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信級日記 vol.21

令和元年 7月4日

さぎり荘を出発し、会場のミュゼ蔵へ。

お昼を過ぎると続々とお客さんがやってきた。

吉澤さんが左腕をつってきてくれた。

私はまさか来てくれるとは思っていなかったのでびっくりした。そして嬉しかった。

ひとしきり事の顛末を吉澤さんが話す。

夜に救急車で長野市まで運ばれ、診察を受け脱臼だったので帰ってくださいと言われたそう。夜遅かったので誰も迎えにきてもらえず、タクシーで帰ってきたとのこと。

「高い酒になったよ」と吉澤さん。

「いやー、とにかく脱臼で済んでほんと、よかったわー」

左腕が使えなくて不自由だけど、元気でよかった。

イチローさん、ゆみこさん、ちほちゃんも見にきてくれた。

赤ちゃんを連れたお母さんの姿もあった。

30人ほどの会場だったが、ほぼ満席になった。

冷房を入れてもらい、扇風機も回した。

西川さんが挨拶をして上映が始まった。

私は後ろの方から見ていた。

みんな集中してみていた。時々笑いもあり、私はホッとした。

上映後、休憩を挟んで、輪になって座り質疑応答。

夫婦の会話が面白くて笑ってしまった、

共働学舎の生活が見られてよかった、など

いろんな感想、質問があって面白かった。

イチローさんは、聡美さんとあかりの畑のシーンを見て、

「自分の母親もあんな風にして自分を育ててくれたんだなあと思った。」

というようなことを言った。

親子で見にきてくれた信州新町の方。

近くの町から見にきてくれたご夫婦。

映画を楽しんでもらえて、本当によかった。

西川さんもとても嬉しそうだった。

打ち上げは、西川さん行きつけのひはら食堂でやった。

15人ほどの人が参加。

ジンギスカンがとても美味しかった。

西川さんの娘さんと娘さんのお友達、心一朗くんも参加。

楽しいひと時でした。

ハプニングがあったけど、無事2回目の撮影を終えることができた。

ああ、よかったー。

信級日記 vol.20

令和元年 7月3日

長野駅から車に乗り、信級へ向かう。

東京で腰の治療をして、痛みがだいぶ軽減した。

よかったー。

途中、信州新町のミュゼ蔵(4日の上映会場)に寄って、会場のセッティング。

西川さんが頑張ってすでに機材をつないでいて、あらかた準備は整っていた。

入り口に遮光のための布も付けられていた。

薄いけど遮光もできてなかなかいい感じ。

カナタの加藤さんに借りたとのこと。

よかった。

暑くなった場合は冷房をつけてもらえるよう、係の人にお願いした。

それから、扇風機も回そうかということになった。

私は画と音を出して、調整をした。

なかなかいい上映会場になってホッとした。

そして私は植野家のキャビンに戻り、ゆっくりと荷物を積み込み、さぎり荘へ移動。

あと二日、無理をしないようにして、さぎり荘に宿泊することにした。

温泉もあるし、とにかく養生しようと。

信級日記 vol.19

令和元年 7月1日

腰がかなり痛い。

寝ていても痛い。

でもとにかく、羽田さんのインタビューはなんとか頑張ろう。

9:30 とてもじゃないけど、キャメラバックを持つことができないので、

三脚も植野くんに持ってもらって羽田さんのお宅へ向かう。

羽田さんは、にこやかに迎えてくれて、仏間に通してくれた。

相変わらずビシッと綺麗なお家。

植野くんに機材を運んでもらって、キャメラをセッティング。

板の間に座ってのインタビュー。

大工の仕事のこと、小学校のことなど植野くんは聞いていた。

そして合間にこれから信級でこうしていきたいということなど、自分の考えも羽田さんに話していた。

なかなかよかったのではないかと私は思った。

私は腰が痛くて、座る態勢を変えるのに一苦労だった。

インタビューが終わり、茶の間で文子さんがお茶を入れてくれた。

そこでまたタケノコの煮物、ブルーベリーなどをいただきながらお茶飲み話。

植野くんは文子さんと話をするのは初めてとのこと。

こういう感じで、植野くんや浅野さんにインタビュアーになってもらって、これからも信級の人たちにお話しを聞いていきたいと思う。

なんとか無事に撮影を終えてホッとした。

羽田さん宅を後にして、植野家に戻る。

機材を降ろしてもらい、私は腰の治療に東京へ向かった。

