南へ移住していった。

新しい生活を始まったばかりで、今日は参加できない。

憲一さんが軽トラに乗ったみんなに合流するところから撮影開始。

校庭の柏の気の下で一人サックスを吹く憲一さん。

天気がいいのに、雲が佐幌岳の方から湧いてきた。この辺りで撮影して思うのは、天気のよい風のない穏やかな日でも10時頃になると、風がでてきて雲も出て来たりする。

そしてお昼を過ぎるとまた安定するといったことが多い。

この日もまさにそうだった。

雲が切れるのを待ち撮影。

憲一さんが一人柏の木の下でサックスを吹くカットを撮影。

箕浦さんには今日もスチール撮影をお願いしている。

その間、嘉さんや有里ちゃんや美和ちゃん、聡美さん、あかりも集まって来た。

タイコやギターなどならして遊びはじめた。

みんなを軽トラに乗せて、柏の木の下にいる憲一さんをのっけるカットを撮ったあと、宮下さんの家の前の一本道で一坪君もいっしょに荷台に乗って撮影した。

この頃おっちゃんがやってきた。

寝坊したらしい。

間もなくして西村さんもやって来た。

窯に火を入れたり先に準備をすすめてもらう。

ラストカットに考えていたじいちゃんの家の前の道で空に向かって車が走っていくカットを撮る時、前回同様またもや雲が厚くなってきてしまった。

この後窯パーティーの撮影もあるので太陽待ちで粘るのはやめた。

イメージしていた空でなくて残念だけど仕方がない。日も短くなって来ているので、じいちゃんの家の前で1カットだけ撮って移動撮影を終了。

12:30 みんな総出で窯パーティーの準備。まるいテーブル(電線のケーブルをまくもの)を窯の周りに持って来てテーブルをセッティング。宮下さん、文代さんも畑の追い込みで忙しい中やってきた。

おっちゃんが忙しくて準備ができなかったので、食材の野菜などをじいちゃんちに取りに行ったり、山田家からイカなどもってきたりなどおおわらわ。

おっちゃんと嘉さんが小学校の中の台所で食材を洗ったり、切ったり。

西村さんは窯の火の係り。

私は食器や食材や飲み物を取りに走ったり。

ご飯をたいて、文代さんなどに手伝ってもらっておにぎりをつくったり。

美和ちゃんや有里ちゃんは持って来たチーズを切って盛り付け。

聡美さんはとってきた材料でマリンと山北君の奥さんにあげるブーケづくり。

佳子さんといっしょに。

一坪君、岸本君は2人で撮影を始めている。

13:00過ぎ 山北君、彼の奥さんになる奄美大島出身のえみちゃんがやって来た。

彼らは今日オホーツクの方からやって来た。

山北君が今晩帯広で知り合いの結婚式でタイコをたたくというので、寄れたらおいでよと誘っていたのだ。

そしてもう一組やってきた。

映画祭のスタッフのマリンとよっちゃん。

彼らも最近籍を入れたのだ。

そんなことで窯パーティーで集まった人たちで、この4人のお祝もしようということに。

青柳さんもビールを持ってやってきた。

共働学舎の牛の責任者加藤さん一家もやってきた。

チーズ工房の愛三君、美紗子さん夫婦もやってきた。

穏やかな暖かな陽射しで気持ちのいい秋の日だ。

料理の方もできはじめてきた。

ダッチオーブンの中にカボチャを入れたもの、イモとイカを入れたものを窯の中に入れた。

それを窯から出して蓋を開けた時は「おいしそー!」とみんなから歓声があがった。

シンプルだけど、素材のおいしさを引き出した料理だ。

おっちゃんの故郷山形の名物料理、イモ煮もできた。

私はつい何日か前、山形で食べてた料理だ。

おっちゃんの味付けはやっぱりおいしかった。

みんなでつくったおにぎり、聡美さんがつくったりんごのパイ、文代さんがつくったルバーブパイ、美紗子さんがつくったりんごのデザートと、デザート類も充実していた。

みんなそれぞれ食べたり、飲んだり話したりと楽しんでいる。

14:00過ぎ 宴もたけなわなところで、おめでたい二組にごあいさつをしてもらう。

聡美さんと佳子さんでつくった手作りの素敵なブーケをさや、真菜がそれぞれ渡した。

山北君は奄美大島からきたえりちゃんをみんなに紹介する。

島唄を歌う人でもあるらしく、これからライブを各地でやる時、彼女が行きたければいっしょに行くことになるらしいので(ほとんど家に帰れない山北君はそうしてもらわないと彼女に会えない)、彼女の唄も聴けるらしい。

彼女は夏に北海道にやってきて、今は山北君に各地に引っ張りまわされていて少々疲れ気味だったけど、もちろん楽しそうだった。マリンは照れくさそうにしていて言葉少なだったが、幸せそうだった。

よっちゃんもニコニコと嬉しそうだった。

聡美さんと文代さんがつくってきたケーキに、嘉さんと憲一さんの伴奏付きでケーキ入刀などしてもらった。

そのまま楽器をならしながら、柏の木の下の方へみんなでバラバラと移動していった。

箕浦さんが「はい、半円になるように並んで下さい。」などど指示を出すが、みんな楽器ふいていたりしゃべっていたりあっちこっち行ったりして、なかなかその通りにはならない。

しばらくしてやっと記念撮影。夕方の光線に近い何ともいえない美しい陽の光が辺りと私たちを包んでいた。

16:30 片付けはじめる。マサ子さんがやってきた。

体の具合が悪くなっていたマサ子さんに会うのはしばらくぶりだ。

とっても嬉しかった。

寒くなるので、じいちゃんの家に移動しようということで、マサちゃんにも手伝ってもらいながらみんなで片付けた。

17:30 酔っぱらった西村さんは、自分の車で寝るといって寝てしまった。

朝になったら起きて帰ってくるから大丈夫と言ってマサちゃんは私たちといっしょにじいちゃんの家へ。

おっちゃん、山田家、美和ちゃん、有里ちゃん、嘉さん、箕浦さんなど来る。

お茶を飲んだりしてして今日撮ったラッシュを少し見たりする。そして夜中までまったりと過ごす。

この日、最後までいたのは聡美さんだった。

あかりは途中で寝た。撮影のこと、山形映画祭のことなど2人で色んなことを話した。

3:00 聡美さんとあかり帰る。

 

 