信級日記 vol.18

令和元年 6月30日

腰が痛い。

寝床から起き上がるのも痛みが走る。

ぎっくり腰で動けなくなった時と似た感じだった。

これ以上悪化させたらまずいと思った。

7月1日は羽田さんのインタビュー撮影を約束している。

インタビュアーは植野くん。

この撮影はなんとか頑張ってやって、あとは無理できないと判断。

1日、撮影が終わったら東京に行って、いつも体をケアしているところに行くことにしよう。

3日に信級帰ってきて4日の上映会をしっかりやって、5日に帰れるようにしようと思い段取りをした。

痛いけど、ゆっくりとは動けるので、さぎり荘へ温泉に入りに行く。

温めたら少しよくなった感じがした。

この日、あまり動かず過ごした。

蒸した暑い夜だった。

夕食後、みんなで蛍を見に田んぼに行った。

腰は痛むが、ゆっくり歩けば大丈夫だった。

田んぼの間の道をゆっくりと歩く。

「あー、いたー!」

ふわーっと小さな光が時々飛ぶ。

こんな子供の頃の思い出がある植野家の子供たちはいいなあーと思った。

信級日記 vol.17

令和元年 6月29日

今日は日本農業新聞の取材の日で、かたつむりで待ち合わせをしていた。

記者の清水さんとお昼ご飯を食べながら取材を受けた。

私はわさび丼を注文。

羽田さんのわさびだ。

ひとしきり話を終え、記事に掲載する写真の撮影。

雨が降ってきたので、かたつむりの前の田んぼの脇で傘をさしながらになった。

取材を終え、かたつむりに戻ると、石坂さん、高桑さん、そして吉澤さんが飲んでいた。

薬屋の中沢さんもやってきた。

中沢さんは信級の何軒かのお宅に薬を届けに定期的にきている。

いろんな面白い話をしてくれた。

中沢さんの友達と純子さんの弟さんがバンドを組んでいるとのこと。

歌っている時の写真を見せてもらった。

弟さん、めちゃカッコいい!!

定刻にイチローさんが100年の孤独という焼酎を抱えてやってきた。

そういえば、昨日、うまい焼酎飲ませてやる、明日持ってきてやると言っていた。

私は車なので飲めないというと、

「今飲んで余ったら、持って行って植野と一緒に飲め」とイチローさん。

昨日、イチローさんは先輩方に言われっぱなしだったが、今日はもうイチロー節が炸裂していた。

「オレは口は悪いが嘘は言わねー。写真は自然の写真しか撮らねー。自然は嘘をつかないからな。人間は嘘をつく。だから撮りたくない。」

「ほおおー。それはすごいなあ。」

吉澤さんはこの言葉にいたく感じ入っていた。

「飲め飲め」

すでにビールを数杯のんでいる吉澤さんに焼酎を勧めるイチローさん。

「うまいか?うまいだろ。この焼酎はな、ここらでは売ってないんだ・・・」

と話が続く。

車、カメラ、焼酎、イチローさんのよくする話のジャンルは決まっている。

「こいつは詐欺師だから信用しちゃだめだ。」

と私に向かって言う。

吉澤さんは以前保険のセールスマンをやっていて、女性のセールスレディーたちを束ねていたのだった。

「いやー商売はみんな詐欺みたいなもんなんだから・・・」

飄々とイチローさんに返す吉澤さん。

けっこうひどいことを言っても、なぜか憎めないイチローさんなのである。

吉澤さんとイチローさんが7月4日「空想の森」上映会とその後の打ち上げもに来てくれると言うので、西川さんに電話してお知らせした。

18時。お開き。

かたつむりの前で吉澤さんと別れる。

けっこう酔っ払っていてヨタヨタと歩いている背中を見送る。

そしてイチローさんを車に乗せる。

途中、桑の実をとりたいたいと言うので

止まって、しばらく実をとる。桑の実は子どもの頃の思い出がたくさんあるみたいだ。

植野家でかおりさんとミナトくんと夕食。

植野くんとイサ、カナは剣道で新町へ行っている。

雨が降り出した。

なんだか少し腰が痛くなってきた。

早めにキャビンへ戻り寝る。

9時頃か、救急車のサイレン。誰かに何かあったのだろうか。

心配になる。

純子さんからメールが来た。

なんと、吉澤さんが家の前で転んでうずくまっているところを、たまたま通りかかった中村和正さんが発見して救急車で運ばれたとのこと。

ああ、とにかくこの雨の中、和正さんが通りかかって見つけてよかったー。

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