2005年10月17日。晴れ。山田家のお風呂と夕食の撮影。

9:30 起床。腰浴。

10:30 朝食。ご飯、野菜スープ(トマト、キャベツ、ベーコン、玉ねぎ)、ズッキーニとイモの炒めものにラクレットをかけたもの

11:30 今日も天気がいい。

一坪君は今日東京に帰る。

3人での撮影は今日が最後かもしれないので、私はもう一度新内周辺を3人でじっくりみてみたくなった。

宮下さんに電話して午後軽トラを借りることにした。

最後にもう一回キャメラをもって、3人で撮影に出かけることにした。

11:45 ラッシュを見る。R—71〜73。

14:20 宮下さんに軽トラを借りて、新内周辺の撮影にでかける。

15:20 撮影終了。

軽トラを返しに行ったら、宮下さんにキャベツ、カボチャ、採れたてのきのこをもらう。帰って夕食づくり。

カレーを一坪君がつくる。

私はきのこの味噌汁、岸本君はキャベツの和風煮込みをつくる。

16:30 3人で夕食を食べる。

17:00 明日、稲田保育所でのタイコの演奏をすることになっている。

去年もこの保育所で呼ばれて演奏した。

今年は私、聡美さん、美和ちゃん、箕浦さんの4人しか都合がつかなかったので、録音の岸本君にも参加してもらうことにした。

今晩は山田家のお風呂と夕食の撮影の後、じいちゃんちに集まってタイコの練習をする。

岸本君はタイコをたたくのは初めてだったので、私たちも一番初めに習ったファンガというリズムをみんなが来る前に教えて少したたいてみる。

どんなふうにやるかなあと思ってたら、リズムを頭で覚ようと必死になっていた。

頭と手がうまく連動できず混乱しつつも、一生懸命練習していた。

17:20 一坪君を新得駅に送っていく。

公民館へ行って、新内ホールの鍵を返す。

学舎へ行ってじいちゃんの家の鍵を美和ちゃんに渡す。

18:00 岸本君と山田家へ。

あかりのお風呂と夕食の撮影。

憲一さんが帰ってくるまで、聡美さんは夕食の準備をしながら、ぐずるあかりに絵本を読んであげたり、ゆったりと気長につき合っている。

聡美さん、いいお母さんだなあと思う。

だから夕食の支度はあまり進まない。

大きな岸本君と長いマイクの竿が見なれていないせいか、あかりはお母さんから少しでも離れると泣いてしまう。

19:30 あかりが大泣きしているところに憲一さんが仕事から帰ってくる。

憲一さんがだっこしても泣き止まない。

聡美さんが抱くとぴたっと泣き止んだ。

お母さんはすごい。憲一さんがあかりをあやしている間、まず聡美さんがさっとお風呂に入る。

そして憲一さんがお風呂に入ってしばらくして、あかりを裸にして風呂の憲一さんに渡す。湯舟に2

人でつかりながら、憲一さんがガーゼであかりの頭や体を洗う。

気持ちよさそうだ。

その間聡美さんは夕食の支度を進める。

まもなくあかりが泣き出したので撮影をやめる。

20:30 夕食。かぼちゃの塩蒸し。魚の煮つけ。やえせん。かぶの浅漬け。

ししとうの炒めのも。いつものように話ながらゆっくりと食す。

あかりは聡美さんの膝の上でいつものように反りかえって寝てしまった。

21:00 撮影終了。じいちゃんの家にもどると、美和ちゃん、箕浦さん、聡美さんも来て明日の保育所ライブにそなえて、タイコの練習。ファンガ、カキランベなどやることにして、だいたいの流れをみんなで確認して練習した。

23:00 終了

1:00 就寝

 

 

2005年10月18日。晴れ。

7:00 起床。腰浴。

7:30 朝食。カレーライス、焼飯、きのこの味噌汁。

今日は帯広の稲田保育所のお誕生会でアフリカのタイコの演奏をする日。

8:10 新得のセイコーマートで聡美さんと待ち合わせて車2台つらなって帯広に向かう。

学舎のラモーナもあかりと同じ年に生まれたテンリ君をつれていっしょに来ることになった。

9:30 稲田保育所到着。箕浦さんはすでに来ていた。

ジンベ、ジュンジュン、マラカスなど楽器を車から出す。

今日は岸本君の誕生日でもあったので、記念に私は少しビデオをまわすことにした。

子供たちと楽しくたたけたらいいから、と私が言っても岸本君はちゃんとできるか不安がって、駐車場で一人リズムをたたいていた。

美和ちゃんも来てみんなで保育所の中に楽器を運び込む。

10:00 50人くらいの小さな子供たちが、興味深そうに楽器を見ていた。

そして楽器にさわったり、たたいて音を出したり子供たちは夢中だ。

その中に何人か見覚えのある子もいた。

お誕生日会がはじまった。

みんな元気がいい。私たちもいっしょに会を見ていた。

あかりは物おじせず、ヨチヨチと子どもたちの方に歩いて行って「かわいいー!」なんて言われたりしている。

演奏をやる番が来た。

聡美さんや美和ちゃんが子供たちにタイコを紹介したり、どんな曲を演奏するか説明したりした。

2回目とあって、びっくりする子もおらず、はじめからノリがよかった。

そしてやっぱりどのタイコも子供たちに囲まれていた。

岸本君も女の子に囲まれ、たたき方を教えてあげたりして楽しそうだった。

楽しく演奏を終え、しばらく子どもたちも楽器にさわったり、たたいたりしてを楽しんだ。

私たちはお茶をいただきながら、先生たちとお話したりしてまた今年も楽しい時間をここで過ごせた。

11:30 箕浦さんは仕事を抜けてきたので、仕事にもどって行った。

残った私たちは、うどんやでお昼をみんなで食べた。

そこで岸本君の誕生日をみんなで祝い乾杯した。

16:30 じいちゃんちに戻る。

岸本君は今日帰るので荷物をまとめる。

私も荷物をまとめ、掃除をしてゴミをまとめる。

17:40 新得駅に岸本君を送る。

私も家に帰る。

これからは撮影もやりながら、今まで撮ったものを見返しながら、少しづつ編集の準備をしようと思った。

 

 

<田代陽子の撮影日記>

2005年10月25日 新内で風景撮影。みぞれ模様。

 

2005年10月26日 快晴。風景撮影。宮下さんの家周辺。

じいちゃんち周辺。森の映画社周辺。新内小学校周辺。

 

2005年10月31日 聡美さんの仕事。

秋の味わい便発送準備の初日。

山、食堂、牛舎、空など風景。

朝の食堂前を通り過ぎる人たち。

食堂にて昼食準備をする聡美さん。

出荷場にて、ねぎを新聞紙でまく。

食堂にて、昼食づくりをするげんちゃん、まきちゃんなど。

出荷場にて発送準備をする聡美さんたち。

食堂前にて、あかりとてんりの散歩風景。

食堂にてなぎちゃんとともひろ君。

昼食風景。洗い物をするなぎちゃん、大越さん。

あかりの服を着せる杏奈さん。肉加工場にて、聡美さん、佳子さん、竹ちゃん。

にわとりの散歩をさせる岩ちゃん。

発送室にてケーキの発送の準備をする杏奈さん、佳子さん。夕景。出荷場にて、チーズや肉や野菜を段ボールにつめる作業をみんなでする。送り状を張り付けたりみんなで手分けして作業。

ヤマトの人がきてトラックに積み込む。

 

2005年11月1日 学舎にて。

秋晴れの風景。

学舎への一本道、食堂、空など。

 

2005年11月2日 学舎にて。牧草地からの風景。

聡美さんの仕事。

越冬野菜の収穫。

泉さんの畑にて、村上君が牛蒡の収穫。

大根の収穫と選別。

袋づめなど。

白菜の収穫、選別、袋づめ。

車に積み込む。

風が強くて音が心配だが、いい撮影ができた。

新内周辺の風景撮影。

 

2005年11月4日 聡美さんの仕事。

帯広方面へ村上君と越冬野菜の配達へ。

私もついていき、ひかり保育所など5カ所で撮影させてもらう。

 

2005年11月17日 宮下さんの仕事。

小屋の後ろの畑にブルーシートを敷き、蕎麦の実落とし。学舎の大越さんも手伝いに来る。

たまたま聡美さん、村上君、牧也君、ともひろ君など、宮下さんのキャベツを分けてもらいに学舎の野菜部がやってくる。

学舎の人たちは宮下さんの畑のキャベツを全て収穫していく。

あゆみちゃんは来年から学舎の蕎麦を担当するとのことで、宮下さんと話をしたり。

宮下さんが軽トラに島立てした蕎麦をのせて運んでくる。

ブルーシートの上にロープを長方形に置き、内側が実になるように蕎麦を二列並べ、から竿でたたいて実を落としていく。

から竿は柄は竹で、先に木の板が回転するようについている。

柄を振り上げ、「バシンッ」と体重をのせて思いきり蕎麦の実のあたりを叩く。

見ていると簡単そうだ。

陽子ちゃんもやってみたらと言われ私も初めてやってみた。

うまくできない。

へっぴり腰と文代さんとあゆみちゃんにに大笑いされた。

しばらくやるとコツがわかってきてイメージ通り、バシバシと叩けるようになった。

蕎麦を並べて初めの一振りは、実に気持ちいい。

「バラバラバラッ」と実が落ちる音がなんとも言えないのだ。

から竿での叩く作業はずっとやっていると結構きつい。

汗もびっしょりかく重労働だ。

それでも私はとても気分が良くなんだか楽しかった。

片面を叩き終わると、両側のロープを持ってひっくり返し、裏側も叩くのだ。

このひっくり返す作業がこれまた面白いのだ。

蕎麦がロープにちゃんと乗っているか確認、そして2人の息を合わせて1、2の3でひっくり返す。

大越さんと宮下さんは長年いっしょにやっているのでほとんど100パーセントの成功率だ。

大越さんは本当に嬉しそうに宮下さんと色んな話をしている。

宮下さんも「大越さんようそんなこと知っとるなあ。

おっ、もっと真ん中たたいてや。」などと言いながら楽しそうに仕事をしている。

大越さんはまだ終わっていないのに、来年の蕎麦の実落しの話をする。

両側を叩き終わると下の方に落ちた実がたまる。

振いながら茎の部分をよける。

茎やごみなどが実の何倍もの嵩がある。

こんなに手間暇をかけ、体と力を使っても実は少ししかない。

それでも宮下さんはこのやり方をずっと続けている。

 

2005年11月18日 宮下さんの仕事。

蕎麦の実落とし2日目。宮下さんに明日は筋肉痛になるはずだと言われていた。

私も結構叩いたから、なるかなと思っていたが筋肉痛にはならなかった。

それどころか体の調子はものすごく良い。

久しぶりに体のキレがいい感じ。

午後、宮下さんと大越さんは落した実をふるって、袋につめて小屋に運ぶ仕事。

文代さんは白菜の収穫。陽の光が美しい午後だった。

2006年2月まで撮影を続ける予定です。

現在は、今まで撮った89時間のテープを見直しながら、カット表、ロール表をつくっています。

時間のかかる作業ですが、しっかりと見直して編集作業に入っていきたいと思います。

折々にその時点でのまとめたものを、みなさんに見て頂く機会もつくっていきたいと考えています。

今後も引き続き、製作の協力をよろしくお願いいたします。

空想の森便り 第7号 2005年8月

2005年8月
映画『空想の森』便り 第7号
監督 田代陽子

新得バンドのメンバーが、もう少し練習をして、オリジナル曲を新たにつくり、また録音をしたいということで今回のロケが実現しました。

録音の岸本君の交通費を半額メンバーが出してくれました。

今回、撮影の一坪君はバイトが忙しく、1泊2日のきついスケジュールで自腹で撮影に参加することに。

なんといっても今回は、この映画の整音をお願いしている久保田幸雄さんにも来ていただくことになった。

黒木和雄監督の次回作のクランクインが遅れていて、この時期たまたま久保田さんのスケジュールがあいていたのでした。

7月28日から8月1日の短い間だけど、久保田さんに現場に身をおいてもらって、私たちの撮影をみてもらい、質問したり、話を聞いたりしたいと思っていました。

予算がないので、久保田さんも私たちスタッフの家であるじいちゃんちに寝泊まりして、いっしょにご飯を食べることになりました。

<田代陽子の撮影日記 2005年7月25日〜8月1日>

2005年7月25日。

そんなことで私は嬉しくてワクワクしたり、緊張したり。

前回のロケからあまり時間がなく、一人撮影、バイトなども忙しくテンションも高かった。

そしてロケ初日の7月25日の早朝、お腹の痛みと膨満感で目が覚めた。

子宮筋腫の関係かなと思ったが、この時は具合がとても悪く動ける状態ではなかったので、焦る気持ちを抑えながら湯たんぽでお腹を暖めて、ただジッと寝ているしかなかった。

前日の7月24日、私はあがた森魚さんのライブを幕別に見に行った。

その時あがたさんと少し話した。

『空想の森』をあがたさんは応援してくれていて、「陽子ちゃんがラッシュ上映する時に、僕のライブもいっしょにやろうよ。」と言ってくれたりした。

翌日ランチをいっしょにしようと約束していたがそれどころではなくなり、あがたさんに断わりの電話をかけ、

今晩新得に到着する岸本君を藤本さんに迎えに行ってもらうように頼んだ。

なんだかわからないけど、お腹は相変わらずで、体全体も重くゾクゾクして具合が悪かった。

気持ちは早く新得に行きたいのに、体が言うことをきかなかった。

一体今回のロケはどうなっちゃうんだろう。

結局この日と翌日のまる2日間、動くことができず寝たきりだった。

20005年7月26日。

夕方、宮下さんに電話する。

文代さんに岸本君にご飯を届けてもらうよう頼む。

藤本さんも札幌に出かけてしまい、足もなくあまり食料もないじいちゃんちで一人でいる岸本君はご飯どうしているのだろうと考えつく。

自分の具合の悪さでそのことに考えがおよばなかった。

2005年7月27日。雨。

11:00 少しフラフラした感じでじいちゃんちへ。

2日間寝ていたので仕方がないが、そのおかげで何とか動けるようになった。

お腹の膨満感もとれた。

岸本君はそうめんなどあるものを食べていたそうだ。

昨日の文代さんのご飯で、お腹一杯食べられたそうだ。

岸本君と今までの撮影項目を書き出す。

これから何を撮影していくかなどを話し、今回のロケの打ち合わせ。

13:00 昼ご飯をつくっている最中、ガスが切れる。

つくるのは断念して町へ出て、日晃スタンドでガスを10キロ(4千円)を買う。

夕方までに取り付けに来てもらうよう頼む。

新得駅前のみなとやで蕎麦を食べる。そして共働学舎のミンタルへ行く。

代表の望さんと京子さんがいたので、挨拶をする。そしてチーズを少し買う。

食堂に聡美さんがいるというので行ってみた。

杏奈さんやラモーナなどみんなで食堂のガラス窓をふいていた。

なんでもラモーナの提案で、これから週に1回、食堂の掃除をみんなですることになったそうだ。

聡美さんはベビーベットを掃除していた。

挨拶をして少し話をした。キャベツ、きゅうり、ズッキーニ、レタスなど自家用の野菜を少しもらった。

学舎から帰る途中、文代さんに会う。文代さんからもカブと水菜をもらった。

おかげで野菜が豊富にそろった。フクハラで米などを買って帰る。

16:00 夕飯の準備。少し明日の打ち合わせ。

19:00 天気が良くなってきて、太陽の光がなんともきれいだ。

岸本君と2人で牧草地へ撮影に出かけて少し撮影をした。

19:40 夕食。おかゆ、小松菜とチンゲン菜の煮物、カブと鶏ひき肉の煮物。

21:30 ラッシュの構成の打ち合わせ。

私が撮影した最新のラッシュを見る。聡美さんの仕事と食堂での聡美さんとあかりのシーン。

聡美さんがあかりをベビーベットから抱き上げるところがとても好きだと妙に気に入って、もう1回見たいと言って2回も見直した。

自分で撮っている時は、逆光が気になっていて露出どうかなあと気にしながらだったので不安なところだったのだ。

でもそう言われるととてもいいシーンに見えてくる。

わからないものだ。

明日はいよいよ、久保田さんが来る。

0:30 風呂。

1:00 就寝。

2005年7月28日。快晴。共働学舎の放牧の撮影。映画『空想の森』が立ち上がった日。
7:30 起床。昨晩は色んなことを考えてよく眠れず。

が、とても良い天気で気分は上々。風が少し強い。今日、久保田さんがいよいよ来る。

岸本君は玄関、トイレなど掃除。私はまず、腰浴。そして掃除機をかける。

8:30 朝食。ベ−グルパン、クリームチーズ、シントコ、プチプレジール、フロマージュブランにホエイジャムをかけて、ズッキーニの炒めもの、コーヒー。

9:10 出発。学舎に着くと雨が降ってきた。でも通り雨だった。

10:00 「牛舎で牛の爪を切ってから放牧に出します。」と牛の責任者の加藤さん。

それも撮影させてもらうことにした。

一頭一頭牛をなぎちゃんと本屋敷くんが両側からおさえて、加藤さんが大きな爪きりで4本の足の爪を順番に切っていく。

今日はなぎちゃんといつもコンビを組んでいる大越さんはお休みらしい。

嫌がる牛もいれば、じっとしている牛もいる。

これは一仕事だ。

11:00 放牧。牛舎の出口に牛たちは早く牧草地へ行きたい、待切れないといった風に並んでいる。

今日は初めて一番上の牧草地まで牛を上げる日だ。

加藤さんがなぎちゃんと本屋敷くんに色んな注意をしていた。

本屋敷くんにとっても初めての放牧だ。

私は牛の正面に陣取って牛が出てくるところを狙っていたら、加藤さんが「そこは危ないかもしれないよ。」

と言ったので、少し左にキャメラ位置を変えた。

「ギーッ」と木の柵が開けられた途端、すごい勢いで牛たちが駆け出した。

思わずのけぞりそうになったが、ぐっとこらえた。左に避けておいてよかったと思った。

あらかたの牛が牛舎を出ていき、私たちも牛に追い付いて撮影をしようと足を踏み出したが、ぬかるみにはまって長靴から足が抜けそうになった。

昨日までの雨でぬかるんでいるのだ。

やっとの思いで抜け出し、急いで牛を追いかけた。金沢さんの畑ところの木柵の牛の道が、私はなぜか好きだ。

聡美さんたちがいつも仕事をしている畑越しに、牛となぎちゃんや大越さんが歩いている姿が、この土地にマッチした風景になる感じがする。

そこでぜひ撮りたいと前々から思っていた。そこを抜けると傾斜のある広い放牧地が広がっている。

後方に高い山々があり、日本でないような風景だ。そこで一頭牛舎へ戻ろうとした牛がいた。

なぎちゃんはその牛を何とか先に進ませようと声を出し、必死で追い回している。

しばらく牛となぎちゃんの追いかけっこが続き、観念したのか、その牛も上に登っていった。

次は森の中を抜けていく。森の中であちこちに散らばった牛たちを声を出したり、棒で軽く尻をたたいたりしながら更に上へと誘導していく。

私たちもゼイゼイいいながらついていった。

山を上りながら手持ちの撮影は、病み上がりの私には少々きつかった。

森を抜けると2番目の放牧地に出る。

そこ牧草を食べる牛を更に追う。一番上の放牧地へは砂利道を渡る。

そこに木のゲートがある。それを開ける時、私はゲートのすぐ脇に立った。

前方から、左方からと、ものすごい勢いで牛が向かってきた。

私のすぐ50cmくらいのところに牛が走り込み、道を渡り一番上の牧草地へ走り込んで行く。

でもけして私にぶつかっては来ない。

私も恐くないことがわかったのでのけぞらなかった。なかなか迫力ある映像が撮れた。

気分が高揚してきた。午後に「牛をおろすのも撮影させてね。」となぎちゃんにお願いした。

食事後の2時半か3時頃に牛を下ろすとのこと。私たちは食堂へ行く。

12:20 食堂を少し撮影。ご飯を食べる。

牛を下ろすまでしばらく時間があるので、食堂で休む。さすがに体が重く疲れた。

14:40 藤本さんが食堂にやってきた。

久保田さんを帯広空港まで迎えに行ってくれたのだ。

ミンタルに久保田さんが休んでいるとのこと。

なんと2時過ぎに、もう牛を下ろしていたそうで、牛舎に牛が帰ってきていた。

「ガーン。」なぎちゃんに頼んでいたのに。

こんなに天気のいい放牧日和は次にいつあるかわからないから今日撮影したかった。

まあ仕方ない。またの機会に撮影しよう。

ミンタルへ移動。

久しぶりに会った久保田さんは前の印象と変わらず、穏やかで元気そうだった。

久保田さんにチーズの試食を出したりした。

今日の撮影のことなどを話す。

久保田さんはこの後、私たちに合流することになった。

今日は天気がいいけど、撮ろうと思っていた牛はもどってきちゃったし久保田さんが来たし、撮影はやめようと私は岸本君に言った。

16:00 じいちゃんちにもどる。

コーヒーを飲む。

機材整理。今回のロケの予定や今後のことなど、久保田さんも交えて話す。久保田さんには一番奥の部屋を使ってもらう。

19:00 夕食。鍋(文代さんからもらった水菜、エノキ、しめじ、豆腐、学舎のレタス、豚肉、うどん)、学舎の大根サラダ(梅、学舎のしそ、酢、ごま油)、聡美さんからもらった玄米を梅干しとしそを入れてのり巻にしたもの。

美和ちゃんが仕事を終えてやって来た。

食事づくりを手伝ってくれていっしょに食べた。

エビスビールを差し入れてくれた。

藤本さんも呼ぶ。

みんなでにぎやかに食卓を囲む。

岸本君は尊敬する久保田さんを前に少々緊張気味。

岸本君いわく、野球で言えばプロにいこうかと考えている高校生が、現役の長島繁雄の隣のショートを守ることらしい。

食べて飲んでいるうちに久保田さんも食べ物や映画の仕事の話しなどチラホラと話す。

仕事でドイツに行った時にドイツワインが好きになったそうで、安くて美味しいドイツワインがあって、それをたまに飲んでるという。

トルコに奥さんと旅行に行ったが、トルコ料理は口に合わなかったとか。

明日は午後から久保田さんは撮影に参加することになった。

10:30 風呂。

11:00 就寝。

2005年7月29日。曇り。

5:00 起床。私はテルミーをする。白湯を飲む。

6:40 出発。

学舎のトマトの大きなハウス前へ。

雲行きがあやしい。

杏奈さんがハーブの世話をしている。岩ちゃんが通りかかったり。少し撮影をする。

7:20 育苗ハウスの横の畑へ移動。

聡美さん、村上君、杏奈さん、まゆこちゃんでいんげん、きゅうりの収穫の撮影。大ハウスでトマトの収穫の撮影。

金沢さんの畑で、きゅうり、ズッキーニ、なす、ピーマンの収穫の撮影。

8:30 じいちゃんちへ戻る。

久保田さんは起きていて、パンとチーズを食べ終わったところだった。

私たちはパン、ズッキーニの炒めのも、朝取りのきゅうりとトマト、チーズ(シントコ、コバン、フロマージュブランにホエイジャム)を食べる。

今朝もらってきた採りたて野菜を久保田さんも少し食べた。

10:00 ラッシュをみる。(R-51、52)宮下さんのキャベツの定植と学舎の牛の爪きりと放牧。

12:30 休憩。前回の新得バンドの演奏収録の音を久保田さんに聴いてもらう。

14:00 昼食。焼そば(キャベツ、ズッキーニ、ピーマン、豚肉)、美和ちゃんがつくったピクルス(きゅーり、ブロッコリー、カリフラワー)

15:00 雨が降り出してきたので、午後の撮影は中止。宮下さんに明日撮影をする旨を伝える。ゴミを出しに行く。

16:00 久保田さんが温泉は久しぶりというので、登山学校の温泉をやめてオソウシ温泉へ行く。

いいお湯だった。

男湯では岸本君と久保田さんはずいぶん話がはずんでいるようだった。雨足は強くなる。

19:00 ラッシュを見る。

(R-53)学舎の食堂では、マイクゼンハイザー816は音を拾い過ぎて合わないということがわかった。

いつも使っているロードの方が合っていると言う結論になった。

ラッシュを見ている最中、台所の脇に仕掛けたネズミ捕りが「ガシャッ」と音をたてた。

ラッシュを見終えてすぐに、3人でしげしげとネズミ捕りにかかったネズミを眺めた。

まだ小さい小ネズミで、よく見るとかわいらしい。

でもそんなことを言ってられない。段ボールにしまっておいた食料をかじられて、中のものを食べられ捨てるはめになったり、そこらじゅう糞をされたり、お風呂の石鹸を食べられたり、カリカリ洗面台の下をかじる音がしたり、いつもネズミに悩まされていたのだ。

それにこの1匹だけではないかもしれない。きっともっといるはずだ。

岸本君はこのネズミを天に召す役を嫌がっていたが、当然のように「やっぱりやるのは岸ちゃんでしょ。」と私が言った。

「今はやりたくないので明日やるわ。」と力なく岸本君が言った。

今晩は最後の晩だからおいしいものを食べさせようと言って、キャラメルコーンを2粒あげていた。

「カリカリとおいしそうに食べとるからもう1個あげよう。」などと言ってネズミの世話をしていた。

20:30 夕食。ご飯、味噌汁(岩のり)、チンゲン菜の炒めのも、豚肉ともやしとキャベツの炒めもの、デザート(私のばあちゃんが送ってくれた桃)

寝る前、岸本君と色々話す。

落語が好きなことなど。テープなど買って聴いていたとか。

結構いい趣味もっているのだなあと思う。

23:10 就寝。

2005年7月30日。曇りのち晴れ。夏らしい暑さ。

6:30 起床。私はテルミーをする。

ネズミをどうやって天国へ送るか3人で話す。「踏みつけるのはできない。」と岸本君。

「じゃあ、バケツに水を入れてネズミ捕りごと水没させたらどうか。」と久保田さん。

「それがいい」ということになったが、岸本君は今はまだやりたくないから撮影から帰ってきたらやるという。

私は朝食の支度にかかる。

ふと外を見ると久保田さんが外でバケツを見つけて、玄関横の水道の蛇口をひねっていた。

岸本君が気が進まなそうだから自分がやろうと思ったのか。

朝のトイレから出て来た岸本君にそのことを伝えると、師匠にそんなことをさせられないと言ってあわてて外に出ていった。

2人でネズミを水没させ、久保田さんがスコップでネズミを埋める穴を掘り、岸本君がネズミを取り出して2人でネズミを埋葬したそうだ。後で岸本君が笑いながら私に言った。

「僕の記念すべき久保田さんとの初の共同作業はネズミの埋葬やったわ。」と。私もおかしくて笑った。

7:20 朝食。おかゆ、梅干し、きゅうり、ツナ、のり。

8:00 宮下さんの仕事の撮影に出発。久保田さんも長靴を履いて車に乗り込む。

「今日は急遽自家用のアスパラガスの苗を、かえで団地の能登さんのところへとりに行くことになった。」と宮下さん。

私たちもそれについて行って撮影することに。

能登さんの家の前の畑に細くてひょろひょろしたアスパラの苗が植わっていた。

スコップで根を切り苗をコンテナに入れていく。

久保田さんは私たちの撮影を少し離れたところから眺め、時より小さなノートに何やらメモをしたりしていた。

久保田さんは時々私に「あの人の名前はなんていうんだっけ?

何やってる人?」と質問してノートに書いていた。帰りに上佐幌の宇井さんの家に寄り、草刈り用のチェーンソウを借りる。

そこも撮影する。

帰りがけに宇井さんの家で電話を借りて学舎にかけた。

今日は天気がいいので、放牧をしてるはずなので、先日撮りこぼした放牧の戻しを撮影しようと思ったからだ。

それでお昼ご飯を3人分予約した。

畑にもどり草刈りを始めるがすぐに中止。

なんでも燃料が合わなかったらしい。

そこで宮下さんはカボチャのつる延ばし作業をはじめた。

一つひとつのつるを延ばしてやる。

そうすると隣のつるとからまなくなって、後で作業がしやすくなるのだ。

宮下さんは「面白いことをしよう。」と言って、ある程度大きくなったカボチャに私の名前を彫った。

「岸本君と久保田さんの名前も彫ろうか。」と言ってまた適当なカボチャを探して名前を彫った。

「後のお楽しみだ。」と言って笑った。これがどうなるのか楽しみである。

蕎麦の花が咲いていた。白くて小さくて可憐な花で私は好きだ。風景カットを何カットか撮影する。

12:10 宮下さんの家の前でみんなでお茶。

天気がよくて気持ちがいい。そして学舎へ向かった。

12:40 食堂前に行くと、ちょうどなぎちゃんが通りかかった。

今日の撮影よろしくと声をかけると、トラブルがあってもう牛を牛舎に下ろたという。

また撮ることができなくなった。

とにかくお昼ご飯を予約していたので3人で食堂へ。

この日のメニューはご飯、豚肉とはるさめと野菜のスープ、なすの和え物、こうなごのつくだに。

午後どうしようかなあと考えながら食べていると、午前の仕事を終え、昼ご飯を食べに聡美がやってきた。

「午前中大変だったの。」と聡美さん。なんでも牛が脱走してトマトのハウスの横の畑などに入り込み、捕まえるのにみんなでおおわらわで仕事がはかどらなかったらしい。

そういえば、牛が木柵を壊して脱走し、みんな総出で捕まえたなんて話を時々聞いていた。

私はこの話を聞いてとても悔しかった。

ああ、午前中、学舎にきていたら撮れたのに。

撮りたかったなあ。みんな総出で牛を捕まえようとしているところを。

でも仕方ない。またチャンスはあるかもしれない。気を取り直して、聡美さんがご飯を食べながら村上君と打ち合わせをしているところを撮影する。

岸本君はロードのマイクを使った。

午後は宮下さんの仕事を撮ることに決めた。

帰りにフクハラに寄り、明日大勢で食べることになる昼ご飯のカレーの食材を買う。

そして役場で新内ホールの鍵を借りた。

明日はいよいよ新得バンドの収録だ。

新内ホールに下見に行く。

中に入ってホールをチェック。天気もよく森の木々が美しい。

「明日は天気でも新内ホールでやろう。」と岸本君が言った。

前回は豊之進劇場(じいちゃんちのD型倉庫)でやった。

今回は前回とはまた別なものになるので、違う場所でやるのがいいなと私も思っていた。

15:00 じいちゃんちに戻る。

久保田さんと岸本君は音のこと録音のことについてひとしきり話をしていた。

私と岸本君は再び宮下さんの撮影に出かけることに。

久保田さんは今日の晩ご飯の支度をすることになる。

お米研ぎや明日のカレーの具材切りなど。

16:30 宮下さんの畑へ。文代さんが人参の除草をしていた。

しゃがんだ体勢で横に進んでいく作業で体がきついのだ。

私たちと話ながら、そして体を伸しながら作業をする文代さん。

「私がこうやって畑で体を伸していたら、道から見てた人が、雨乞いですかって言ったの。」なんて言うもんだから、撮影しながら笑いをこらえるのが大変だった。

宮下さんはカボチャのつるのばしを違う畑でしていた。

宮下さんのバックに佐幌岳がどーんとそびえている。

いい時間になってきて文代さんが人参畑から引き上げて来た。

作業中の宮下さんの近くで、桑の実をとって食べたりしている。

「文ちゃん、あの畑に肥料やったか?」と宮下さん。

「やってへんよ。宮下さんやらなくていいっていったから。」と文代さん。

「そーかー。」などといつものようにしゃべっている。

文代さんは洗濯物を取り込んだり、犬のアトムを放してやったりしていた。

そんなところを撮影した。

なんかとてもいい感じで撮影できて嬉しかった。

宮下さんはまだやらなければいけない仕事があるので畑だ。

宮下さんに挨拶をして私たちは今日の撮影を終えた。

19:00 帰宅。機材整理。

20:30 夕食。ご飯、チンゲン菜と豚肉の味噌炒め、キューリの麺汁あえ。

岸本君が「一やんがきっと今晩お腹を空かせて来るから。」といって一坪君の分を取りおきする。

21:00 食後、今日初めて撮影を久保田さんに見てもらったので、感想など聞きたいと思い聞いてみた。

久保田さんはにこやかに「別にありません。」と答えた。

前にも私の撮影したラッシュを久保田さんに送って見てもらい、画についてどうか聞いたことがあったが、

その時も「音についてはいくつかあるけど、画については言うことはありません。」と言われたことがあった。

久保田さんから自分の撮影について、何か聞きたかった私なのである。

みんなでラッシュをみる。(R-54)

21:50 一坪君を新得駅まで迎えに行く。

22:30 簡単に一坪君が久保田さんに挨拶をしてから、また続きのラッシュを見る。

一坪君は遅い夕御飯を食べながらいっしょに見る。

23:10 就寝。

2005年7月31日。曇り。午後から雨。蒸し暑い。忘れられない日。

7:30 起床。腰湯。

8:00 みんな起床。

9:00 朝食。ご飯、大根葉の味噌汁、ズッキーニの炒めもの。

朝食の洗い物を久保田さんといっしょにしながら何気なく話していた。

「一つきちっと正面から誰かはっきりと分かるカットがあった方が、見ている人が分かりやすいと思う。」と言った。

「農作業している人が色々出てくるけど、知らない人が見たらみんな同じ人に見えてしまうから。」と。

そうかもしれないなあと私は思った。

10:00 憲一さん(サックス)、箕浦さんがやってくる。

箕浦さんには今回スチール写真をお願いした。

そして、圭介さん(トランペット)、嘉さん(ベース)美和ちゃん(コンガ)、聡美さんとあかり(ドラム)もやって来た。

10:30 新内ホールへ移動をはじめる。私は昼ご飯のカレーライスの準備。

岸本君、一坪君はそれぞれ機材のセッティングなどはじめる。

11:45 私も新内ホールへ移動。雨が降ってきそうな天気だ。

新内ホールでは収録前のアップが行なわれていた。

あかりは床をはいずりまわり、ご機嫌の様子。後ろの森がきれいだ。

前回野外で収録した豊之進劇場の時の音とずいぶん違う音だ。

ここはここでいい感じの雰囲気になりそうだ。

13:30 雨が激しく降ってきた。昼ご飯。みんなじいちゃんちに戻る。

カレーライス、(いも、人参、ズッキーニ、玉ねぎ、豚肉)

14:30 再び新内ホールへ。

「キリン」(圭介作曲)、「皮の手袋」(憲一作曲)の2曲とセッションを収録。

あかりは床をはって、サックスを吹いている父さんのところへ行ったり、ドラムをたたいてる母さんのところへ行ったり、コンガをたたいている美和ちゃんの足につかまって立ったり楽しそう。

スチール写真をお願いした箕浦さんは、何台かのキャメラでシャッターを切っている。

岸本君はバンドの真ん前でヘッドフォンをつけ、音をとっている。

一坪君はキャメラを持って動きまわって撮影。

今度10月に予定している窯パーティーの撮影の練習のつもりで人の表情を撮りますからと私に言っていた。

久保田さんはイスに座り、全体を眺めていた。

途中、おっちゃんがやってきた。私も座って見ていたり、たまに写真を撮ったり、外へ行ってみたり。

17:00 収録終了。随分長くやっていたものだ。

さすがにメンバーのみんなも疲れてきていた。スチール撮影をする。

ホールで新得バンドのメンバーの集合写真を撮る。

そして藤本さんも呼んで、新内ホールの玄関前でバンドのメンバーの写真と映画「空想の森」スタッフ集合写真、そして全員の集合写真を記念に撮る。

そして新内ホールをもとにもどして、みんなでじいちゃんちに帰る。

17:50 岸本君といっしょに一坪君を新得駅に送る。本当に短い滞在だった。来てくれてありがたかった。帰りにビールを買い新内ホールの鍵を役場に返し、じいちゃんちに戻る。

19:00 ぼつぼつと打ち上げの準備を始める。

おっちゃんを中心に、美和ちゃん、聡美さんが料理をはじめた。

この日の参加者は、映画スタッフの岸本君(録音)、久保田さん(整音)、藤本さん(プロデユーサー。

餃子を自宅でつくっていたので来たのはかなり遅い時間)出演者の憲一さん(牧場に勤める)、聡美(共働学舎でやさいをつくっている)、あかり(十ヶ月)美和ちゃん(共働学舎で経理担当)、圭介さん(チーズ職人)、嘉さん(料理学校で修行中)、宮下さん(野菜をつくっている)、文代さん(宮下さんの奥さん)、おっちゃん(造園業。野外で遊んだりする達人)、いんであん(PCサポート業)、はるみさん(いんであんの奥さん)、まゆこちゃん(共働学舎でやさいの手伝いをしている)、青柳さん(空想の森応援団)。料理つくってる人、飲んでいる人、しゃべっている人、みんなそれぞれである。この日のメニューは、学舎のキャベツときゅうりと人参の浅漬け、キャベツの炒めのも、豚肉とチンゲン菜とズッキーニとさやえんどうの炒めのも、学舎の新じゃが(北あかり)のチーズをかけたもの、お好み焼き(キャベツ、干しえび)、おはぎ(まゆこちゃんがつくってきた)、春巻き(文代さん)、皮から手作りの餃子(藤本さん)と、まあこの日も美味しいものがたくさん。

お好み焼きをつくっている時、「ブーン」と聞き覚えのある独特の低音の羽音がした。

大きなスズメバチが部屋の中に入ってきたのだ。つい最近スズメバチの恐ろしさをみんなで話していたばっかりだ。

「うわーホントだー」とみんながざわめく。

私はあかりもいるし、危ないから早いとこ捕まえないとと思っていると、自分が捕まえなくてはと使命感にもえた岸本君が、ザルを片手に飛んでるスズメバチを捕まえようと、不器用にザルを振り回す。

スズメバチはそれ程俊敏ではないのだが、緊張のためかザルを振り回すばかりで、ちっとも捕まえられない。

それどころかハチをあおって興奮させている。久保田さんの顔にも緊張が走った。

「こっち、こっち、だめだよ、どいて」などど大騒ぎ。ようやく捕獲。

岸本君は何を考えたのかザルにをひっくり返し、せっかく捕まえたハチを逃がしてしまう。

「ぎゃーっ」と声があがる。ハチが勢いよく逃げ回る。

むこうも必死だ。

しばらく岸本君とスズメバチの追いかけっこがあり、ようやく窓際で鍋敷ではたいて捕まえてつぶした。

岸本君は「やりましたわ。」とお役目を果たしホッとしていた。

スズメハチ騒動もおさまり、食事の準備もできて、みんなそれぞれ食べたり飲んだりしゃべったりしていた。

今回は久保田さんも来ているし、みんなに順番に自己紹介をしてもらおうと思った。

順番にみんなしゃべった。

久保田さんも自分の仕事のことなどを話したりしていた。

最後は私の番になった。

しゃべっている途中、久保田さんを前にして急に涙が込み上げてきて言葉につまってしまった。

「陽子、要は嬉しいんでしょ?」と美和ちゃん。

「うん。」本当に久しぶりのうれし涙だった。

2003年の春から2年以上、私にとっては苦しい時間が続いていた。

その間、私は支えにしていたものが2つある。

その2つは私の机の前に貼って、いつも目にできるようにしてある。

1つは、2003年の山形国際ドキュメンタリー映画祭で出会ったインドの映画監督アナンド・パトワルダン監督いっしょに映っている写真。この年彼は『戦争と平和』という映画をつくって招待作品になっていた。

好きな映画だった。この映画を見た私はどうしてもこの監督と話したいと思い、通訳の山之内悦子さんに頼んで、さよならパーティーの時に通訳してもらって話したのだ。

ハンサムでいつも素敵なサリーを着ていた。

私は少し緊張して映画の感想を話し、そして私の映画ができたらぜひ見て下さいとお願いした。

彼は「もちろん。」と言って連絡先を教えてくれた。

もう1つは、久保田さんからからの葉書3枚。

私が整音をお願いした後にいただいた葉書で、その中には便りを読んで面白そうと思ったこと、何時でも協力しますよとあり、空いているスケジュールまで記してくれていた。

しかしこの頃、撮影がストップしていた。

私はいつ抜けるかわからない真っ暗なトンネルの中にいるような気分だった。

この葉書がどれほど私を励まし支えてくれたことか。

録音の岸本君も先行きのわからないこの撮影を、よく辞めないで辛抱してくれたなあと。

その間私は何度も大阪に行って岸本君と話を色々してきたが、撮影がスタートできる先行きの明るい材料は、いつもそんなになかった。

岸本君も気持ちを途切れさせないようにと北海道に来て被写体の人たちと会ったりした。

私はただ、この映画は面白いものになる、今の現状は乗り越えなくてはいけないもので、これを乗り越えたらいいものができる気がする、これが後で笑い話になったりしてね、なんて全く確証のないことを岸本君と自分に言い聞かせていただけだった。

今、目の前に久保田幸雄さんがいる。

この何日間、久保田さんに私たちの撮影現場を見てもらえた。

そんな嬉しさの中で、苦しかったことが頭に浮かんできてしまったのだ。

今まで私は嬉し涙を何度も流してきているが、今回は今までのものとは意味が違う。

そのことを痛切に感じた。

こういう気持ちをこれからも何回も味わいたい。

そういう気持ちを積み重ねていったその先は明るい気がする。

私はまゆこちゃんから渡されたハンカチでゴシゴシと涙をぬぐい、結局みんなの前でロクに話せず格好悪かった。

自己紹介がひとしきり終わった後、憲一さんが「久保田さんに質問があります。

どうしてこの映画の整音を引き受けたのですか?」と質問した。

久保田さんは「田代さんに頼まれたからです。それから空想の森便りを読んで面白そうと思ったからです。」

という感じであっさりと答えた。

そしたら少し酔っぱらった宮下さんが

「オレもなー、それを聞きたかったんやー。田代陽子が面白いといって自分たちを撮影してるけど、おれらは日常だからちっともおもろいと思わんし、いったいこの映画は面白くなるんですかね、久保田さん。」

と続いた。

久保田さんは少し考えて穏やかに話し始めた。私も久保田さんがどう答えるかを少し緊張して待った。

「土本典昭、小川紳介というドキュメンタリー映画の監督がいて、その人たちもお金がない中で映画をつくってきました。そしてとてもいい映画をつくっていたんです。お金ではないんですね。お金がたくさんなくても、いい映画をつくれるんです。ただ、その監督が撮られる被写体の人たちと、どういう関係をつくるかがとても大事なことになんです。小川紳介監督なんかは山形の村に住んで、そこの人たちを撮ったのだけど、村の人たちの方から小川監督に色んなことを話してくるそんな関係があったと。そういう意味では田代さんの映画も面白いものになる可能性があると思います。」

と、だいたいこのようなことを久保田さんは言った。

私にとっては初めて久保田さんに私の映画について言われた言葉である。

私は、ただただ、嬉しかった。

晴れ晴れした気持ちになった。

23:00 宮下さん、いんであん、はるみさん、藤本さん、青柳さんらは話に花が咲いている。

おっちゃんと久保田さんと岸本君と私は食器を下げて洗い物をして片付けに入る。

0:30 みんな帰る。

2:30 私は風呂に入り、就寝。

2005年8月1日。曇り。蒸し暑い。解散の日。

7:30 起床。私は腰浴。岸本君が朝食の準備。

8:00 朝食。チーズ(シントコ)、残りご飯、のり、昨日の野菜の浅漬け(きゅうり、人参、キャベツ)、豚肉のショウガ焼き(おっちゃんが昨晩つけ込んでくれた)、キャベツの千切り。

食べながら私は昨日の収録で気になったことを岸本君に言った。

「メンバーのノリなどを見て、もう少しパッパと収録を進めた方がよかったのではないかと。

後半は明らかにメンバーの集中力が切れていたし、疲れていたし。」と。

「そうだったかもしれんなあ。難しかったわ。」と岸本君は言った。

9:50 じいちゃんちの玄関前で久保田さんと記念撮影をする。

私は岸本君を新得駅まで送っていく。

「あー、楽しかったー。

夢のような四日間やったわ。」と車に乗るなり岸本君は言った。私にとっても幸せな4日間だった。

ご飯をつくっていっしょに食べたり、片付けたり、掃除したりしながらの普段の私たちの撮影の中に、久保田さんは自然に溶け込んでいたのが何だか面白かった。

そんな合間に久保田さんと色んな話をしたのも楽しかった。

映画の話ももちろんしたけど、それ以外の話題の方が多かったような気がする。私と久保田さんがいっしょにご飯の支度をしていた時、私が「普段も料理するのですか。」と聞いた。

「しますよ。うちは女房がつくる時はボクが片付けて、ボクがつくる時は女房が片付けるんですよ。」そしてどんな料理をつくるのか聞いてみたら、それがまた面白かった。

「近所のスーパーに買い物に行って、その時一番安いものを買ってきて料理をするんです。ここのスーパーは安いのが有名で遠くからわざわざここに買いに来る人もいるんですよ。」と久保田さん。

駅に向けて走っていると岸本君が「朝ご飯の時、田代さんが言ってたことだけど、実は。」と言って話出した。

岸本君はバンドのメンバーが納得した音を収録したかったので練習に時間をかけて、結果的に長くなってしまったということと、この収録が新得バンドの最後の演奏になると思うと、岸本君自身が一秒でも長くあの場所にいたかったのだそうだ。

そのことを聞いて、私はちょっと胸が熱くなった。

そしてセイコーマートで岸本君の荷物を3つ出してから新得駅へ。

「映画祭の岸本君の撮影日記を書いてメールで早めに送ってね。体に気をつけてまたね。」と言って、

いつものように握手をして別れた。大阪についたらその足で5万人も集まる花火大会の音を撮りに行くそうだ。

岸本君は実に柔和ないい顔をしていた。また一つ、男前になったようだ。

ゴミ焼却場に積んできたゴミを出し、じいちゃんちへ戻る。西村さんが来ていた。

少し庭で立ち話をする。そして久保田さんを紹介しようと思い家の中へ。

久保田さんは汗だくになりながら、掃除機をかけていた。

台所をみると朝ご飯の洗い物もすませてくれていた。

お互いを紹介すると、西村さんは久しぶりの熊の見張りのバイトがこれからあるんだと言って出かけていった。

残りの掃除は私が後でやるので休んで下さいといって、私はコーヒーを入れた。

11:00 庭の木の下の木陰で久保田さんと座ってコーヒーを飲みながら話していたら藤本さんがやって来た。

挨拶をして久保田さんと別れた。藤本さんが久保田さんを帯広空港まで送って行った。

誰も居なくなったじいちゃんちに入り、私はしばらくソファーに寝転んだ。

さすがに疲れて直ぐには動けなかった。今日は午後に山之内悦子さんが私のところに遊びにやって来る。

彼女はバンクーバーに住んでいる通訳者で、山形映画祭で知り合って友だちになり、今まで何回か私の家を訪れている。

今回は8月5日から二風谷で開催される先住民会議で通訳の仕事があって、その前に数日間私と遊ぼうと。

彼女には『空想の森』の英語字幕をお願いしている。ちょうどラッシュも見せられるし会うのが楽しみだ。

寝転がりながら、改めて今回の撮影を振り返り、充実した気持ちで満たされた。

撮影初日から2日間、体調を崩しどうなることかと思ったが、なんとか体がもってよかった。

じいちゃんの写真をぼんやりと眺めながら、私が初めて映画祭の事務局をやった時のことを思い出した。

映画祭が終わってホッとしている私にじいちゃんが「よーちゃん、よーく仕切ったなー。」と言った。

すごく嬉しかったのを今でも憶えている。

きっと今、じいちゃんが「よーちゃん、よかったなあ。」と言ってくれてる気がした。

掃除の続きをエイヤと始める。食料の整理、生ゴミを捨てに外に出て、スコップでその穴を埋める。

布団を押し入れに入れ、食器をふいて棚にもどす。

自分の荷物や機材をまとめ、車に積み込む。

そしてススメバチをとる罠をペットボトルでつくり、庭につるす。ネズミ捕りも念のためチーズをつけて仕掛ける。

そうこうしていると、美和ちゃんから電話。

私は山之内さんが新得駅に着くまでに掃除が終わりそうになかったので、迎えに行ってもらうよう頼んだ。

そしてミンタルで待ってもらうようにした。

さっき聡美さんからも電話があり、自家用野菜をあげるからとりにおいでと言われていたのでちょうどいい。

これから4日間、山之内さんとしばしの休日をゆっくり過ごせると思うとウキウキした。

そして全てが終わり、私は学舎へ向けて荷物で満載の車を走らせた。強い日ざしに木々がざわめいている。

夏真っ盛りだ。宮下さんがいつものように畑で仕事をしていた。

これから完成に向けて、やることがたくさんあるなあと思った。

でも不思議と大変な重い気分にはならなかった。

一つ一つ大事にやっていこうと思った。

 

追伸

空想の森便り第5号をみなさんに送った時に、映画製作への再度の協力をお願いした文を同封しました。

そうしたところ、結構な数の人から協力がありました。

本当にありがとうございます。これで、次に予定している九月後半のロケはできそうです。

ありがたく思うのと同時に、身が引き締まる思いです。

みなさんに完成した映画をとどけるまで、気を引き締めていこうと思います。

 

<田代陽子の一人での撮影項目一覧>

2005年7月18日。雷、雨、曇り。

@共働学舎、食堂にて昼食づくり。

鈴木あゆみちゃん、小林君。雨の食堂、ハウスなど。

昼食後、杏奈さんがピアノをひいている。

その近くであかりと美和ちゃんが遊んでいる。

聡美さんととあかり。

@出荷場にてにんにくの皮むきをする聡美さん。

後でまゆこちゃん、佳子さん、杏奈などなど来る。束ねる作業もする。

@白菜の種まき準備。聡美さんと村上君。

@聡美さん、ブロッコリー、カリフラワー、キャベツの収穫。

2005年7月22日

@宮下さんの仕事。故障したトラクターを引き上げる。

キャベツの定植。カボチャのつるのばしと雌花切り。

2005年8月13日

@共働学舎。牛舎にて。鈴木君が牛の解説。

2005年8月25日

@共働学舎。牛の放牧。行き。なぎちゃんと本屋敷くんと千代ちゃん。

@聡美さんの昼食づくり。ラモーナと池ちゃんのおばさんといっしょに。

親子丼ときゅうりのサラダ。

食堂からの風景など。

@放牧地からもどる牛。牛舎でくつろく牛たち。

@食堂にて、昼食を食べる聡美さんとあかり。

@風景撮り。

トマト、とうきび、マメなどの野菜。

食堂、牛舎、砂利道など。

@聡美さんの仕事。花子Aの畑にて白菜の草取り。

牧也君と。カボチャチェック。

@パーラーにて。搾乳。

まっちゃん、千代ちゃんなど。

牛舎にて糞出し、掃除、餌やり。

なぎちゃん、本屋敷くん、杏奈さん、村上君。

2005年9月2日

@宮下さんの仕事。家の中にて仕事の準備。

とうきびの収穫。作業小屋にて出荷の準備。とうきびなどを段ボールにつめていく。

@文代さん、自家用の畑にて、いんげんなどの収穫。

@キャベツの葉の上でオオモンシロチョウのエキスを吸う茶色いカメ虫。

それをキャメラで撮影する宮下さん。オオモンシロチョウの幼虫の大群。

@風景。空、木、宮下家玄関、ほうせんかの花など。

@台所でとうきびを茹でる文代さん。

@居間にて発送の事務仕事をする宮下さんと文代さん。

@今からの風景など。

台所。外に出て、玄関横から、灯油タンク、洗濯物、じゃり道、トラクター、作業小屋、カボチャ畑、キャベツ畑、サホロ岳、畑越しの宮下さんの家、ススキ、そば畑、蕎麦の実と花、とうきび、大根の葉、人参畑、雲と太陽、空と森など。

@宮下さん畑の見回り。

@居間にて、おうすをたてる文代さん。

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